和倉・七尾観光旅行 七尾城史資料館へ

七尾城本丸北駐車場に戻って、13時30分頃に出発します。元来た道を下って行き、13時50分に到着したのは七尾城史資料館です。

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車は、ここをぐくれますが狭いです。しかし2台が限度でしょうね、表の駐車場に止められることをお勧めします

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ここが七尾城史資料館で、どうしてもここに来る必要があったのは、ここに“100名城のスタンプ”が置いてあるからです。ここで39城目のスタンプをゲットしました

スタンプは入って直ぐの左手に置いてあるので、入館料は必要なく押せますが、 ここまで来て見て帰らないと悔いが残りそうなので、受付で入館料200円を払います。すると、係の方より「ビデオを写しますので見てください」と言われたの座って鑑賞します。

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このビデオは、約10分「七尾城CG画像」が流れますが、これは帰ってからYouTubeでも見られるので、ここはあっさり見て直ぐ出て行きました。

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展示品は2階にあるので、早速上がります。実は、七尾城に行くため行きも通りましたが、マイクロバスが止まってたりしてましたが、この時間では誰も来てないです。

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七尾城跡や城下から出土した日常用具や天目茶碗、水晶製五輪塔型舎利容器、銅板線刻清涼寺式釈迦如来立像をはじめ、城主愛刀、長槍、螺鈿の鞍などの武具類や城主の書簡も展示され、戦国時代の庶民や武家の生活の一端を知ることができます。(七尾市HP 原文のまま)

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資料館を出て、七尾城跡案地図を見ています。ここを出て向かって右から山を登っていくこと約60分で本丸跡まで行けるようです。

タクシーの運転手さんも七尾市の方で、会社の先輩も七尾市出身の方。ともに言われていたことは、小学生の遠足で必ず、この七尾城に登るようです。子供の頃の年中行事だったみたいですね。

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また敷地内には、日本一小さな茶室もありました。「旧樋爪家住宅の茶室」 で、七尾市内の旧樋爪家の庭園にあったもので大正末期に、高台寺傘亭を模して造られました。

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その茶室の横には、高橋掬太郎「古城」 (三橋美智也の曲)詩碑がありました。1963年(昭和38年)の七尾城史資料館開館に先立ち除幕式が行われた旨、書いてありました。

看板には、三橋美智也さんが歌って大ヒットと書いてありましたが、私は知らないですね。聞いたら思い出すかも知れませが・・・。

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その向かいにも石碑があって「あゝ七尾城」碑もありました。作詞家の高橋掬太郎が七尾城跡を訪れて作詞されたそうです。

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苔むした石碑より「長谷川等伯生誕之地 矢田郷」と書かれた大きな文字が目立ちます。七尾駅には“とうはくん”も居たし、運転手さんに聞いてみました。

長谷川等伯は、七尾の城下町で生まれ育ったようで、この桃山時代を代表する画聖 長谷川等伯の没後400年を記念して2010年(平成22年)に誕 生しましたのが、ゆるキャラ“とうはくん”だそうです。

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ここに居る間、お一人来られましたが、スタンプだけで、ここから出て行かれました。これから登られるのかどうか分かりませんが・・・。

次は、共通券ではありませんが、お隣に移動します。遠方の七尾市まで来ているので、見られる物は全て見て行きます。

【七尾城史資料館】



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