巨大な白い観音像 霊山観音へ
高台寺の駐車場まで来ると、普通は高台寺に行くでしょう。でも高台寺には何度も足を運んでいるので、今のこの時期目新しいものはありません。せめて紅葉でも始まってたら行きましたが・・・。ですからここはスルーして、当初の予定どおり霊山観音(りょうぜんかんのん)に行くことにしました。
この霊山観音は、遠目からも白い巨大な観音像が目立ちます。歴史はそんなに古くないのは一目で見たら分かりますが、何だか入りづらい雰囲気があって、今まで来ませんでした。この日は高台寺の駐車場は満車状態。車の間をすり抜け山門前に9時36分に到着しました。
ここの拝観受付で200円を納めると巨大な線香に火を付けてくれます。「これを本堂前の大香炉に納めて、本堂内にお参りください」と言われ大きな線香をもらいました。
ここから火の付いた線香をもっているので、嫌でも写真は撮れません。そのため真っ先に線香をお供えし、次ぎに本堂内に入るんじゃなく、少しバックして観音像を撮りました。
外から見るのと中から見るのでは違います。この観音象は高さが24㍍もあります。そして手前に鏡池もありました。
この霊山観音は、1955年(昭和30年)に、第2次世界大戦の戦没者慰霊のため、帝産グループ創設者、石川博資氏により、建立されました。
これより本堂内に入ってお参りしますが、外から見てもどう見ても観光で行くような感じはしないです。でもどうして来たのかそれは・・・。
幼い頃、父に連れられて来たことがあるんです。姉も少しは覚えてました。多分・・・二人とも半世紀以上前に来た記憶を探しに、せっかく近くに来たので寄ってみた訳です。
本堂内では僧侶の方がお経を挙げられてました。そして納経所で朱印をいただくこともできました。堂内は暗いので、本尊の十一面観音像は良く見えませんでした。
本堂を出て、受付で案内があったとおり、観音像の胎内に入るため階段を登ります。私が半世紀以上前の記憶で唯一覚えてたのが、この胎内だったんです。
この胎内の中が暗かったので、恐かった記憶しかありませんでした。そして恐る恐る入ると、全然恐くなかった。
内部には、十二支守本尊が祀られており、自分の干支を見つけてお参りしました。干支が分からなくても、年号が書いてあるので必ず探せます。
こちらは山門前にあったパネルです。十二支守本尊の仏像を詳しく解説してあります。
子(千手観音菩薩)・丑・寅(虚空蔵菩薩)・卯(文殊菩薩)・辰・巳(普賢菩薩)・午(勢至菩薩)・未・申(大日如来)・酉(不動明王)・戌・亥(阿弥陀如来)
観音様の胎内から再び正面に戻ると、姉と女房が願いが叶う不思議な玉「如意宝珠」に関心を示しました。お賽銭を300円して願い事を・・・3回廻るみたいですが・・・。
後で聞くと、願い事を念じながら、珠に触れながら3回廻るみたいです。私は他を散策して見てなかったので。
私は2人をほっといて、境内の奥を散策しました。先ずは巨大な仏足石から。数々の仏足石を見て来ましたが、こんなに大きいのは初めてです。
仏足石からまだ奥に進むと、愛染明王堂があり、階段の下でお参りを済ませました。
境内の右奥には護摩堂があるんですが、修験者の唱えるお経が聞こえて来てました。すごい大きな声で、近寄りがたい雰囲気があって、行けませんでした。
山側の愛染明王堂の隣にある上、花塚。下、ふぐ塚を見て、本堂に戻ってきました。姉と妻は、3回廻ったみたいで、待っててくれました。
これで山門まで戻ろうと思ったら小さな社を見つけました。地主権現社と書いてありました。
超久し振りで訪れた霊山観音でしたが、少しだけ覚えてました。それを確認できただけでも来て良かったです。何故父がここに家族を連れてきたのか、今となっては分かりませんが、思う所があったのでしょう。
こちらは山門の仁王像です。最初、大きな線香に火を付けてもらったため、撮れなかったから帰りに撮りました。
お隣の高台寺は、大変な人出でしょうけど、ここで出会ったのは一組2人だけでした。やっぱり入りづらい雰囲気はありますね。拝観料は要りますが、観光的な要素がないので仕方ないかも知れません。ここを9時51分に出て次ぎに向かう所は決めてました。つづく。
【霊山観音 観音象】
この霊山観音は、遠目からも白い巨大な観音像が目立ちます。歴史はそんなに古くないのは一目で見たら分かりますが、何だか入りづらい雰囲気があって、今まで来ませんでした。この日は高台寺の駐車場は満車状態。車の間をすり抜け山門前に9時36分に到着しました。
ここの拝観受付で200円を納めると巨大な線香に火を付けてくれます。「これを本堂前の大香炉に納めて、本堂内にお参りください」と言われ大きな線香をもらいました。
ここから火の付いた線香をもっているので、嫌でも写真は撮れません。そのため真っ先に線香をお供えし、次ぎに本堂内に入るんじゃなく、少しバックして観音像を撮りました。
外から見るのと中から見るのでは違います。この観音象は高さが24㍍もあります。そして手前に鏡池もありました。
この霊山観音は、1955年(昭和30年)に、第2次世界大戦の戦没者慰霊のため、帝産グループ創設者、石川博資氏により、建立されました。
これより本堂内に入ってお参りしますが、外から見てもどう見ても観光で行くような感じはしないです。でもどうして来たのかそれは・・・。
幼い頃、父に連れられて来たことがあるんです。姉も少しは覚えてました。多分・・・二人とも半世紀以上前に来た記憶を探しに、せっかく近くに来たので寄ってみた訳です。
本堂内では僧侶の方がお経を挙げられてました。そして納経所で朱印をいただくこともできました。堂内は暗いので、本尊の十一面観音像は良く見えませんでした。
本堂を出て、受付で案内があったとおり、観音像の胎内に入るため階段を登ります。私が半世紀以上前の記憶で唯一覚えてたのが、この胎内だったんです。
この胎内の中が暗かったので、恐かった記憶しかありませんでした。そして恐る恐る入ると、全然恐くなかった。
内部には、十二支守本尊が祀られており、自分の干支を見つけてお参りしました。干支が分からなくても、年号が書いてあるので必ず探せます。
こちらは山門前にあったパネルです。十二支守本尊の仏像を詳しく解説してあります。
子(千手観音菩薩)・丑・寅(虚空蔵菩薩)・卯(文殊菩薩)・辰・巳(普賢菩薩)・午(勢至菩薩)・未・申(大日如来)・酉(不動明王)・戌・亥(阿弥陀如来)
観音様の胎内から再び正面に戻ると、姉と女房が願いが叶う不思議な玉「如意宝珠」に関心を示しました。お賽銭を300円して願い事を・・・3回廻るみたいですが・・・。
後で聞くと、願い事を念じながら、珠に触れながら3回廻るみたいです。私は他を散策して見てなかったので。
私は2人をほっといて、境内の奥を散策しました。先ずは巨大な仏足石から。数々の仏足石を見て来ましたが、こんなに大きいのは初めてです。
仏足石からまだ奥に進むと、愛染明王堂があり、階段の下でお参りを済ませました。
境内の右奥には護摩堂があるんですが、修験者の唱えるお経が聞こえて来てました。すごい大きな声で、近寄りがたい雰囲気があって、行けませんでした。
山側の愛染明王堂の隣にある上、花塚。下、ふぐ塚を見て、本堂に戻ってきました。姉と妻は、3回廻ったみたいで、待っててくれました。
これで山門まで戻ろうと思ったら小さな社を見つけました。地主権現社と書いてありました。
超久し振りで訪れた霊山観音でしたが、少しだけ覚えてました。それを確認できただけでも来て良かったです。何故父がここに家族を連れてきたのか、今となっては分かりませんが、思う所があったのでしょう。
こちらは山門の仁王像です。最初、大きな線香に火を付けてもらったため、撮れなかったから帰りに撮りました。
お隣の高台寺は、大変な人出でしょうけど、ここで出会ったのは一組2人だけでした。やっぱり入りづらい雰囲気はありますね。拝観料は要りますが、観光的な要素がないので仕方ないかも知れません。ここを9時51分に出て次ぎに向かう所は決めてました。つづく。
【霊山観音 観音象】