臼杵石仏周辺の史跡 満月寺へ
臼杵石仏・古園石仏の階段を降り、まっすぐな道を進めば満月寺に着きます。
そこには、石像の仁王像がお出迎えです。
鎌倉時代に造られた、阿形像と吽形像です。時代の移り変わりで、膝から下が土に埋もれしまいました。普段お寺でみる仁王像は、なんだか怖そうな表情をしていますが、ここのはユーモラスな表情をしています。
境内の横に岩肌があって、この祠の中に丸彫の単独石像が三体ありました。
上を見上げてたら、近くまで行きたくなって・・・。そして見つけました
。
初めに、蓮城法師像です。
真名長者のもとで石仏を彫ったといわれる人物の像です。
次に真名長者夫婦像です。
石仏を造らせた人物といわれています。室町時代の作。
満月寺は、伝説によれば臼杵石仏の縁起に欠かせない真名長者の発願により三重町内山蓮城寺を開いた蓮城法師によって創建されたといいます。
1950年(昭和25)日本山妙法寺(山主)、故藤井日達大上人の手で祇陀院跡にこじんまりと復興されました。
この満月寺は、境内自由参拝です。ですから由緒書もありませんでしたので、国宝石仏HPを参照しました。このあと昼食を石仏観光センター・郷膳うさ味(明日アップします)で食べてから、次の目的に向かいました。
車で、臼杵石仏を出て、道なりに面白いものを運転手さんから教えてもらいました。信号待ちで止まったを幸いに、無理を言って待っててもらい、写真を撮りに行きました。深田鳥居といいます。
たんぼの中にぽつんと立っており、鳥居の足が土に埋もれています。
深田の交差点右側にあります。
近くで見てみたいと思い、探すと平均台ぐらいの幅でしたが、石が敷き詰めてあったので、行くことができました。
旧満月寺日吉社への参道跡と考えられています。
先ほどの訪れた、山王山石仏横に日吉神社の鳥居がありました。
時間の都合もあって、この先は行かなかったので、国宝臼杵石仏の時、アップしませんでしたが、ここまでつながっていたんでしょうね。
臼杵の旅は、ここまでです。つづく。

そこには、石像の仁王像がお出迎えです。
鎌倉時代に造られた、阿形像と吽形像です。時代の移り変わりで、膝から下が土に埋もれしまいました。普段お寺でみる仁王像は、なんだか怖そうな表情をしていますが、ここのはユーモラスな表情をしています。
境内の横に岩肌があって、この祠の中に丸彫の単独石像が三体ありました。
上を見上げてたら、近くまで行きたくなって・・・。そして見つけました

初めに、蓮城法師像です。
真名長者のもとで石仏を彫ったといわれる人物の像です。
次に真名長者夫婦像です。
石仏を造らせた人物といわれています。室町時代の作。
満月寺は、伝説によれば臼杵石仏の縁起に欠かせない真名長者の発願により三重町内山蓮城寺を開いた蓮城法師によって創建されたといいます。
1950年(昭和25)日本山妙法寺(山主)、故藤井日達大上人の手で祇陀院跡にこじんまりと復興されました。
この満月寺は、境内自由参拝です。ですから由緒書もありませんでしたので、国宝石仏HPを参照しました。このあと昼食を石仏観光センター・郷膳うさ味(明日アップします)で食べてから、次の目的に向かいました。
車で、臼杵石仏を出て、道なりに面白いものを運転手さんから教えてもらいました。信号待ちで止まったを幸いに、無理を言って待っててもらい、写真を撮りに行きました。深田鳥居といいます。
たんぼの中にぽつんと立っており、鳥居の足が土に埋もれています。
深田の交差点右側にあります。
近くで見てみたいと思い、探すと平均台ぐらいの幅でしたが、石が敷き詰めてあったので、行くことができました。
旧満月寺日吉社への参道跡と考えられています。
先ほどの訪れた、山王山石仏横に日吉神社の鳥居がありました。
時間の都合もあって、この先は行かなかったので、国宝臼杵石仏の時、アップしませんでしたが、ここまでつながっていたんでしょうね。
臼杵の旅は、ここまでです。つづく。