京の文化財探訪 嵯峨の古仏を訪ねて 慈眼堂 文化財特別鑑賞へ

京都市文化観光資源保護財団主催の「京の文化財探訪 嵯峨の古仏を訪ねて」と題して、4月20日(金)~22日(日)の3日に、「清凉寺(嵯峨釈迦堂)」・「薬師寺」・「慈眼堂」の文化財特別鑑賞がありました。

会員である私には招待券が送られてきて、会員以外の人は1000円が必要となります。そして4月20日(金)に三箇所を回りました。最初は慈眼堂(じげんどう)から巡ります。

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「文化財特別鑑賞」は10時から開始です。しかし、その時間では人が多いので写真は無理でしょう。それで7時39分に外観だけ先に撮りにきた次第です。

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この時間では、まだ閉まっています。しかし今日から始まる“文化財特別鑑賞”の看板は出てました。それでは9時55分頃に再訪します

それで予定どおり9時55分に来て見たら、お堂の前にはパイプ椅子が約20席ぐらいでしょうか置いてあって、5名程度でしょう座られていました。受付は東側にあり、招待券を見せ“慈眼堂”の爛にハンコを押されます。そして写真撮影の有無を聞くとOKでした

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案内が始まるまで3分ほど待つことになるので、先に堂内の写真を押さえときました。そして10時ちょうどに「京都の文化財を守る会」ボランティアガイドさんの話が始まりました。

清涼寺(嵯峨釈迦堂)の西門から西にのびる愛宕街道沿いに慈眼堂(じげんどう)があって、かつてこの辺りには愛宕神社の中院(ちゅういん)がありました。ご本尊の千手観音は、鎌倉時代初期の歌人で名高い藤原定家(ふじわらのていか)の持念仏であったといわれています。定家はこの辺りに草庵を営み出家したのち、小倉山山荘に千手観音菩薩象を安置し崇拝していました。その定家没後、子息の藤原為家(ふじわらのためいえ)が山荘の傍らに草堂(慈眼堂)を建て千手観音菩薩像を本尊に安置し、後に代々里山の人々に守られ続け、現在に至っています。

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ご本尊の木造千手観音菩薩立像は、鎌倉時代初期の作で、像高は58.1㌢もあり、京都指定文化財となっています。なお、傷みが激しき現状を鑑み、このあと修復に出されるそうで、台座と光背は後付けだそうです。

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約14分もかけて詳しく説明していただましたが、全て覚えのは無理で、要点だけ書きました。堂内には左に「毘沙門天像」、右に「地蔵尊像」が安置されていますが、ご本尊より後代作だそうです。

毎年、8月の地蔵盆の時期、慈眼堂の扉を開けられます。私も2015年(平成27年)8月23日(日)に来ています。その時、以来の慈眼堂の訪問ですが、その時には無かった“古文書”が公開されていました。

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お堂の右側には、この「中院慈眼堂の千手観音菩薩立像」の由来が書かれています。細かい字で書かれているので、殆ど見えませんが、先程ガイドさんより詳しく聞きました

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次に、古文書です。展示してあるのはレプリカですが、第一巻から第三巻まであるそうで、その話を詳しくされました。

第一巻は1255年(建長7年)に峨山和尚が藤原定家が小倉山の山荘で像を大切に敬いあつく信仰したことや、近隣の人々が小さな堂を建てて像を安置したことが書かれています。第二巻は、1395年(応永2年)に花山院長親(耕雲)が手掛けた写本でることが確認されました。第三巻は、1696年(元禄9年)に厭離庵の住職が慈眼堂に近隣の住民が参拝するようすが書かれているとか。なお今後は博物館で展示するなど一般公開できるように考えられてるようです。

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お堂の手前には、千手観音菩薩立像のアップした写真パネルが展示されてます。先程も書きましたが、この観音像は1985年(昭和60年)に市有形文化財に指定されています。

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ここでガイドさんの話を聞き終わったら出て行きました。撮影は案内が始まるまでに済ませてから・・・次の薬師寺に向かいました。

この「文化財特別鑑賞」では、カラー版のパンフレット・・・由緒書きをいただきました。その慈眼堂の頁には、藤原定家の子・「藤原為家之墓」が紹介されてました。調べると厭離庵の東にある児童公園にあるとか。

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地元なので地図を見ないでも行けます。ただ児童公園は知ってましたが、そこに為家の墓が・・・あったかなぁ・・・と。

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入口からでは奥が見えません。恐る恐る奥に入っていくと、東向きに為家の墓がありました。墓の北側には「藤原定家卿の墳遥拝所」と書かれた石碑が。定家の墓は相国寺にあります。

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こんな住宅街の片隅のにある児童公園の中に、外からは見えないように木々に囲まれありました。多分、このパンフを見なかったら永久に気が付かなかったでしょう。

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次の薬師寺は、清涼寺(嵯峨釈迦堂)の境内にあります。愛宕街道を東に下り、その清涼寺西門をくぐり、すぐの左手にあります。

【藤原為家之墓】



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