『下鴨神社で流鏑馬を鑑賞』する

世界文化遺産 賀茂御祖神社(下鴨神社)で毎年5月3日に行われる流鏑馬神事を見てきました。これは、JR東海「そうだ京都、行こう。」の会員限定イベント『下鴨神社で流鏑馬を鑑賞』に参加したからです。 5月GWの連休初日で、いつも多くの観光客で賑わうのはテレビ報道等で知ってました。申し込みする時に、交通期間は混雑するし、この下鴨神社も混雑することは、予想できました・・・人混みが苦手な私でしたが、いろいろ考えて、やっぱり流鏑馬を生で見たいとの思いで、思い切って申し込みをしたんです(運良く電話もつながり予約できました・・・ラッキーでした)。

イベントは12時から始まります。最寄りの京阪「出町柳」駅の4番出入口を出て、鴨川を渡り、下鴨神社の朱塗りの大鳥居に着きました。

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下鴨神社の正式名称「賀茂御祖神社」の石碑を目にします。そのとき11時過ぎでした。

やはり連休初日の今日は、流鏑馬があるので、いつも以上に人出は多いです。そのまま人波に続くと、糺の森(国指定史跡)入口に「世界文化遺産」の大きな石碑があります。(下鴨神社 糺の森 2011年8月22日の模様)

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1994(平成6)年12月25日に世界文化遺産に登録されました。この時の時刻は11時5分でした。

何故、時間を入れたかは・・・ここ注目 流鏑馬会場である糺の森の入口ですが、ここから行列ができてます。それも延々と・・・。流鏑会場に入るための有料観覧席の当日券に並んでる人たちです。そこで考えたんですが、先頭の人は、何時から並んでるでしょう

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有料席は前途の理由で、まだ入れません。その後ろの無料ゾーン(立ち見です)には既に人が座ってます。まだ流鏑馬神事が始まる2時間30分も前のことです。

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まだまだ時間が早かったので、流鏑馬席を偵察しました。席は3列、料金は2500円のようです。この時、「前列が良いのになぁ」が感想でした。

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そして自分たちの席を探すと・・・(事前にどの辺りかは聞いてました)いつものJR東海のスタッフの人を見かけました。「なるほど・・・ここか・・・」と

噂通りの人でに驚きながら糺の森を抜けると南口鳥居が見えてきました。

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鬱蒼とした森を抜けると最初に目にする鳥居です。(世界文化遺産 下鴨神社 2011年8月22日の模様)

その南口鳥居の手前にあるのがさざれ石があります。

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国家「君が代」にも使われてるさざれ石は、石灰岩が凝固してできた岩石です。

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鳥居をくぐると楼門が見えてきます。人出の多さがわかるかと思います。

重要文化財の指定されている楼門です。

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入母屋造り、檜皮噴の建造物で、1624年(寛永5)の造替の朱塗りの大鳥居です。

楼門に看板が出てました。2015(平成27)年4月27日 式年遷宮だそうです。

楼門をくぐると正面に舞殿

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後程、見学する社頭の儀でも使われました。

この後、大混雑の本殿でお参りをしました。

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写真は重要文化財の中門です。写真は2009年10月のものです。人が多すぎて撮れなかったです。

お参りを済ませたので、次に今日の集合場所の確認です。事前に地図を貰ったてたので、それを家で見て頭に入れました。確か御手洗川の辺りの筈・・・そこには綺麗なツツジが咲いてました。

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ここには輪橋(反り橋)もあって、けっこな人が見に来られてました。

御手洗川の上流に位置する御手洗社です。井戸の上に祀られてるので井上社とも呼ばれています。

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葵祭では斎王代の禊の儀が行われるのでテレビで目にします。この御手洗池が「みたらし団子」の発祥地でもあります。

そして・・・たしか御手洗池の奥に直会殿があったはず・・・分からない・・・初めて地図を確認しました。やっぱり合ってる。でも・・・ここだと思った所は閉まってるし・・・入口が違うのか

そこで、糺の森の方から入ったところ直会殿の入口を探し当てました

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いつもなら赤い旗を持って、スタッフが立ってるのに誰もいません。

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そこで、恐る恐る入って行くと、中に誰か居るのが見えました。時間は11時30分で、集合時間の30分前・・・「少し早かったのかなぁ」と思い、ガラス戸を開け入るとJR東海のスタッフの方が出て来られて席を案内されました。

30分ほど前から立たれるみたいで、このあと外に立たれました。会社でも早く行くし、集合時間にギリギリに行けない性格は直せない。(連休で交通機関が混雑で遅れるかと思いました。京阪も臨時の特急が少し遅れてましたが、ほぼ予定どおりに来れました)

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席に着くと、お茶とお菓子が用意されてました。お菓子は老松の流鏑馬でした。以前買ったことがあって・・・思い出しました。

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流鏑馬射手の綾傘をかたどった形になってます。開けてみて気がついた事で、葵の紋をあしらってました。もちろん美味しくいただきました。(家に持ち帰り食べました)

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12時から始まるので、今日は昼食抜きです。そのため朝、多めにいただきました。そして講話は、パソコンを使われて説明されました。

そして12時になって、講話が始まりました。流鏑馬の歴史について話される予定で、下鴨神社 京都学問所 新木(あらき)直安氏がお話しいただきました。

毎年、5月3日の流鏑馬神事は、葵祭の安全を祈るお祓いの神事(前儀)として行われています。現在のように毎年行われるようになったのは、1973(昭和48)年に第32回下鴨神社式年遷宮の記念行事として復活。それまでは、天皇の行幸時や国家のお祝い時に行われたそうです。下鴨神社の流鏑馬は、平安貴族を彷彿される雅かな束帯姿で典麗な雰囲気があります。馬もサラブレッドに変わりスピードが出るなか「イン・ヨー」の掛け声で馬場を駆け抜け、100㍍毎の的に弓を引き絞り、勇ましく矢を放ちます。

約35分詳しく歴史を話されました。殆ど知らない事で、次に見る流鏑馬が益々楽しみになりました。ここで10分間休憩です。12時50分には、社頭の儀に参列するため全員で向かうので、それまでトイレ休憩を入れてもらいました。(下鴨神社のHPにもトイレ事情が悪いことは周知されてました。臨時のトイレは出てましたが、ここでは必ずしておく必要がありました。このあと、帰るまで出来ませんでした)

そして13時から始まる社頭の儀を目の前で見学です。私は、このイベントが始まる前にお参りを済ませてましたが、中門からロープを張られて一般の人は入れなくなってます。その外は人だかりです。その人混みをかき分けロープの中に特別に入らせてもらいました。多くの観光客が、我々を「何者かと」と思われたでしょう。JR東海のスタッフの人には、「神事のため撮影は遠慮して下さい」と言われましたが、ロープ外の観光客は、盛んにシャッターを押されます。当然、我々も写り込んだでしょう。非常に恥ずかしい思いをしながら、歴史ある神事を見せてもらいました。本当に感謝です。こんな機会はもう無いでしょうから。

13時50分に先ず、信者関係者が立ち上がり流鏑馬が行われる馬場に一列になって向かいます。そして次に我々です。

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ローフが張られ、その中を進みます。誰か「あのバッチを付けてる人誰」と聞こえてきました。「そうだ京都、行こう。」のバッチを付けてる我々の事です

南鳥居口の前で、平安装束を身にまとった射手(いて)が馬に乗り込まれます。

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スタッフからは「列をはみ出さないで」と言われしましたが、写真を撮りに少し前に出させて貰いました。

いよいよ神社関係者の先頭は、馬場に入られます。

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今日参列されてた有名人と言うか聞いたことがある人は、国会議員の元外務大臣・前原誠司氏・元内閣官房副長官・福山哲郎氏や和菓子の老舗・老松の太田達氏、後名前は忘れましたが、小笠原流関係者などなどです。

そして馬場に入りました。びっくり驚き有料観覧席は全て埋まってます(そりゃ当然でしょう)。そして・・・その後ろに幾重にも重なって人垣ができてます。無料で見られるベストポジョンは、何時から場所取りされたのか知りませんが、三脚を構えた人で当然埋まってます。その後ろにも・・・。その前を神社関係者・JR東海のスタッフの人の案内された我々で、ようやく席に着きました。

前列は6席確保されてて、申し込み順と最初に説明がありました。私は幸いにも前列に座ることができました。ここで注意点を。
○フラシュは絶対に使用しないこと。これは馬が暴走する恐れがあるためです。
○絶対に席を立たない。後ろの席の人が見えなくなるので、これも必須です。


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席に着くと、直ぐに馬車が来ました。神社関係者は中央の馬場殿に入られてます。その前で解説されるんですね。分かりやすいです。その神事は、馬場の中央(二の的)付近で行われました。

流鏑馬神事は、葵祭(15日)の道中の無事を祈る神事です。このポストカードのように下鴨神社の中を進まれます。(何年か前にもらったカードのため写真は、多分古いです。)

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5月15日(木・雨天順延)葵祭は京都三大祭(時代祭り・祇園祭り)のひとつで、わが国の祭のうち最も優雅で古趣に富んだ祭として知られています。古典行列は平安貴族そのままの姿で列をつくり、京都御所を出発(10時30分)、総勢500名以上の風雅な行列が下鴨神社(11時40分)を経て、上賀茂神社(15時30分)へ向かいます。

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いよいよ、このポストカードのように、馬が全力で疾走する模様は、後編に続きます。

【下鴨神社 直会殿】



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