岩肌に刻まれた石仏群 国宝臼杵石仏へ

大分府内城から次に向かったのが、臼杵市です。 臼杵市には、有名な石仏群があって、どうしても見たいので、JTBにリクエストしてました。

大分市内から高速道路を使って、臼杵市に入り田舎道を進むと、石仏駐車場に着きました。所要時間は、約40分でした。その駐車場に石仏観覧券発売所かあって

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拝観料は、530円でした。国宝臼杵石仏500円記念硬貨が発行されたようで、勧められました。もう一度戻ってくるので、「その時に考えよう」と思いましたが、結局ここには戻らなかった・・・。

観覧券発売所から道なりに暫く歩くと、臼杵石仏の石碑がありました。

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ここから、約20分ほどかけて、石仏を見て廻ります。コースは階段で登ったり下ったりしています。

臼杵石仏とは、平安時代から鎌倉時代にかけて、臼杵川南岸の山肌に掘られた60体あまりの磨崖仏群のことです。しかし、誰がどのような目的で造営したのかは、現在も不明です。

そして緩やかな坂道を登って行くと、最初の石仏群であるホキ石仏第二群に出会います。

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中の写真は、阿弥陀三尊像で、初めて見る臼杵石仏の技術は、驚きです。まことに見事な磨崖仏です。 下の写真は、「九品の阿弥陀」と呼ばれおり、比較的小さな仏像が彫られていました。

※ ホキとは、「がけ」という意味の地名です。

ホキ石仏第二群から少し急な階段を登ったところにあるのが、ホキ石仏第一群です。

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「ホキ石仏第一群」を上から見たものです。左側の石仏で、修復作業をされていました。写真右端に屋根が見えていますが、そこが「ホキ石仏第二群」です。

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如来三尊像(中央が阿弥陀如来、右が釈迦如来、左が薬師如来)で平安時代後期の作といわれています。この群の中心的な存在です。

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地蔵十王像といい鎌倉期の作といわれています。中央に地蔵菩薩をすえ、左右に十王像を配しています。

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如来三尊像(中央が金剛界大日如来、右が釈迦如来、左が阿弥陀如来)で平安時代末期の作といわれています。

もう一つ石仏がありましたが、現在修復工事中のため撮りませんでした。ここから急な坂道を登った先にあるのが、山王山石仏です。

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中央に大きな釈迦如来、右に薬師如来、左に阿弥陀如来を配しています。平安時代後期の作といわています。

ここが一番高いところで、ここから今度は階段で下ります。そして階段を降りるとスロープを道なりに歩くと鳥居があって

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そこから階段を少し登ったところにあるのが、古園石仏です。

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ここまで30分かけて見て廻りました。この古園石仏が最後です。ふと入口付近を見たら、観光バスで来られた団体が入ってこられました。少し早く来たのがラッキーでした。

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ここの中心的な石仏は、大日如来像で、ここのパンフレットの表紙を飾っていました。 永年頭部のみの姿で知られてましたが、修復工事によって胴と一体になりました。

以前、大分県を紹介するテレビ番組で見たことで、是非訪れたいと思っていました。そして期待どうりの素晴らしい磨崖仏で、一つ一つにお線香をあげてお参りしました。 ここから遠く離れた熊本県阿蘇山の大噴火の影響で、凝灰岩が造られ石仏造りに適したんだろう・・・。

この古園石仏から遠くに満月寺が遠くに見えています。(写真では遠くに見えていますが、そんなに遠くではありません)
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その満月寺にも史跡が残っています。次は、満月寺を紹介します。つづく。



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