世界最長の傾斜鉄道跡 インクライン へ

日向大神宮の参拝を終えて、参道を下って行くと途中にインクラインがあります。京都でも有名な桜の名所ですが、まだ行ったことが無かったので寄って行くことにしました。

蹴上インクラインは、南禅寺の近くにあり、全長581.8㍍世界最長の傾斜鉄道跡で、高低差36㍍の琵琶湖疏水の急斜面を船で運航するために敷設された傾斜鉄道の跡地です。1890年(明治23年)頃に完成。伏見にもインクラインはありましたが、残っているのは南禅寺だけです。

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こちらは琵琶湖疎水の上流側を見ています。日向大神宮で案内した「大神宮橋」から撮りました。

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こちらが下流側で傾斜鉄道の跡地です。現在は使われてないので、ここを歩いて散策することができます。

大神宮橋を渡ると日向大神宮の一の鳥居が見え、その先が三条通になります。私は真っ直ぐ行かず、橋の右を曲がり、初めてインクラインに出ました。

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インクラインに入ったら復元された台車が残っているので、間近で見ることができました。

しかし、インクラインより気になるものを発見しました。咄嗟には思い出しませんでしたが、近づくにつれはっきり思い出すことになったのは・・・。

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琵琶湖疎水を提言した田辺朔郎が工事犠牲者慰霊のため“一身殉事萬戸霑恩”と書かれた石碑に最初は目が行きました。しかし・・・その先にある・・・石仏を見て思いだしたんです。

昨年の10月に首途八幡宮を訪れた時、源義経の“残忍な一面゛を知ることになりました。その事件の名残が蹴上にある義経大日如来にありました。

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祠内に大きな石仏があって、その足元に“義経 大日如来”の文字を読み取れます。そこで「首途八幡宮」の記憶が蘇ったんです。

義経一行が首途八幡宮で旅の安全を祈祷し出発しましたが、日ノ岡峠にさしかかった時、平家武者とその従者9名と出会います。その時、従者の馬が泥を蹴り上げ義経の服にかかったため激怒した義経が9人の従者を斬り捨て、平家武者の鼻と耳をそぎ落とした・・・という事件ですが、その弔われた9体の石仏の一つと言われています。

蹴上の何処にあるのか分からなかったので行く予定もしてなかったので私にとってはサプライズの出来事でした。そこから傾斜鉄道の跡地を下っていきます。

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ここからざっと見て10名程度の方が散歩(散策)されていました。写真では殆ど写ってないように見えますが・・・そんな事はないです

下って行こうとしたら右手に広場があって、またまた寄り道です。そこにあった「インクラインの仕組み」を読んでから、大きな土管に注目しました。

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そこには「山ノ内浄水場導水管」があって直径1.65㍍、長さ4㍍、重さ約5㌧もあり、ここから約8㎞離れている山ノ内浄水場まで導水していたそうです。(山ノ内浄水場は閉鎖され、現在は京都学園大学のキャンパスとなりました)

もう少し下ると右手に噴水のある広場に出ます。まだまだ奥に行けそうな感じで、中央に銅像も見えました。ここからでは誰の銅像か分からなかったので帰ってから調べました。

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先程、石碑に出てきた「田辺朔郎像」でした。本当はあそこまで行きたかったんですけど、時間の都合でやめました。(少し心残りはありましたが・・・)

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桜が満開の時には、こんな風景は撮れないでしょう。こうなったら桜を見たくなりましたので、混雑するを覚悟で行ってみようなかなぁ・・・と

ここからまだまだ下に降りられますが南禅寺の方に行く用事があるので、インクラインはここまでにしました。まだまだ半分程度散策しただけでしたが充分楽しめました。

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その南禅寺に向かう途中に、田邊朔郎が私費で建てた第1疏水工事の殉職者17名の慰霊碑がありました。

インクラインから降りてきて南禅寺に向かうと面白い名前のトンネルがあって、前から気になってました。地下鉄「蹴上駅」から南禅寺に行くとかならず通るトンネルです。

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ねじりまんぽ(蹴上トンネル)と言います。文字通り、トンネル内の壁が螺旋状にねじれているんですね。理由は・・・斜めに積み上げられた赤煉瓦によるもので、耐久性が斜めに積み上げると上がるんだそうです。

この時、10時30分になってました。まだ予約時間まで30分もありますが、取り急ぎ南禅寺に行くことしました。

【インクライン 義経大日如来】



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