楊谷寺(柳谷観音) “あじさいまつり” へ

6月29日(金)は、西山三山の一つで眼病平癒で有名な柳谷観音 楊谷寺(ようこくじ)に行きました。ここは紫陽花も有名で、毎年行ってみようと思いつつ、今年も行きそびれる所を地元の京都新聞に掲載されたことから思い出して・・・初めて来てみました。

自宅を車で出発、場所が分からないのでナビが頼りです・・・と言っても長岡天満宮までは何度か車で行ったことがあるのでナビを無視しても分かります。物集街道をひたすら南下し、長岡京市役所の交差点を右折し西に進みます。途中、阪急長岡天神駅を超え長岡天満宮の八条ケ池の交差点も直進し西陣町の交差点を左折すると“柳谷通”でます。ここからひたすら西に進むと、京都縦貫道の高架下をくぐると、そこからは結構な上り坂&山道をひたすら進みます。高架下から約3㌔弱、ようやく前が開けて柳谷観音の駐車場に着き、時計の針は8時50分になっていました。

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ここが何時から入れるのか、拝観料はいるのか、何も知らずに来ました。雨降りのあいにくの天気模様でも二組の方が来られてました。

遠目からも山門が閉まっているのが分かります。多分、先客の方も待たれていたのでしょう。しかし、何時から開門か確かめるため山門に向かうと・・・。

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駐車場からゆっくり写真を撮りながら山門までやって来ました。山門には「開門9時」と書いてあります。時計の針は8時58分・・・ここで待つことにしました。

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6月9日~7月1日はまで“あじさいウイーク”として、入山料200円がいるようです・・・と言うことは普段は無料なんですね。9時に太鼓の音が鳴り、開門されました。

山門を入って右手にテントがあって、僧侶の方が受付され、そこで200円を納めて境内に入りました。

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入ると正面に本堂があります。ただ何処から見ていくのか分からないので戸惑うばかり・・・で、受付の僧侶の方に由緒書きを聞くと、書院受付で聞いてください・・・と。

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受付では朱印もされてて全部で4種類あったので、全ていただきました。朱印は帰りに受け取ります。それで何処から見ていくのか聞いてみると・・・。

「本堂には靴のまま上がって、そこから靴を脱いで渡り廊下沿いに奥之院まで行ってください」と。紫陽花は渡り廊下沿いに見られるみたいで早速行ってみます。

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堂内は前途のとおり靴のまま入ります。中央の厨子の中にご本尊の十一面千手千眼観世音菩薩が祀られていますが、毎月17日の縁日以外はご開帳されません。

堂内の左側には“賓頭盧尊”が祀られており、その奥から畳みが引いてあり、ここで靴を袋に入れ持ち歩きます。そして左手の扉から奥に進むと・・・。

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本堂奥には書院があって、その前には「浄土苑」と呼ばれる庭園があって、江戸時代中期に作庭された京都府指定の文化財となっています。

山の急斜面を巧みに利用した造りで、所々に置かれた大きな石を菩薩に見立てて、十三仏(阿弥陀如来、勢至菩薩、観音菩薩、不動明王など)や目菩薩、受菩薩などが安置されています。

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先に入られた拝観者は先に進まれたので、書院には誰も居ません。後で分かったことですが、ここで写経されてるようです。

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次に急な斜面に沿って渡り廊下を上っていくと、上部に“上書院”が見えています。普段は毎月17日の縁日と、この“あじさいウイーク”の期間中は特別に公開されました。

公開時間が10時からで、拝観料が800円でしたが、まだ9時を少し過ぎたばかり、この日は断念しました。

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渡り廊下上部から見た“浄土苑”です。前途した上書院から見たら、また違った風景なんでしょう。次回・・・いつになるか分かりませんが縁日に来てみたいです。

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それで途中で見つけた“水琴窟”です。これは後で分かったことで・・・音色をいつも確認するのを怠りました

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上書院から長く登りが続く回廊ですが、その回廊沿いにお目当ての紫陽花が見られました。

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下から浄土苑や書院、回廊沿いの紫陽花を見ながら(写真を撮りながら)ゆっくり上がること約7分で、奥之院に着きました。

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後で境内図を見て分かった事ですが、この回廊には名前がありました。“あじさい回廊”だったんですね、でも思っていたより紫陽花・・・少ないように思えました。

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この奥之院は、1912年(大正元年)建立の1930年(昭和5年)再建。第114代・中御門天皇ゆかりの観音像を安置。左側には観音様の家来・・・二十八武衆が祀られてました。

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奥之院の裏側には、奥之院鎮守である“眼力稲荷”があって、鳥居の奥にあります。その右側には“愛染堂”があり愛染明王が祀られています。夫婦円満等にご利益があるとか。

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奥之院周りの紫陽花を散策していたら面白いものを見つけました。それは“モリアオガエルの卵”で、多分・・・間違い無いでしょう。

柳谷観音 楊谷寺の開祖は、806年(大同元年)平安時代に清水寺を開山された延鎮僧都(えんちんそうず)が夢のお告げにより西山に入り、柳(楊)い茂る渓谷の岩上に生身の観音様(十一面千手千眼観世音菩薩)を見つけられ、その観音様をご本尊に堂宇を建て、「楊谷寺」とされたのが始まりです。その観音様が、古来より眼病に霊験あらたかな十一面千手千眼観世音菩薩だったということで天皇家や公家の方々をはじめ、人々の厚い信仰に支えられています。

柳谷観音 楊谷寺(ようこくじ)で奥之院を出てからの続きです。雨が少しだけ降って来ましたが、傘はさしません、ここからは参道を下っていきます。

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境内図では書いてないですが「観音講祈念碑」と書かれてます。内部には分かりませんが弘法大師でしょうか祀られています。

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次に納骨堂を越えて、大きな“十三重石塔”だと思いましたすがありました。案内図では「多宝塔」と書いてありました。石の数・・・一段づつ数えましたけど

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次は境内図の載っていた“石仏”です。何か楽器を持たれてる観音様に見えました。

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行きは“あじさい回廊”から登りましたが、帰りは参道を下っていきました。すると遠くに社殿が見えてきましたが・・・。

ここで一旦、本堂まで降りてから再び上がる事にします。(実際は本堂に入る前に先に行ってました)

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本堂の右横に変わった門があります。竜宮門に似ているけど違うし・・・と思っていたら変額が掛かってました。「中陽門」と書かれており、それをくぐると・・・。

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石段を上がる右手には「弁財天」がありました。ここの弁財天はお前立ちとして“淀殿”が安置されています。淀殿が観音様を信じ、阿弥陀堂の厨子も寄進された所以からだそうです。

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最後の写真が下って来てからのものです。ここには「正一位眼力稲荷大明神」で楊谷寺の鎮守社で、伏見稲荷大社より勧請されましたものです。

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ここから出るときに、“手水鉢”を見つけました。龍の口から水がでるようになっていて・・・中々面白いです。

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また入口には歌碑もあって「見えぬ目の わがうつせみを みほとけの み手にすがりて 明るく生きむ」(夢生菴)とありました。

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この後、境内を散策します。先ずは手前が「護摩堂」で毎月17日の縁日の日に護摩が焚かれるそうで、奥が「経蔵」で、お経や本が収まってるのでしょう。

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その右隣には「地蔵堂」で内部には“親子地蔵”が祀られており、親子の絆を大切にとの思いだそうです。

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こちらは「阿弥陀堂」で内部は見られませんでした。阿弥陀如来座像・観音菩薩・勢至菩薩が祀られてるみたいです。前途のとおり淀殿が寄進しました。

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境内の東側の奥には「寺宝庫」があって、この“あじさいウィーク”の期間中は、ここで寺宝展されてたようですが、ここも10時からのため、この日は帰りました。

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ここで結構な汗をかいたので“無料休憩所”に入って、汗を拭うことに。最初に一緒に入った3組か4組だったと思いますが、その後あまり来られないですね。

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阿弥陀堂の横、寺宝庫の前から紫陽花が綺麗に咲いていたので登ってみました。写真のとおり見頃過ぎ・・・と言ったところでしょう。

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紫陽花を見ながら登っていくと、下りは中陽門から降りてきます。そして本堂前まで戻ると気になる看板が出ていたので行ってみることにしました。

本堂の左側には811年(弘仁2年)に弘法大師が眼病に苦しむ人々のために霊水された、霊験あらたな湧き水・・・独鈷水(おこうずい)があります。

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「独鈷水」と書かれた大きな看板の奥に進むと、弘法大師の修行像があって、ここで「素足になって上がってぐたさい」とありましたが、この雨模様・・・無理です。

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奥に進んで、独鈷水(おこうずい)をコップ一杯いただきました。霊験あらたかな霊水を一滴も無駄にしません。最後は支納して出て行きました。

811年(弘仁2年)乙訓寺の別当を命じられた弘法大師は、たびたび楊谷寺を訪れてました。その際にお堂の片隅にあった溜水で子猿のつぶれた眼を洗う親猿を発見し、祈祷を施したところ満願の日に子猿の目が開きました。弘法大師はさらに祈祷を施し、眼病に悩む人々のために霊水「独鈷水」にしたと伝わります。

私は近頃、飛蚊症に悩まされてきました。加齢からくるものでしょう、眼下にも行きましたが、慣れるしかないそうで・・・ここで一杯の独鈷水(おこうずい)をいただいたら、翌日から不思議なことに飛蚊症・・・消えたんです。本当に不思議ですよね、次はペットボトルを持参して再訪します。

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ここに来たときから、この手水舎を気に入られたのか、今ははやりの“インスタ映え”でしょうか、若い子が盛んに写真を撮られてます。近寄ると紫陽花が綺麗に浮かんでいました。

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その奥には鐘楼・・・どの寺院も鐘楼の鐘をつくのは禁止されてますが、ここは「1打50円」と書いてあって、「早打厳禁」とも

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この山門を9時45分に出て、山門前からの風景を撮りました。雨は降ったりやんだりで、もう一つの天候ですが、ここでは傘は必要が無かったのは良かったです。

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最後に“柳谷道”から見た楊谷寺の全景です。駐車場は大きいので止められない心配はいらないでしょう・・・ただし17日の縁日には来たことがないので分かりませんが・・・。

ここには9時50分頃に出て行きました。この日はお昼を予約していたので、長居はできませんが、この西山の古刹をもう一カ所寄っていくことしてました。

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