第51回 京都非公開文化財特別公開 西方寺へ

10月30日(金)から第51回 京都非公開文化財特別公開が始まりました。期間は11月8日(日)までと短いので、いつも厳選して訪問してます。今年の最大の目玉は、初公開の信行寺でしょう。テレビでも度々放送されたので、混むのは予想できました。それで初日に行く計画を立てたんですが・・・そこが・・・とんでもないことになってました。

今年の正月に廻るために購入しいた、「市バス・京都バス一日乗車券カード」(500円)をこの日使いました。(正月は積雪のため断念)9時に行けるようにバスの時間を調整しましたが・・・予定してたバスなら拝観開始の20分前に着いてしまいます。それでは早いので9時過ぎに着くよう計画を立てました。

そして、当日です。バスと地下鉄(東西線)を乗り継いで「東山駅」につき、すぐに信行寺に向かいました。そして9時15分に着くと・・・門前は偉いことになってました・・・長蛇の列・・・これでは1時間はかかりそうなので・・・断念・・・次ぎに行く予定で計画してた西方寺(さいほうじ)に行くことにした訳です。

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信行寺の北隣に西方寺があります。東大路通りに面して表門がありましたし、特別拝観の看板もありました。(信行寺は、混雑してたので看板さえ見えませんでした)

入って左手に拝観受付があって、拝観料800円を納めます。そして、拝観の手引きも買いました。その時の事です。「拝観の手引きも下さい」「バックナンバーですか」学生さんが受付されてましたが、(誰がバックナンバーなんか欲しいねん、今回のに決まってるやろ)と心の中で叫びましたが・・・思わず苦笑いです

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受付を済ませると本堂に行きます。その前に空いてる間に本堂の撮影です。手前のホトトギスが綺麗に咲いてました。

堂内には9時20分に入りましたが、中は空いてました。入ると案内にしたがって椅子に座って待ちました。私を含めて3人では学生のガイドさんも手持ち無沙汰なんでしょう。暫くして5名~6名になったところで案内が始まりました。
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堂内は撮影禁止でした。写真は看板の写真と同じですが、パンフからの抜粋です。あまりに立派な阿弥陀如来坐像(重要文化財)でしたし、これを見に来て良かったです。注目は後の光背です。びっしり化仏で覆われていますが、約三千体あるそうです。

西方寺の正式名称は「願海山 法性覚院西方寺」と言います。浄土宗知恩院派に属し、関白・藤原師実の孫、左大臣・大炊御門経宗(おおいのみかどつねむね)を開基として創建。経宗の死後、その館を西方寺としました。西方寺は、藤原一門の大炊御門家、宇多天皇の一門である綾小路家、五辻家の菩提寺にして公家の寺院でもあります。

次ぎに写真はありませんが、豊臣秀吉の木像が安置されてました。実物大と案内ではありましたが、本当に小柄な人だったんですね。

次ぎに案内に従って書院に移動です。こでは寺宝を見られますが、数は少ないですし、見所も無いです。

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ここでお茶をいただけてゆっくりできそうでしたが、今日は予定がギッシリあるのでやめました。そして朱印ですが、ここには無いようです

本堂と書院の間には路地庭園があって、手前に手水鉢、奥に茶室が見えます。再び本堂に戻りましたが、格段に人が増えてます

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お隣の信行寺が大混雑しているので、流れて来られのか、信行寺の拝観を終えて来られのか、どちらかでしょう。

これから本堂に入られる人と入れ替わりに出ました。最初の案内では椅子に座ってる人も疎らてしたが、この時は一杯になってました。

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境内にあった鳥居です。結界があってこれ以上進めいようになってました。境内の鎮守社でしょうか

最後に表門を入った右手にある地蔵堂です。中には衣通姫地蔵尊(そとおりひめじぞうそん)が祀られてます。

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ここの地蔵尊は、木製で大変珍しいです。実は帰ってから由緒書を見て知った次第です。石造りと思い込んでました

9時36分に出て、再びお隣の信行寺を通ると相変わらずバス停まで行列が・・・再び断念して、次へと向かいました。

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西方寺の阿弥陀如来坐像は良かったです。信行寺シュックは、まだ尾を引いてますが、この界隈で予定したいた所に向かいました。後ろ髪を引かれる思い・・・でしたが。

【西方寺 本堂】



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