萬福寺『手しごと回廊』 西方丈へ
松隠堂を出て北回廊を通って再び法堂に向かいます。次は「木工 木のアクセサリー」(小田切健一郎、小田切裕美)を出展されている西方丈(重要文化財)です。
法堂から少し下がって西方丈を撮ってみしまた。
この突き当たりが西方丈の入口です。いつもは閉まっているのに開いてます。
先のイベントでも、西方丈は入られませんでした。ここは多分ですが、かつてイベントにも使用されたことが無かったかと思います(あくまで私記憶の範囲内ですが)。
今日来た目的の最大は西方丈で、次が松隠堂でした。申し訳ありませんが、展示物に二の次でした。で・・・少しドキドキしながら入りました。
西方丈(重要文化財)は、法堂の左右に対をなして東西方丈が並んでいます。方丈とは禅院住持の居間ですが、1665年(寛文5年)に甘露堂ができて以来そこが使われるようになり、二つの方丈は来客の応接や特定の儀式等に使われるようになりました。西方丈は本山創建の1661年(寛文元年)の建立で、最も古い建造物のひとつです。
障子が開け放たれているので、広い空間が広がってました。と言うより何もありません。
東方丈にはあった龍図や中国語の書体の襖絵など・・・何もありません。それはそれで良いのですが。
素敵な木工製品が所狭しと展示してありました。こちらもゆっくり鑑賞させてもらいました。
それでは庭園は・・・当然気になりますよね。先ずは北向きの庭園から。
ご覧のように、あまり手入れのされてない庭園です。少々ガッカリと言うか・・・やっぱりか・・・と言うのが感想でした。
そしたら南側の庭園は・・・こちらも気になりますね。
こちらも何もありません。まったく手入れされてないようです。こちらの扁額「西方丈」は、木庵の書によるものです。
こちらは何組か入って見られてました。東方丈と比べてあまりにも違ってて、それを確認できだけでも良かったかも。
この先には、威徳殿(重要文化財)があるようです。この先の階段を上がっていくようですが・・・わかりません。
西方丈の室内や庭園木工製品の展示をゆっくり見せてもらいました。まぁ・・・・こんな西方丈はこんな感じなんだと・・・分かって・・・納得してここを出ました。次はもちろん東方丈です。つづく。
【西方丈】
法堂から少し下がって西方丈を撮ってみしまた。
この突き当たりが西方丈の入口です。いつもは閉まっているのに開いてます。
先のイベントでも、西方丈は入られませんでした。ここは多分ですが、かつてイベントにも使用されたことが無かったかと思います(あくまで私記憶の範囲内ですが)。
今日来た目的の最大は西方丈で、次が松隠堂でした。申し訳ありませんが、展示物に二の次でした。で・・・少しドキドキしながら入りました。
西方丈(重要文化財)は、法堂の左右に対をなして東西方丈が並んでいます。方丈とは禅院住持の居間ですが、1665年(寛文5年)に甘露堂ができて以来そこが使われるようになり、二つの方丈は来客の応接や特定の儀式等に使われるようになりました。西方丈は本山創建の1661年(寛文元年)の建立で、最も古い建造物のひとつです。
障子が開け放たれているので、広い空間が広がってました。と言うより何もありません。
東方丈にはあった龍図や中国語の書体の襖絵など・・・何もありません。それはそれで良いのですが。
素敵な木工製品が所狭しと展示してありました。こちらもゆっくり鑑賞させてもらいました。
それでは庭園は・・・当然気になりますよね。先ずは北向きの庭園から。
ご覧のように、あまり手入れのされてない庭園です。少々ガッカリと言うか・・・やっぱりか・・・と言うのが感想でした。
そしたら南側の庭園は・・・こちらも気になりますね。
こちらも何もありません。まったく手入れされてないようです。こちらの扁額「西方丈」は、木庵の書によるものです。
こちらは何組か入って見られてました。東方丈と比べてあまりにも違ってて、それを確認できだけでも良かったかも。
この先には、威徳殿(重要文化財)があるようです。この先の階段を上がっていくようですが・・・わかりません。
西方丈の室内や庭園木工製品の展示をゆっくり見せてもらいました。まぁ・・・・こんな西方丈はこんな感じなんだと・・・分かって・・・納得してここを出ました。次はもちろん東方丈です。つづく。
【西方丈】