海の舞鶴市を行く 引揚記念館へ
12時50分過ぎに舞鶴赤れんがパークの駐車場を出て、先ほど訪問した“赤れんが博物館”の前を通ります。「この蒸し暑い時に歩いたんだ」と思いながら舞鶴湾を眺めていると約10分程度で舞鶴引揚記念館に、13時3分に着きました。
入館料は300円・・・共通券の購入で200円のお得でした。ここは来館者・・・多かったですね。入口の写真も撮るのに苦労しました。
1945年(昭和20年)の第二次世界大戦終結後に旧ソ連によってシベリアに抑留された人々の体験を描いた絵画や家族へ送った手紙、抑留時に書かれた貴重な日誌などの資料が展示されています。2015年(平成27年)10月10日に収蔵資料がユネスコ世界記憶遺産に登録されました。
ここも撮影はOKでした。ただ展示品の劣化を防ぐため、一部禁止となっていますが、表示してあるので注意しながら撮影します。また館内で使える“喫茶メニュー割引券”と“お土産ご優待チケット”も貰えますが、使わなかったです。
赤れんが博物館で購入した共通券で入ります。入口は広々としたエントランスがあって、そこに「日本人収容所分布図」があって“日本との距離を感じてください”と書いてあります。
ここから“タイムトンネル”を通って、激動の昭和へと誘います。ここは私のリクエストでしたが・・・。
「引揚記念館」の常設展示室には、全国から寄せられた貴重な資料の寄贈を受け約1000点もの展示をされています。他の2人も黙ってじっくり見てました。
そして、ここに来てどうしてみ見なくてはいけない展示室がここ「抑留生活体験室」です。このエリアはテレビのニュース映像で何度も見てから、早速入ってみると・・・。
体験者の証言を元にシベリアの収容所を再現されています。極寒を耐える姿には声も出ませんし、後世には是非、伝えたいものです。
私は、展示物をあっさり見る方で、今日同行した2人は、じっくり見るタイプですね。ここに“語り部”さんが居て、展示内容について案内をしてくれます。
最後は「帰還と再会」のコーナーです。舞鶴港では1945年(昭和20年)10月17日第一船の入港から1958年(昭和33年)9月7日の最終船までの13年間にわたり引揚港の使命を果たしました。
次にエントランスホールを横切り「企画展示室」に行きました。ここでは“シベリア捕囚~抑留体験者・佐藤清の回想画展~”(7月7日~9月9日)までやってました。
作品保護のため近くでの撮影は禁止でした。舞鶴市のHPによると佐藤清氏は2014年(平成26年)7月に88歳で他界されいます。遺された作品から絵画に託された思いを感じてください・・・とありました。
先ほども書きましたが、私はあっさり見るタイプで、出てくるのも早いです。この日は蒸し暑い気候でしたので、ここで水分を補給し、タオルも替えました。その間にビデオも見てました。
13時19分に全員揃ったので、ここを出ました。受付で貰った割引券は使いません。ここを出て直ぐに車に乗りません。展望台に向かいましたが・・・。
展望台から復元された「引揚桟橋」を見ることができるみたいですが、3人とも少々蒸し暑さでバテました。
1970年(昭和45年)「岸壁の母」の舞台となった舞鶴引揚援護局跡地を見下ろす丘陵地に引揚記念公園が整備されました。
駐車場は広いです。時計の針は13時22分になっているので、まだ一つ残っている「海軍記念館」は15時までと記憶していたので、時間的にまだ余裕はありますが展望台に行かず、次は、再び北吸桟橋を通って海軍記念館に行きます。
【引揚記念館】
入館料は300円・・・共通券の購入で200円のお得でした。ここは来館者・・・多かったですね。入口の写真も撮るのに苦労しました。
1945年(昭和20年)の第二次世界大戦終結後に旧ソ連によってシベリアに抑留された人々の体験を描いた絵画や家族へ送った手紙、抑留時に書かれた貴重な日誌などの資料が展示されています。2015年(平成27年)10月10日に収蔵資料がユネスコ世界記憶遺産に登録されました。
ここも撮影はOKでした。ただ展示品の劣化を防ぐため、一部禁止となっていますが、表示してあるので注意しながら撮影します。また館内で使える“喫茶メニュー割引券”と“お土産ご優待チケット”も貰えますが、使わなかったです。
赤れんが博物館で購入した共通券で入ります。入口は広々としたエントランスがあって、そこに「日本人収容所分布図」があって“日本との距離を感じてください”と書いてあります。
ここから“タイムトンネル”を通って、激動の昭和へと誘います。ここは私のリクエストでしたが・・・。
「引揚記念館」の常設展示室には、全国から寄せられた貴重な資料の寄贈を受け約1000点もの展示をされています。他の2人も黙ってじっくり見てました。
そして、ここに来てどうしてみ見なくてはいけない展示室がここ「抑留生活体験室」です。このエリアはテレビのニュース映像で何度も見てから、早速入ってみると・・・。
体験者の証言を元にシベリアの収容所を再現されています。極寒を耐える姿には声も出ませんし、後世には是非、伝えたいものです。
私は、展示物をあっさり見る方で、今日同行した2人は、じっくり見るタイプですね。ここに“語り部”さんが居て、展示内容について案内をしてくれます。
最後は「帰還と再会」のコーナーです。舞鶴港では1945年(昭和20年)10月17日第一船の入港から1958年(昭和33年)9月7日の最終船までの13年間にわたり引揚港の使命を果たしました。
次にエントランスホールを横切り「企画展示室」に行きました。ここでは“シベリア捕囚~抑留体験者・佐藤清の回想画展~”(7月7日~9月9日)までやってました。
作品保護のため近くでの撮影は禁止でした。舞鶴市のHPによると佐藤清氏は2014年(平成26年)7月に88歳で他界されいます。遺された作品から絵画に託された思いを感じてください・・・とありました。
先ほども書きましたが、私はあっさり見るタイプで、出てくるのも早いです。この日は蒸し暑い気候でしたので、ここで水分を補給し、タオルも替えました。その間にビデオも見てました。
13時19分に全員揃ったので、ここを出ました。受付で貰った割引券は使いません。ここを出て直ぐに車に乗りません。展望台に向かいましたが・・・。
展望台から復元された「引揚桟橋」を見ることができるみたいですが、3人とも少々蒸し暑さでバテました。
1970年(昭和45年)「岸壁の母」の舞台となった舞鶴引揚援護局跡地を見下ろす丘陵地に引揚記念公園が整備されました。
駐車場は広いです。時計の針は13時22分になっているので、まだ一つ残っている「海軍記念館」は15時までと記憶していたので、時間的にまだ余裕はありますが展望台に行かず、次は、再び北吸桟橋を通って海軍記念館に行きます。
【引揚記念館】