桃山時代の豪華な風姿を残す紀州東照宮へ

根來寺を出て、和歌山中華そばの名店「井出商店」を目指します。友人は一度行ってるようですが、やっぱりナビを入れました。行きと同様、岩出根来ICから京奈和自動車道にのり、途中、阪和自動車道に変わり和歌山ICで降りました。あとは和歌山市内を走りましたが、土地勘が無いので説明できません。ナビの誘導で、井出商店の前に到着しましたが、本日定休日でした・・・残念。それで急遽、目的地を変更しナビを入替えて「紀州東照宮」を目指しました。和歌山市内の中央通り(国道24号)から海岸通りに入り、12時46分に紀州東照宮の駐車場に到着しました。

CIMG4449.jpg車を止めると、係の方が近づいてきて駐車料金300円を払いました。ただ、ここの拝観料が300円で、この駐車料金の領収証を見せると、無料で入れますと言うことでした。

CIMG4450.jpgCIMG4451.jpgCIMG4452.jpgCIMG4453.jpgCIMG4454.jpgCIMG4455.jpgCIMG4456.jpg天気は快晴でしたが、鬱蒼とした木立のなかを歩いて行きます。まだまだ無料エリアのためご近所の方でしょうか散歩に来られてました。途中、左手にあった「稲荷大明神」に先ずは寄って行きました。

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そして前方に「侍坂」が見えてきました。この石段は紀州藩初代藩主徳川頼宣公が、自ら陣頭指揮をとり家臣の武士が一段一段積み上げたもの。段数は108段もあって、傾斜も急角度です

CIMG4461.jpg下から見上げると、急な石段であることが分かります。左の参道を行けば"緩やかな坂"がありますが、登山家の友人は当然登りますが、私も挑戦することにしました。

108段の石段を一気に上がりました。途中で休憩すると、角度が急なため、後ろに持って行かれそうな・・・そんな風に感じたので、休まずです。石段の途中で、写真は怖くて撮れませんでした。ただ息は切れましたね

CIMG4462.jpgCIMG4463.jpg登り切ってから「楼門」を撮りました。振り向いて見ると、和歌浦の海が綺麗に見えています。

CIMG4494.jpg朱塗りの極彩色の「楼門」を入って左手に「授与所」があるので、駐車券を見せて拝観料300円を納めると、絵葉書をいただきました。また、御朱印は朱印帳を出して、帰りに受け取ります。

「和歌の浦には名所がござる、一に権現」とうたわれたのが、この東照宮。南海道の総鎮護として1621年(元和7年)に紀州藩初代藩主徳川頼宣公よって創建されました。古くより「権現さん」の愛称で親しまれ、関西の日光と言われるほど、左甚五郎の彫刻や狩野・土佐両派の絵画などに荘厳された極彩色に輝く社殿は桃山時代の豪華の風姿を示す江戸初期の建築物として国の重要文化財に指定されています。御鎮座式には勅使下向、慈眼大師天海大僧正が初代別当となり、以後約400年の歴史と伝統は「権現様」として親しまれいます。創建以来伝承の「和歌祭」といわれる神輿渡御祭が毎年5月に斎行され、和歌山市全域は祭一色となる。

CIMG4499.jpgCIMG4496.jpgCIMG4497.jpgCIMG4498.jpg正面に「唐門」が見えており、そこから拝殿にお参りします。「手水舎」は、ありましたが水はありません。使えなくなってました。

CIMG4467.jpgCIMG4468.jpgCIMG4469.jpgまた、石段を上がり「唐門」をくぐります。その前に何故か砲弾がありました。何か意味があるのかなぁ・・・

CIMG4474.jpgCIMG4486.jpgご祭神は、「東照大神 徳川家康公」と「南龍大神 徳川頼宣公」です。家康公は、江戸幕府初代将軍。頼宣公は、紀州藩初代藩主、家康公の10男です。

長男「松平信康(母:築山殿)」二男「結城秀康(母:小督局)」三男「徳川秀忠(母:西郷局)」四男「松平忠吉(母:西郷局)」五男「武田信吉(母:下山殿)」六男「松平忠輝(母:茶阿局)」七男「松平松千代(母:茶阿局)」八男「平岩仙千代(母:お亀)」九男「徳川義直(母:お亀)」十男「徳川頼宣(母:お万)」十一男「徳川頼房(母:お万)」

CIMG4478.jpgCIMG4479.jpgCIMG4480.jpgCIMG4482.jpgCIMG4483.jpgCIMG4484.jpgCIMG4485.jpgお参りのあと、社殿を一周しました。左甚五郎の彫刻や狩野・土佐両派の絵画など絢爛豪華に輝いていました。

若い頃、日光東照宮に行ってます。栃木県まで人生初の一人旅でした。でも、殆ど覚えてません。きっかけは、山岡荘八「徳川家康」の全巻を読んだからです。それまで、あまり好きでもなかった家康を好きになってしまって、それで遠路はるばる日光まで行って来た訳です。もう覚えてないので、是非再訪したいです。

CIMG4473.jpgCIMG4471.jpgまた「唐門」を出て「楼門」を見ています。楼門から和歌浦が綺麗に見えていました。このあと、もう少し散策します。

CIMG4489.jpgCIMG4490.jpg境内の東側には「神輿蔵」があって、ガラス越しに神輿を見ることができます。ただ上がることができないので、遠目でしたが。

CIMG4491.jpg西側には「社務所」と「授与所」があって、拝観受付所を兼ねてます。帰りに朱印帳は貰って帰ります

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境内にある、この石碑には「楓樹(ふうのき)」について、細かく書かれており、それを案内版に書かれてました。そこには・・・。

記念樹「楓樹(ふうのき)」江戸幕府八代将軍・徳川吉宗公ゆかりの秘木で皇居吹上御所の庭園に生存、その種子を昭和天皇から日光東照宮に下賜になり育成木となって、ここ紀州東照宮に送られたもの。

CIMG4500.jpg帰りも「唐門」から出て行きました。ここから和歌浦の海が綺麗に見えました。帰りは、急な石段を降りずに、緩やかな坂を下って行きます。

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「侍坂」と違って、ここの傾斜は緩いのでゆっくり降りてきました。体力に自信が無ければ、こちからがお勧めです。

CIMG4507.jpgCIMG4510.jpg帰りの橋の上から「弁財天」を見ています。こちらは「侍坂」の右側から降りていけます。今日は上から見るだけにします。

IMG_9491.jpgこの鬱蒼とした木立の参道には「石灯籠」が並んでいますが、これは紀州藩の家臣団が奉納されたものです。

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13時8分に、駐車場に戻って来ました。膝が悪いのに急な石段を登ったので、少々痛みます。

次は、2007年(平成19年)8月11日以来の「養翠園」です。その時、和歌山市内からバスで移動しました。途中、ここ「紀州東照宮」の前を通り、その時から行きたかった所です。今日は天気も良く、訪問できて朱印も貰えて良かったてす。

【紀州東照宮】

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