和泉式部も読んだ良縁祈願の社 貴船神社 結社(中宮)へ

奥宮の神門を出て、元来た参道を戻ります。行きと違って、帰りは下り・・・随分楽です。それに、結社(中宮)の写真は、既に押さえているので、ダブルで安心して歩いて行けます

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7時29分に出ましたが、天気予報の通り、晴れました。最初着ていた薄手のジャンパーも脱いで、鞄の中の閉まっています。

奥宮を出て、貴船神社 結社(中宮)には、7時38分に着きました。

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貴船神社 結社(ゆいのやしろ)に、行きと同じく、ここからしか上がれません。行きと違うのは、この先の工事関係者の車が出入りしてたことぐらいです。

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階段の下には石碑があって「貴船神社 中宮 結社」と書かれています。貴船神社の社務所は9時しか開かないので、この日は無理です。しかし、ひょっとしたらと思い、ここでゆっくりすることにしました。

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ここから急な石段を上がります。上がりきった所に朱塗りの鳥居が出迎えてくれます。行きも帰りも、境内には誰も居ませんでした。

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ここには手水舎や手水盤がありません(見当たりませんでした)。鳥居をくぐると正面に社殿が見えます。さっそくお参りさせてもらいました。

縁結びで名高い結社は、御祭神に磐長姫命(いわながひめのみこと)で、この地で「縁結びの神として人々に良縁を授けよう」と告げて鎮まったとか。縁結びの神として崇敬を集めています。

また、社殿の横には巨大な自然石が・・・駒札に「天の磐船(あまのいわふね)」と書いてありました。この巨石には正直驚きました。

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貴船の山中で発見された自然石。奉納され御祭神の磐長姫命り御料船(ごりょうせん)として命名されました。よくここまで運んだなぁ・・・が感想です

この社殿の周りは一周できます。そしたら遠くに石碑が見えたので行ったみました。そこには和泉式部の歌碑が刻まれてて・・・。

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もの思へば 澤のほたるも わが身より あくがれいづる 魂(たま)かとぞ見る」と。愛の苦悩を貴船の森に飛ぶ蛍になぞえて詠みました。

もう一つ句碑がありましたが、半分割れて詠めませんが、立て札に書いてあります・・・それによると・・・。

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「貴船より 奥に人住む 葛の花」(いはほ)・・・松尾巌、京都帝国大学教授、医学者。ホトトギス同人。1935年(昭和10年)6月29日の大水害のため句碑の上部が流失したそうです。

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歩いていると、もう一つありました。「老杉の 花降る 結の社」(高崎雨城)でしょうか、ここには立札が無いので調べました。

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こちらにも御神木の「」がありました。桂は、御神気が龍の如く大地から勢いよく立ち昇ってる姿に似て、貴船神社の御神徳を象徴し、御神木とされた縁となっています。

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この杉の大木も御神木でしょうか ここで前途のとおり時間が余っていたので、少しばかり座って休憩してました。

貴船神社の結社(中宮)には、7時48分に出ました。そして本宮には7時56分に到着し、再び境内に入りダメ元で社務所を覗きました。

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ここに8時ちょうどに来て見ました。やっぱり開いてません。HPでは9時からと書いてあるとおりでした。この日は諦めて車に戻りました。

8時過ぎに出ましたが、まだ誰も境内には人は居ませんでした。バスは9時過ぎから、歩くには2㎞もあるので、30分はかかります。8時では人が居ないのも無理はありません。車は次の鞍馬に向けて出発しました。

【貴船神社 結社(中宮)】



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