比叡山の西麓にある延暦寺の塔頭 赤山禅院へ

鷺森神社を出て、次に向かったのが赤山禅院でした。赤山禅院も久しく行ってなくて、調べると2007年(平成19年)4月9日以来、来てませんでした。それで時間があったので友人に頼んだら行ってくれたということです。

鷺森神社から狭い狭い道路を通り、概ね北上します。途中、友人に「こんな所、通れるの?」と聞いたぐらいです。何度か来ている修学院離宮の前も通りましたね、ほどなくして赤山禅院の「鳥居」の前にさしかかりました。

CIMG3269.jpg赤山禅院は寺院で、神社ではありません。それでも参道入口には鳥居があって「赤山大明神」の扁額が架かっています。この額は、第108代・後水尾天皇の行幸の際に賜った勅額です。

CIMG3268.jpg7時48分に、ここの駐車場に着きました。車は3台ぐらいしか止められないですね、入れ替わりに僧侶の方が車で出て行かれました。

CIMG3267.jpg鳥居から続くモミジの参道です。秋が深まれば真っ赤に染まるので、紅葉の名所として赤山禅院は有名です。

CIMG3265.jpgCIMG3266.jpg石こ段を上がると、先に「狛犬」を見ました。ここの狛犬は変わった姿をしてますね

CIMG3222.jpg石段を上がった右手に「手水舎」があって、そこには駒札に由緒が書かれていたので読みました。ここは友人が何度も来ているので友人は結構詳しかったですけど。

888年(仁和4年)天台座主安慧(あんね)が、師の慈覚大師円仁(えんにん)の遺命によって創建した天台宗の寺院です。本尊の赤山明神は、慈覚大師が中国の赤山にある泰山府君(陰陽道祖神)を勧請したもので、天台の守護神です。後水尾上皇の修学院離宮御幸の時には、上皇より社殿の修築及び、赤山大明神の勅願を賜りました。御神体は、毘沙門天に似た武将を象る神像で、延命延命富貴の神とされています。この地は、京都の東北鬼門にあたることから、当院は、方除けの神として人々の崇敬を集めています。

CIMG3234.jpgCIMG3236.jpg石段を上がると、正面に見えるお堂が「拝殿」です。ここが本堂だと思いましたが、友人が「本堂は裏」と教えてくれました。それより「屋根の上見たか?」と。それで望遠で写真を撮ることに・・・。

CIMG3256.jpgCIMG3255.jpg屋根の上には、鬼門除けの猿。御幣とかぐら鈴を持ち、皇城(京都御所)を守護しています。かつて夜な夜な悪さをしたため、逃げ出さないよう金網の中に入れられていると言われます。

CIMG3237.jpgCIMG3238.jpg次に「地蔵堂」に行きました。久し振りに来たので覚えていないので順路の通りに進みます。堂内には「地蔵菩薩」が祀られていました。

CIMG3257.jpgCIMG3258.jpg次に、現在工事中の「本殿」に行きました。お参りは出来るみたいですが、早朝から工事用車両も入ってきて・・・修復工事なんでしょうね。

CIMG2990.jpgこちらが、通常の「本殿」の姿です(2007年(平成19年)4月9日撮影)。本殿には本尊の「赤山大明神 」が、皇城表鬼門の鎮守として祀られています。

CIMG3239.jpgCIMG3240.jpg工事車両を避けながら次に「弁財天堂」に行きました。こちらには「出世弁財天」が祀られています。

CIMG3241.jpg境内の西側を進むと「十六羅漢」の石仏群がありました。ただ案内に書いてあった「三十三観音」は何故か無かったです。

CIMG3244.jpgCIMG3245.jpgCIMG3246.jpg次が都七福神の一神である「福禄寿神」を祀る「福禄寿殿」です。ここで都七福神の御朱印をいただけます。この時、7時54分で、納経所は閉まっています

CIMG3247.jpg順路では、次に「相生社」でした。ただ時間の都合で登ってお参りはしてません。案内では2つの鳥居が並んでいて夫婦鳥居と呼ばれ、縁結びの神として親しまれてます。なお、上には「歓喜天」「金神社」があるようです。

CIMG3249.jpgCIMG3250.jpg「相生社」へ登ることはしませんでしたが、奥に「稲荷社」が見えたので寄って行きました。

CIMG3252.jpgCIMG3254.jpgCIMG3254.jpgCIMG3230.jpg境内の東側には、古池があります。その畔には小さな洞がありましたが、こちらは「薬師」とありました。

CIMG3231.jpgその奥にあるお堂は「御滝堂」で内部に入ってみました。内部には「駒滝不動尊」が祀られています。

CIMG3224.jpgCIMG3227.jpgCIMG3229.jpgお堂の最後は「雲母不動堂」です。元は比叡山延暦寺と赤山禅院を結ぶ雲母坂(きららざか)にあった雲母寺(うんもじ)の本堂と本尊・不動明王が移されたものです。

雲母寺は、平安時代に千日回峰行の創始者・相応和尚が開いた寺院でしたが、明治に入って廃寺となりました。不動明王像は、伝教大師 最澄の作とも伝えられます。

CIMG3259.jpgCIMG3260.jpg最後に、もう一度「本堂」に寄りました。その本堂から見た「拝殿」です。屋根の猿は御所に向いて睨みをきかせています。

CIMG3262.jpgCIMG3263.jpgCIMG3264.jpg拝殿の屋根より都の鬼門を見守ってる「神猿」は猿小屋に鎮座し後身に作法を伝授する為に拝殿に向き合っています。

ここから駐車場に戻り、8時3分に赤山禅院を出て行きました。再び狭い道を西に進み白川通りに出ます。そして南下して比叡山に向かいました。

【赤山禅院】

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