しばらく見納めの等持院へ
天㐂を13時過ぎにタクシーで出発し、向かった先は等持院で13時11分に着きました。ここの和尚さんと母が(私もですが)昵懇で、事前に電話してアポを取っておきました。
タクシーで「等持院まで」と言うと、殆どの運転手さんは「駅ですか、寺ですか」と聞かれます。嵐電「等持院駅」があるためと、駅と等持院が少し離れているからでしょうね。
タクシーは表門の前で降ろしてもらいました。前途のとおり母と一緒の場合は割引して貰えるんですけど・・・。
足利氏の家紋のある庫裏の中に拝観受付はあります。そこで和尚さんの在宅を聞くと・・・外出中。来たのが前途のとおり13時11分でアポが14時・・・早すぎました。
母は寒いので別室で待つことに。私はもちろん散策です・・・が、もう何十回と行ってるので勝手知ったる庭に降りて見ると・・・いつもはガラガラの庭ですが、この日は平日でも人が多かったです。
後で和尚さんに話しを聞くと、外国人観光客が増えたそうです。等持院は場所が分かりずらいので、日本人観光客でもそんなにこなかった等持院に・・・驚きです。
茶室「清漣亭」を久し振りに見たあと、足利尊氏公のお墓に寄りました。ご存じ室町幕府初代将軍で知られています。
等持院に来たら、ここは外せないです。後程行く、霊光殿には尊氏の木像も安置されてますし、天龍寺の法堂内にも尊氏の木像はありました。
尊氏のお墓にお参りしたあと、奥の心字池に向かいます。昨年のライトアップに訪れて、あまりの美しさに、会社のOさんと息を飲みました。
心字池の畔に、遅咲きの梅が咲いてました。ライトアップでは、水面に映る紅葉があまりにも綺麗で、二人して息を飲んだことを思い出します。
心字池をゆっくり散策。少々風は冷たく寒い日でしたが、綺麗な庭園を見てたら心が和みます。そさして対岸には後程行く霊光殿が見えています。
心字池に浮かぶ蓬莱島で、かつて妙音閣があったところです。ライトアップでは、ここは通行止めでした。
ここで、たまたま木々に止まっていたヒヨドリを撮ることができました。奥の建物は霊光殿ですが、心字池には戻らず茶室「清漣亭」に向かいます。
茶室「清漣亭」の手前には、等持院で有名な「有楽椿」がありますが、まさかまだ花びらが残っているなんて、思わなかったです。
それで息も切らずに石段を上がると茶室「清漣亭」がありますが、中を覗くとボロボロ・・・入ったら底が抜けそうな・・・そんな感じに思えました。
最後にお知らせする予定でしたが、先に述べておきます。後で和尚さんに聞いた話しで・・・ここは建て替え工事をされるようです・・・詳細は最後に。
この茶室「清漣亭」の前はサツキが咲く頃が大変綺麗ですし、観光客も多く訪れます。今は冬枯れですが、現在の和尚さんが来られてから随分綺麗に庭園を整備されたものです。
上の写真が書院で、母が縁側で座っていると思いきや、全然知らない人が椅子に座っています。母は何処へ・・・。と言うことで女房は書院から上がって探しに行きました。私はまだまだ散策です。
先程、人が居たので気に入った写真が撮れなかったので再び茶室に戻ろうと石段を上がる途中に、忘れてた等持院形灯籠がありましたが、目的は“有楽椿”だったんですけど・・・。
そして再び茶室「清漣亭」に再びやって来て、司馬温公形手水鉢を撮ってから“有楽椿”を見ると・・・やっぱり数が少ないので、あれ以上は無理ですね。
茶室「清漣亭」の前にあった手水鉢・・・それより、ここから見た庭の全景と本堂や書院を撮りたかったら戻ったようなものです。前途のとおりガラガラの庭と思ってたら、結構な人が来られてたので、人が途切れるのを待ちました。
ここが書院の内部ですが、ここで母が椅子に座って待っていた筈が・・・居なくなりました・・・女房が探しに行きましたが・・・。余談ですが帰る時には、ここも人が多くお茶菓子をいただいてました(別途500円が必要)。
母は客間に居ました。寒いのでお寺の方がこちらへ案内されたようです。和尚さんはまだ帰って来られてません。それなら本来なら最初に行く方丈へ行きました。
この方丈前庭園の塀の向こうに桜の木があります。等持院も桜の開花情報が出ますが、境内の外なんですよね。庭園には桜・・・ありません。
ここは天龍寺の境外塔頭ですので、ご本尊は釈迦如来像でしょう。方丈内には入れませんが外からお参りしたあと、霊光殿に行きました。
ここだけ撮影禁止です。理由は和尚から聞きましたが、ここでは書きません。それより徳川家康像をはじめ、尊氏、義詮、義満を初め室町幕府の木像が安置されていので、何度来ても見てて飽きません。
再び客間に戻ると和尚さんと母が談笑してました。母は久し振りのだと思いますが、私は愛猫の供養を2月にしてもらったので、その時のお礼も兼ねて挨拶させてもらいました。
約30分ぐいでしょうか、いろいろ話をさせてもらいました。和尚さんに来客が来られてたので、席を立ちましたが、楽しい一時でしたし、また再訪したいですね。
ここでは抹茶とお菓子もいただきましたが、以前のお菓子と比べて、随分美味しくなっていました。それと寺務所で御朱印も。(随分前にいたたきましたが判子が新しくなったと伺ったので)
ここにはライトアップ以来でしたが、先程の和尚さんとの談笑時にショックな話を聞きました。先程少しだけ述べたことですが・・・。
等持院は本堂・霊宝殿・茶室「清漣亭」を全面建て替え工事のため、今年の6月頃から約2年、拝観を停止されます。残念ながら今年の紅葉及びライトアップはありません・・・本当に残念です。
本堂は屋根の葺き替えが主で、霊光殿と茶室「清漣亭」は、一旦更地にされてから再建の工事に入られるとか。その間、霊光殿の仏像は美術館にでも預かってもらう計画をされてました。そして庭園だけの公開も検討されてましたが、茶室「清漣亭」の無い庭園を公開しても・・・と言われてましたが、どうなることやら。
等持院には13時11分に着いて、14時37分に出て行きました。等持院でタクシーを呼んでもらい、そこから帰路に着きました。最初の計画では、ここから嵐電「等持院駅」まで歩いてもらって、そこから帰路に着く予定にしてましたが、まだ母の足や腰では無理なことは直ぐに分かったので、タクシーを選びました。
タクシーで「等持院まで」と言うと、殆どの運転手さんは「駅ですか、寺ですか」と聞かれます。嵐電「等持院駅」があるためと、駅と等持院が少し離れているからでしょうね。
タクシーは表門の前で降ろしてもらいました。前途のとおり母と一緒の場合は割引して貰えるんですけど・・・。
足利氏の家紋のある庫裏の中に拝観受付はあります。そこで和尚さんの在宅を聞くと・・・外出中。来たのが前途のとおり13時11分でアポが14時・・・早すぎました。
母は寒いので別室で待つことに。私はもちろん散策です・・・が、もう何十回と行ってるので勝手知ったる庭に降りて見ると・・・いつもはガラガラの庭ですが、この日は平日でも人が多かったです。
後で和尚さんに話しを聞くと、外国人観光客が増えたそうです。等持院は場所が分かりずらいので、日本人観光客でもそんなにこなかった等持院に・・・驚きです。
茶室「清漣亭」を久し振りに見たあと、足利尊氏公のお墓に寄りました。ご存じ室町幕府初代将軍で知られています。
等持院に来たら、ここは外せないです。後程行く、霊光殿には尊氏の木像も安置されてますし、天龍寺の法堂内にも尊氏の木像はありました。
尊氏のお墓にお参りしたあと、奥の心字池に向かいます。昨年のライトアップに訪れて、あまりの美しさに、会社のOさんと息を飲みました。
心字池の畔に、遅咲きの梅が咲いてました。ライトアップでは、水面に映る紅葉があまりにも綺麗で、二人して息を飲んだことを思い出します。
心字池をゆっくり散策。少々風は冷たく寒い日でしたが、綺麗な庭園を見てたら心が和みます。そさして対岸には後程行く霊光殿が見えています。
心字池に浮かぶ蓬莱島で、かつて妙音閣があったところです。ライトアップでは、ここは通行止めでした。
ここで、たまたま木々に止まっていたヒヨドリを撮ることができました。奥の建物は霊光殿ですが、心字池には戻らず茶室「清漣亭」に向かいます。
茶室「清漣亭」の手前には、等持院で有名な「有楽椿」がありますが、まさかまだ花びらが残っているなんて、思わなかったです。
それで息も切らずに石段を上がると茶室「清漣亭」がありますが、中を覗くとボロボロ・・・入ったら底が抜けそうな・・・そんな感じに思えました。
最後にお知らせする予定でしたが、先に述べておきます。後で和尚さんに聞いた話しで・・・ここは建て替え工事をされるようです・・・詳細は最後に。
この茶室「清漣亭」の前はサツキが咲く頃が大変綺麗ですし、観光客も多く訪れます。今は冬枯れですが、現在の和尚さんが来られてから随分綺麗に庭園を整備されたものです。
上の写真が書院で、母が縁側で座っていると思いきや、全然知らない人が椅子に座っています。母は何処へ・・・。と言うことで女房は書院から上がって探しに行きました。私はまだまだ散策です。
先程、人が居たので気に入った写真が撮れなかったので再び茶室に戻ろうと石段を上がる途中に、忘れてた等持院形灯籠がありましたが、目的は“有楽椿”だったんですけど・・・。
そして再び茶室「清漣亭」に再びやって来て、司馬温公形手水鉢を撮ってから“有楽椿”を見ると・・・やっぱり数が少ないので、あれ以上は無理ですね。
茶室「清漣亭」の前にあった手水鉢・・・それより、ここから見た庭の全景と本堂や書院を撮りたかったら戻ったようなものです。前途のとおりガラガラの庭と思ってたら、結構な人が来られてたので、人が途切れるのを待ちました。
ここが書院の内部ですが、ここで母が椅子に座って待っていた筈が・・・居なくなりました・・・女房が探しに行きましたが・・・。余談ですが帰る時には、ここも人が多くお茶菓子をいただいてました(別途500円が必要)。
母は客間に居ました。寒いのでお寺の方がこちらへ案内されたようです。和尚さんはまだ帰って来られてません。それなら本来なら最初に行く方丈へ行きました。
この方丈前庭園の塀の向こうに桜の木があります。等持院も桜の開花情報が出ますが、境内の外なんですよね。庭園には桜・・・ありません。
ここは天龍寺の境外塔頭ですので、ご本尊は釈迦如来像でしょう。方丈内には入れませんが外からお参りしたあと、霊光殿に行きました。
ここだけ撮影禁止です。理由は和尚から聞きましたが、ここでは書きません。それより徳川家康像をはじめ、尊氏、義詮、義満を初め室町幕府の木像が安置されていので、何度来ても見てて飽きません。
再び客間に戻ると和尚さんと母が談笑してました。母は久し振りのだと思いますが、私は愛猫の供養を2月にしてもらったので、その時のお礼も兼ねて挨拶させてもらいました。
約30分ぐいでしょうか、いろいろ話をさせてもらいました。和尚さんに来客が来られてたので、席を立ちましたが、楽しい一時でしたし、また再訪したいですね。
ここでは抹茶とお菓子もいただきましたが、以前のお菓子と比べて、随分美味しくなっていました。それと寺務所で御朱印も。(随分前にいたたきましたが判子が新しくなったと伺ったので)
ここにはライトアップ以来でしたが、先程の和尚さんとの談笑時にショックな話を聞きました。先程少しだけ述べたことですが・・・。
等持院は本堂・霊宝殿・茶室「清漣亭」を全面建て替え工事のため、今年の6月頃から約2年、拝観を停止されます。残念ながら今年の紅葉及びライトアップはありません・・・本当に残念です。
本堂は屋根の葺き替えが主で、霊光殿と茶室「清漣亭」は、一旦更地にされてから再建の工事に入られるとか。その間、霊光殿の仏像は美術館にでも預かってもらう計画をされてました。そして庭園だけの公開も検討されてましたが、茶室「清漣亭」の無い庭園を公開しても・・・と言われてましたが、どうなることやら。
等持院には13時11分に着いて、14時37分に出て行きました。等持院でタクシーを呼んでもらい、そこから帰路に着きました。最初の計画では、ここから嵐電「等持院駅」まで歩いてもらって、そこから帰路に着く予定にしてましたが、まだ母の足や腰では無理なことは直ぐに分かったので、タクシーを選びました。