嵐山花灯路 夜間特別拝観 落柿舎へ

大河内山荘を出て再び常寂光寺の方へ戻ります。そして二尊院に向かうか落柿舎に行くかの選択で、落柿舎の前を通ることにしました。

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この道をまっすぐいけば二尊院。右に曲がれば落柿舎です。落柿舎の前が明るく照らされてます。暗くて見えませんが、この前は畑です。

特に入るつもりはなかったんですけど、の前で写真だけ撮るつもりでした。中を覗くと空いてるみたいで・・・気が変わって入ることにしました。

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入庵料200円を受付で払います。「庵内は上がることはできませんが、見ていって下さい」と案内されました。でも昼間に来ても同じことですけど・・・

小倉山山麓、のどかな田園風景のなかに、蕉門十哲のひとり、向井去来の別荘「落柿舎」がひっそりと佇んでます。庭の柿が一夜にして嵐で落下、その故事らもとづき、去来みずからが命名した草庵名が「落柿舎」です。1691年(元禄4)には松尾芭蕉が17日間滞在し、ここで「嵯峨日記」を著しています。

入ると直ぐに本庵があって、先に手前から入りました。

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入ると右手におくどさん(土間)があって、左は居間になってます。入口にある蓑と笠は、庵主の在庵と不在を示すもので、ここに蓑笠がかけてあったら在庵、なければ外出中だと言うことです。

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こちらが本庵の居間です。上がることはできません。

ここは敷地は狭いです。週末で会社が終わってから来たので、少々疲れてきました。風が強くて寒かったけど座って休憩です。座って本庵を撮りました。

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ご覧のように空いてます。(混んでたら入らなかったけど)外は賑やかなんですけど。

その奥が次庵です。

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ここは一般には公開されてません。句会席の利用の場合、一人700円で5名以上20名以下で借りられるみたいです。

ここで獅子落としの音が聞こえてきました。以前来てるのであるのは分かってましたが、暗くて場所が分からない。

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そんなに暗くなかった。音が鳴る瞬間を狙いましたが、難しい

受付で、「暗いですけど俳句の石碑があるので、探して見て」と案内があったことを思い出し写真を撮りました。

松尾芭蕉「五月雨や色紙へぎたる壁の跡」

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昭憲皇太后「加茂川(かもがわ)のはやせの波のうちこえしことばのしらべ世にひびきけり」

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右、俳人塔 左、平澤 興「春の雨天地(あめつち)ここに俳人塔」

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落柿舎碑めぐりは全部で、12個もあります。昼間なら探せるでしょう。夜間は真っ暗な所もあって無理です

入った頃は3組ほどいましたが、ほどなく出られたので後半は、ほぼ独り占めでした。と言っても中が狭いので、紅葉以外は混みませんが・・・

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外を出ると、門前で入るかどうか迷ってる人がいて・・・。常寂光寺と同じで有料と分かると躊躇されるんですね。

入口付近には、『落柿舎』の名の由来となった柿の木に実がなってました。

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まもなく全て落ちてしまうんでしょう。そにしても西か北よりの風が強くて寒かったです。

そのため残り一つ、夜間特別拝観をしている二尊院には行きませんでした。(百人一首の時雨殿も開いてます) 嵐山に行けませんでしたが、もう寒さが限界です。毎冬に開催されますが、今年は宝厳院が参加せず(撤退じゃないそうです)、大覚寺も数年前に撤退。天龍寺は最初から参加せず。静かな住宅街もあるので、賛否両論あるみたいですけど・・・。

最後におまけ・・・。今年の11月23日の早朝、二尊院に行く前に落柿舎の門前を撮った写真です。

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早朝は、こんな模様です。また、紅葉も・・・・。

また、落柿舎の西隣、嵯峨ころ柿の紅葉です。

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ここでは、ケーキセットをはじめお蕎麦やうどんの食事ができます。綺麗な紅葉でしたので、写真を撮ってから二尊院に向かったわけです。

2010年2月24日の落柿舎のもうよは、こちらから →  http://68971846.at.webry.info/201002/article_11.html



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