南禅寺塔頭 慈氏院 だるま堂へ

2月24日(土)は、京都レストランウインタースペシャル2018で、某レストランを予約してました。そのため地下鉄東西線「蹴上駅」までJRと地下鉄を乗り継いで、10時30分にやって来た訳です。

そこから歩いて向かいますが、予約時間より1時間も早く着いたことから何処かの寺院を一箇所だけ拝観して行くことにして、目的地は決めてなったので先ずは南禅寺の境内を歩きます。高い所が好きな私は、南禅寺の三門に登ろうかなぁ・・・と思って来ましたが、外国人観光客で賑わってて、それなら2004年(平成16年)以来訪れてない“紅葉の永観堂”でも行ってみようと思い南禅寺の境内を横切り南禅寺塔頭 慈氏院(じしいん)の前まで来たところ、少し寄ってみようと、急に思い着きました。

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山門が開いており、山門の右側に「だるま大師」の石碑が建っています。以前から“だるま堂”は拝観できるのを知っていたので入ってみます。

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山門を入って左手には、綺麗に盛砂された上に砂紋が書かれた前庭が。これを見て法然院を思い出しました。

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入ると禅宗寺院らしい雄大な庫裏があって、右庭本堂や書院に通ずる玄関がありますが、通常非公開のため入れません。

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山門を入って右手に進むと唯一公開されている「だるま堂」があります。この寺を通称“だるま寺”とも呼ばれる由縁です。

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堂内の中央には「おあしがよる大師」と呼ばれる達磨大師像がありますが、ダルマ・・・座ったお姿が定番でしが、ここのは立像で珍しいと思います。

この“だるま堂”の奥には庭園が見えました。左側には結界があって・・・多分・・・立入禁止でしょう・・・書いてありませんが。それでお堂の右側から回り込むと庭園が見えました。

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本当は、手前に見えている本堂まで行って、庭園を正面から見え見たかった・・・が本音です。しかし、小心者の私は、これが精一杯でした。

1385年(至徳2年)に、南禅寺44世・義堂周信(ぎどう しゅうしん)が室町幕府3代将軍・足利義満によって土地を譲り受け創建したのが始まり。その後、江戸時代中期1694年(元禄7年)に阿波徳島藩の第5代藩主・蜂須賀綱矩(はちすかつねのり)より再興、1887年(明治20年)には塔頭・語心院を合併し現在に至っています。

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ここには10時38分に入って、10時41分には出て来ました。この間、誰も入って来られません。表は結構な人が歩いていますが・・・。

なお、本堂には本尊の観音大士(かんのんだいし)が祀られているのとか、今度はゆっくり散策できると良いのに・・・と思いながら次へと向かいました。

【南禅寺塔頭 慈氏院 だるま堂】



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