サントリー山崎蒸溜所 工場見学【前編】へ

西国街道を進むとJRの踏切があります。この踏切まで来たらもうすぐです。そこにはサントリー山崎蒸留所があります。

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私が、ここまで来たら踏切に捕まってしまいました。さすがに東海道本線です。こんなに電車が通るのか・・・と思うくらいです。


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踏切を渡ると左手に受付があります。そこで名前を言ったらパンフレットと予約票をくれるので、それを持って入ります。

この時9時35分は回ってました。もう少し早く着いて、写真でも撮るつもりでしたが、寄り道した所に少し長居しすぎて、予定より遅くなってしまいました。

受付では特に案内はありませんでした。山崎ウイスキー館の2階からガイドツアーがある旨だけ聞きました。

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初めて来たので要領が分からず、戸惑いましたが、たくさんの方が来られています。その人らについて行けば良いんです。

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ここがウイスキー館の入口です。ここで出発まで時間をつぶすことになります。

NHK朝の連続テレビ小説「マッサン」で、多分人気沸騰したんでしょう。前に述べましたが、土日のツアーは直ぐに満員になるので、中々取れません。この日も唯一と言いいほど空いてたです。

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入ると2階へ上がれる階段がありましたが、ここからは上がれません。これからサントリーの歴史を見ていきます。

最初は、サントリーの前身、壽屋と赤玉ポートワインについてです。1907年(明治40年)に「赤玉ポートワイン」を発売。それから国産ウイスキーづくりに向けての歴史を知ることになります。

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ドラマでもお馴染みの、ポスターがありました。1922年(大正11年)。赤玉ポートワインの宣伝のために、日本で初めてヌードポスターを採用されたもので、当時では衝撃だったでしょうね。残念ながら、ピントが合いませんでした。まだまだヘタです

日本のウイスキーの夜明けとして、国産ウイスキー造りのため山崎の地を選らび、ここから始まる話てず。

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マッサンが北海道を主張し、信治郎が山崎を選ぶ下りは、放送ありましたね。

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このコーナーでは、トリスウイスキーが紹介されてました。当時はお酒を嗜むのには、まだまだ先ですが、何だか懐かしさがありました。

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ここでは、マスターブレンダーを紹介されたました。現在は鳥井信吾が三代目マスターブレンダーとして活躍されてるみたいです。

このコーナーを抜けると、一点視界が開けます。まさにウイスキー一色です。真ん中に大きなポットスチルがあって、ウイスキーの瓶が所狭しと置いてあります。

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ガイドツアーまだ、まだ時間があったので、写真を撮りながらゆっくり見させて貰いました。

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ウイスキー瓶が一杯置いてありますが、私は日本酒党のためウイスキーは飲まないんです。

女房は全くの下戸で、一滴も飲めませんし、私はウイスキーが苦手です。何故来たのと思われるでしょうけど、飲めなくても充分楽しめる内容です。

この樽の中は、世界5大ウイスキーと書いてありました。

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世界5大ウイスキーとは、スコッチ(英国)、アイリッシュ(アイルランド)、アメリカン(アメリカ)、カナディアン(カナダ)そして日本のことだそうです。

また、大きな酒樽も展示されてました。

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多分、奥には樽を分解したものも展示されています。

それでは2階に上がります。集合場所は2階になるので、皆さん上がられます。

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10時出発のため、10時近くになると1階は誰も居なくなります。

それで2階にあるShopです。ここは10時オープンのため、帰りに寄ることになります。

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ツアーが終わってから、ここで何点か買って帰りました。

外は雨が降ってるので、慌てて何本かの傘を用意されたところで、10時になりました。いよいよスタートです。

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私も含めて、皆さんベンチに座って待ってました。

定員は40名。数えた訳ではありませんが、本当にたくさんの人が来られてました。中には外国人の方もおられました。多分、ほぼマッサン人気で来られたんでしょう。

最初に注意事項があって、工場内は何処を撮影してもらってもOKでした。これは嬉しいことです。殆どの人がカメラを首から提げられてたので良かったです。次ぎにガイドさんの説明を録音することはNGでした。団体行動のため、列を乱さないでともありました。それでは外へ出て、工場見学のスタートです。つづく。

【サントリー山崎蒸留所 山崎ウイスキー館】



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