“池の弁天さん”と呼ばれ親しまれてる嚴島神社へ

10月15日(土)は、普段閉まっている京都御苑内にある嚴島神社に昼から出掛けました。神社は1日と15日の両日は、社務所が開いている所が多いと聞きました。調べると嚴島神社も、その日なら朱印がいただけると分かりました。

土曜日の昼から出掛けたので御所東駐車場は満車で入れず、清和院東駐車場に止めました。そこは3時間500円のためゆっくりしていくことにしました。

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広い広い御所の中を歩く事、約10分。ようやく嚴島神社の入口までやって来ました。この日は、天気が良くて汗ばむ陽気でした。

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嚴島神社の入口から奥に入ると木製の橋を渡ると、その先が九条池、そして“京都三珍鳥居”で知られる鳥居が見えてきます。

着いたら、お一人の方が社務所で御朱印を貰われていました。やっぱり今日は社務所が開いてます。先ずはお参りから。

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今年の8月、猛暑の日にも来てましたが、この時は百日紅が目当てで・・・しかし社務所不在。ここには13時30分頃に着きました。

唐破風形の鳥居は国の重要美術品に指定されているのは有名です。その奥に社殿があって、奥に本殿があり参拝します。

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御祭神は、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)、祇園女御(ぎおんにょぎょ)の四柱。

この日も注意深く見てたんですが、ここに手水舎が無いんですよね。前途の通り先客の方が社務所で対応されているので、社殿を一周します。

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滅多に、ここの社殿裏に行かないです。社殿には、七福神の紅一点、弁財天の絵がありました。琵琶を弾く妖艷な姿で描かれることが多いですし、御利益は福徳・諸芸能上達の神として広く信仰されています。

そしたら社務所が開いたので、早速朱印帳を出しました。何回か来たことがありましたが、こんな所にあったとは・・・。

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由緒書きは、社殿の前に置いてありました。それによると連絡先は菅原院天満宮になっていました。そこから出張されてるのかなぁ

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書いていただいてる間に、社務所の前に置いてあった御守りを見てました。中には蛇の置物もあって、ここの使いがヘビ(巳)だとか。

やっと朱印、いただけました。天気も良いし土曜日だし結構、ここまで入って来られます。あまり長居もせず出ていきました。

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8月に訪れた時は、百日紅が満開でしたが、すっかり散ってて・・・これから秋の紅葉に変わって行くんでしょう。

“池の弁天さん”と呼ばれ親しまれてる嚴島神社は、安芸国厳島社を崇敬した平清盛が、摂津国莬原(うばら)兵庫築島に一社を設けて嚴島大神を勧請し社殿を構え、後に清盛の母の祇園女御を合祀し創建。後にその神社を時期不詳ながら現在地へ遷座させたものという。この後、鎮座地は九条家の邸宅に取り込まれて同家の鎮守として崇敬されてましたが、明治維新になって九条家は東京へ転宅しますが、社殿はそのまま残され、1927年(昭和2年)には社殿が改築されました。

この時期にしては異例の暑さで、長袖を着てきて失敗しました。このあと、もう一箇所、朱印を貰ってない神社に寄りました。次ぎ神社は朱印だけで来ましたが、思わぬプレミアムが付いてました。

【嚴島神社 社務所】



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