アサヒビール大山崎山荘美術館へ
サントリー山崎蒸溜所を出て、今度は踏切を渡らず駅の北側を歩いて行きます。そしたら眼下ではありませんが、JR山崎駅ホームが見えました。
地図では分かりづらいですが、JR山崎駅の北側も道があります。ただ車は通れないでしょう。歩くには充分な広さがあるので安心して下さい
。
このまま東に進むと天王山登り口に出ます。
今日は天王山に登る予定はたててませんが、これから急な坂を登って行きます。
写真からも急な坂がお分かりかと思います。本当にきつかった
。
そしたら大山崎山荘の入口にあたる琅玕洞 (ろうかんどう)と言う名のトンネルがありました。参考までに、このトンネルは国の登録有形文化財です。
このトンネルをくぐっても暫くは登ります。
そこで最初に目にするのが旧車庫で、現在はレストハウスとして利用されています。
旧車庫として国の登録有形文化財に2004年(平成16年)に登録されました。現在は、無料休憩所や無料のコインロッカーを置いてありました。
急な坂を登ってきても休憩せず、サントリー山崎蒸溜所から歩いて15分弱ようやく入口まで来ました。
この山荘は人気があるのか、結構な人が出てこられるし、また、登って来られます。
着いた所は、アサヒビール大山崎山荘美術館です。「サントリーの次がアサヒビールか」と突っ込まれそうですが、他意はありません
。
このアサヒビール大山崎山荘美術館の本館である「大山崎山荘」は、もとは関西の実業家・加賀正太郎(1888~1954)の別荘として、大正から昭和にかけて建てられた英国風の山荘です。
入館受付は、本館の1階にあります。入館料は900円でした。ただ館内は撮影禁止のため写真はありません。
アサヒビール大山崎山荘美術館は、歴史ゆたかな土地に建つ貴重な近代建築(チューダー・ゴシック様式)と、同時代の先端を行った芸術運動の遺産、そして国際的に活躍する建築家・安藤忠雄が手がけた現代建築(「地中の宝石箱」「夢の箱」)の三つを擁して、1996年(平成8年)に開館しました。
美術館としてより、レトロ建築に興味があったので、お昼を抜いてでもやって来ました。ただ完全に抜いてしまうと女房が怒るのでと言うより機嫌が悪くなるので、ちゃんと計画してました。ここの2階に喫茶室があるんです。
天王山南麓に建つ山荘2階のテラスで、ケーキセットをいただきました。
リーガロイヤルホテル京都、特製オリジナルケーキで美味しかったです。野菜(ほうれん草とかぼちゃ)のスポンジの上にマカロンがのってて、そこに銀箔が、さすがにリーガロイヤルホテル特製でした。
このテラスは写真は撮れました。ここの対岸が石清水八幡宮があるんです。また宝積寺の三重塔も見えてました。
喫茶室のテラスでゆっくりしました。ケーキも美味しかったので大満足です。まだ2月で外は寒かったけど、室内ではケーキも撮影できないので、外に出て正解でした。このあと2階の展示品を見てたら、もう一つテラスがありました。
ここの入口の左手にテラスがあることは分かってました。ここに着いて山荘の写真を撮ろうとしたらテラスから人が出て来られたので・・・。ここだったんですね。
ここから国の登録有形文化財の大山崎山荘栖霞楼が見えました。
大山崎山荘に先駆けて建てられ、この塔から山荘を加賀正太郎は設計されたそうです。
この渡り廊下の先には安藤忠雄設計による新棟、山手館「夢の箱」が見えています。
写真で見えているエリアは、非公開のため下からでも、入れなかったです。
中の展示品については、殆ど覚えてません。多分、印象深いものが無かったからでしょうね。ミュージアムショップはありましたが、買い物もせず、ここを出ました。以外にも、ここは多くの人が訪れてました。
この先に栖霞楼がありますが、これ以上は進めません。
次ぎに庭園を見るため矢印にしたがって進むと、橡の木茶屋がありました。ここも国の登録有形文化財です。
丸太を組んだ山小屋と日本の数寄屋造を融合させた和洋折衷の茶室だそうで、非公開が残念です。
ここから斜面を下って庭園を巡ります。
写真左端に橡の木茶屋が見えています。入口とは違った雰囲気があります。ちなみに夏場は、この池で睡蓮が咲き誇るようです。
庭園も結構広いです。庭園も数名な方が楽しんで回られてました。前途しましたが、皆さんきつい坂を登って来られ・・・それでも素敵な山荘は見る価値はありました。すると先ほどケーキセットをいただいたテラスが見えました。
先ほど珈琲を飲みながら見ていた風景なんですね。多分、裏の山が天王山なんでしょう。
園内は、滝も小川もあって・・・加賀正太郎は、建物と庭園が調和するように設計されたみたいです。
園内を下って行くと、アサヒビール大山崎山荘美術館へ通じる道路に出ました。
何故、ここがアサヒビールなんでしょう
。近くにサントリーがあるので・・・ここに来てパンフレットを貰って・・・そこに書いてあって疑問が解けました。
加賀正太郎は、ニッカウヰスキーの創業にも参画しました。晩年には同社の株を深い親交があった朝日麦酒株式会社(現アサヒビール株式会社)初代社長・山本爲三郎に託します。この縁が、現在の美術館へと受け継がれていきます。1954年(昭和29年)に加賀正太郎が亡くなると大山崎山荘は加賀家の手を離れることになりました。その後、幾度かの転売ののち、建物の老朽化が進んだことで、山荘を取り壊す計画もありました。しかし、地元有志の方を中心に保存運動が展開され、京都府や大山崎町から要請を受けたアサヒビール株式会社が、行政と連携をとりながら、山荘を復元し美術館として公開することなるんです。
マッサンでは、加賀正太郎のモデルはオール阪神さんが演じてた渡さんがモデルと言われていますね。マッサンを見て、サントリー山崎蒸溜所を見学し、この美術館は、ニッカウヰスキー創業の出資者が関わっていたとは・・・探って行くと・・・いろいろ面白いです。
ここは12時30分ぐらいに出ました。次の予約見学している所まで歩いて10分もかかりません。ゆっくり下っていくことにしました。つづく。
おまけ
このアサヒビール大山崎山荘美術館は、登り坂がきついです。そのためJR山崎駅からシャトルバスが出ています。
HPによると、あくまでお年寄り優先だそうです。そりゃ・・・あの坂はきついです。
【アサヒビール大山崎山荘美術館 入口】

地図では分かりづらいですが、JR山崎駅の北側も道があります。ただ車は通れないでしょう。歩くには充分な広さがあるので安心して下さい

このまま東に進むと天王山登り口に出ます。
今日は天王山に登る予定はたててませんが、これから急な坂を登って行きます。
写真からも急な坂がお分かりかと思います。本当にきつかった


そしたら大山崎山荘の入口にあたる琅玕洞 (ろうかんどう)と言う名のトンネルがありました。参考までに、このトンネルは国の登録有形文化財です。
このトンネルをくぐっても暫くは登ります。
そこで最初に目にするのが旧車庫で、現在はレストハウスとして利用されています。
旧車庫として国の登録有形文化財に2004年(平成16年)に登録されました。現在は、無料休憩所や無料のコインロッカーを置いてありました。
急な坂を登ってきても休憩せず、サントリー山崎蒸溜所から歩いて15分弱ようやく入口まで来ました。
この山荘は人気があるのか、結構な人が出てこられるし、また、登って来られます。
着いた所は、アサヒビール大山崎山荘美術館です。「サントリーの次がアサヒビールか」と突っ込まれそうですが、他意はありません

このアサヒビール大山崎山荘美術館の本館である「大山崎山荘」は、もとは関西の実業家・加賀正太郎(1888~1954)の別荘として、大正から昭和にかけて建てられた英国風の山荘です。
入館受付は、本館の1階にあります。入館料は900円でした。ただ館内は撮影禁止のため写真はありません。
アサヒビール大山崎山荘美術館は、歴史ゆたかな土地に建つ貴重な近代建築(チューダー・ゴシック様式)と、同時代の先端を行った芸術運動の遺産、そして国際的に活躍する建築家・安藤忠雄が手がけた現代建築(「地中の宝石箱」「夢の箱」)の三つを擁して、1996年(平成8年)に開館しました。
美術館としてより、レトロ建築に興味があったので、お昼を抜いてでもやって来ました。ただ完全に抜いてしまうと女房が怒るのでと言うより機嫌が悪くなるので、ちゃんと計画してました。ここの2階に喫茶室があるんです。
天王山南麓に建つ山荘2階のテラスで、ケーキセットをいただきました。
リーガロイヤルホテル京都、特製オリジナルケーキで美味しかったです。野菜(ほうれん草とかぼちゃ)のスポンジの上にマカロンがのってて、そこに銀箔が、さすがにリーガロイヤルホテル特製でした。
このテラスは写真は撮れました。ここの対岸が石清水八幡宮があるんです。また宝積寺の三重塔も見えてました。
喫茶室のテラスでゆっくりしました。ケーキも美味しかったので大満足です。まだ2月で外は寒かったけど、室内ではケーキも撮影できないので、外に出て正解でした。このあと2階の展示品を見てたら、もう一つテラスがありました。
ここの入口の左手にテラスがあることは分かってました。ここに着いて山荘の写真を撮ろうとしたらテラスから人が出て来られたので・・・。ここだったんですね。
ここから国の登録有形文化財の大山崎山荘栖霞楼が見えました。
大山崎山荘に先駆けて建てられ、この塔から山荘を加賀正太郎は設計されたそうです。
この渡り廊下の先には安藤忠雄設計による新棟、山手館「夢の箱」が見えています。
写真で見えているエリアは、非公開のため下からでも、入れなかったです。
中の展示品については、殆ど覚えてません。多分、印象深いものが無かったからでしょうね。ミュージアムショップはありましたが、買い物もせず、ここを出ました。以外にも、ここは多くの人が訪れてました。
この先に栖霞楼がありますが、これ以上は進めません。
次ぎに庭園を見るため矢印にしたがって進むと、橡の木茶屋がありました。ここも国の登録有形文化財です。
丸太を組んだ山小屋と日本の数寄屋造を融合させた和洋折衷の茶室だそうで、非公開が残念です。
ここから斜面を下って庭園を巡ります。
写真左端に橡の木茶屋が見えています。入口とは違った雰囲気があります。ちなみに夏場は、この池で睡蓮が咲き誇るようです。
庭園も結構広いです。庭園も数名な方が楽しんで回られてました。前途しましたが、皆さんきつい坂を登って来られ・・・それでも素敵な山荘は見る価値はありました。すると先ほどケーキセットをいただいたテラスが見えました。
先ほど珈琲を飲みながら見ていた風景なんですね。多分、裏の山が天王山なんでしょう。
園内は、滝も小川もあって・・・加賀正太郎は、建物と庭園が調和するように設計されたみたいです。
園内を下って行くと、アサヒビール大山崎山荘美術館へ通じる道路に出ました。
何故、ここがアサヒビールなんでしょう

加賀正太郎は、ニッカウヰスキーの創業にも参画しました。晩年には同社の株を深い親交があった朝日麦酒株式会社(現アサヒビール株式会社)初代社長・山本爲三郎に託します。この縁が、現在の美術館へと受け継がれていきます。1954年(昭和29年)に加賀正太郎が亡くなると大山崎山荘は加賀家の手を離れることになりました。その後、幾度かの転売ののち、建物の老朽化が進んだことで、山荘を取り壊す計画もありました。しかし、地元有志の方を中心に保存運動が展開され、京都府や大山崎町から要請を受けたアサヒビール株式会社が、行政と連携をとりながら、山荘を復元し美術館として公開することなるんです。
マッサンでは、加賀正太郎のモデルはオール阪神さんが演じてた渡さんがモデルと言われていますね。マッサンを見て、サントリー山崎蒸溜所を見学し、この美術館は、ニッカウヰスキー創業の出資者が関わっていたとは・・・探って行くと・・・いろいろ面白いです。
ここは12時30分ぐらいに出ました。次の予約見学している所まで歩いて10分もかかりません。ゆっくり下っていくことにしました。つづく。
おまけ

HPによると、あくまでお年寄り優先だそうです。そりゃ・・・あの坂はきついです。
【アサヒビール大山崎山荘美術館 入口】