北野天満宮 宝物館「特別展 北野天満宮×大覚寺 社寺の歴史と兄弟刀」へ
上七軒の「有職菓子御調進所 老松 北野店」を出て、そのまま帰らず「北野天満宮 宝物館」に寄って行くことにしました。
また「東門」から入って、宝物館を目指しました。ここでは、北野天満宮×大覚寺『両社寺の歴史と兄弟刀』展が開催中でした。
入ると、先ずは「史跡御土居青もみじ苑」と同様に検温されます。ここでは36.1℃でした。入館料は800円で手指消毒をしてから見て行きます。
ここでは、写真撮影はスマホに限ってOKです。大覚寺霊宝館も同様の展示されてますが、大覚寺は撮影NGのため北野天満宮だけ来て見ました。
ここまで展示室の中央「刀剣探訪」のコーナーでした。一つ一つ見て来ましたが、途中で面倒になって・・・少し割愛しました。
この度の特別展のメインは「鬼切丸(髭切)」で、ここに展示されました。重要文化財に指定されている太刀で、「銘 安綱」(平安時代)とありました。
鬼切丸、別名を髭切と言い代々源氏に伝わってきた宝刀。名のある刀の常で様々な伝説に彩られている。当初罪人の首で試し切りをした際に髭までスバッと切れたので髭切りとという名が付され、のちに頼光四天王の渡邊綱が一条戻橋で出会った美人の鬼に連れ去られようとした際に、北野天満宮上空にて鬼の腕を切り落とし一生を得たことから鬼切丸との名が付されるようになった。神恩感謝した渡邊綱が奉納しした石燈籠が本殿前に残っている。
1752年(宝暦2年)850年萬燈祭 加賀前田家第8代前田綱紀公奉納「太刀 銘 青江 恒次」(鎌倉時代・重要文化財)
1702年(元禄15年)800年萬燈祭 加賀前田家第8代前田重煕公奉納「太刀 銘 備州長船師光」(鎌倉時代・重要文化財)
1802年(享和2年)900年萬燈祭 加賀前田家第11代前田治脩公奉納「太刀 銘 清則作」(室町時代)
1852年(享和2年)950年萬燈祭 加賀前田家第13代前田斉泰公奉納「太刀 銘 助守」(鎌倉時代・重要文化財)
1952年(昭和2年)1025年萬燈祭 加賀前田家第16代前田利為公奉納「太刀 大阪住人月山貞勝作」(昭和時代)
「太刀 銘 北野天満天神豊臣秀頼公御造営之時 信濃守國広造」(桃山時代・重要文化財)
「太刀 銘 (菊紋)日本鍛冶宗匠伊賀守藤原朝臣金道 奉納天満宮宝前享保六年辛己年九月十二日」(江戸時代)
入館中、誰も来られ無かったので私一人で、ゆっくり鑑賞できました。入ってからずっと音声が流れていましたが、声優さんによるガイドだったようです。私は存じ上げませんでしたが・・・。
行きはスルーしたので見てませんでしたが、手水舎が「花手水舎」になっていました。綺麗ですね。
北野天満宮では、多くの「神牛」が鎮座してます。自分の身体の悪い箇所を撫でた後、牛の像の同じ箇所をなでると良くなると言われおり、新型コロナウイルスの感染予防で抗菌加工をされてたので、安心して撫できました。
以前は有料だった駐車場も、ここ最近は無料で止められます。11時頃戻ってきたので帰路に着きました。
緊急事態宣言下のため、モミジ苑は空いてました。毎年、この時期には多くの修学旅行生が来られるので、ひっそりしている境内は寂しいです。ワクチン接種も進まないので普通の日常に戻るのは、まだまだ先のようですね。
【北野天満宮 宝物館】
また「東門」から入って、宝物館を目指しました。ここでは、北野天満宮×大覚寺『両社寺の歴史と兄弟刀』展が開催中でした。
入ると、先ずは「史跡御土居青もみじ苑」と同様に検温されます。ここでは36.1℃でした。入館料は800円で手指消毒をしてから見て行きます。
ここでは、写真撮影はスマホに限ってOKです。大覚寺霊宝館も同様の展示されてますが、大覚寺は撮影NGのため北野天満宮だけ来て見ました。
「短刀 銘国俊」(鎌倉時代)
「短刀 無銘(伝保昌貞清作)」(鎌倉時代)
「小太刀 銘(備中国住人佐兵衛尉直次作)」(鎌倉時代)
「小太刀 銘(備州長船住重真)」(鎌倉時代)
「脇差 銘 二王正綱」(室町時代)
「刀 銘 備前国住長船祐定作」(室町時代)
「刀 銘 相州住助廣」(室町時代)
「刀 銘 備州長船久光」(室町時代)
「刀 無銘」(桃山時代)
「脇差 銘 兼房」(桃山時代)
「脇差 銘 綱廣」(江戸時代)
「脇差 銘 摂州住藤原長綱」(江戸時代)
「刀 銘 藤原国吉造」(江戸時代)
「直刀 銘 於東京謹造之因州鳥取住日置仁平兼先長男義立次男久次」(明治時代)
「短刀 銘 芸南住氏正謹作」(昭和時代)
ここまで展示室の中央「刀剣探訪」のコーナーでした。一つ一つ見て来ましたが、途中で面倒になって・・・少し割愛しました。
この度の特別展のメインは「鬼切丸(髭切)」で、ここに展示されました。重要文化財に指定されている太刀で、「銘 安綱」(平安時代)とありました。
鬼切丸、別名を髭切と言い代々源氏に伝わってきた宝刀。名のある刀の常で様々な伝説に彩られている。当初罪人の首で試し切りをした際に髭までスバッと切れたので髭切りとという名が付され、のちに頼光四天王の渡邊綱が一条戻橋で出会った美人の鬼に連れ去られようとした際に、北野天満宮上空にて鬼の腕を切り落とし一生を得たことから鬼切丸との名が付されるようになった。神恩感謝した渡邊綱が奉納しした石燈籠が本殿前に残っている。
1752年(宝暦2年)850年萬燈祭 加賀前田家第8代前田綱紀公奉納「太刀 銘 青江 恒次」(鎌倉時代・重要文化財)
1702年(元禄15年)800年萬燈祭 加賀前田家第8代前田重煕公奉納「太刀 銘 備州長船師光」(鎌倉時代・重要文化財)
1802年(享和2年)900年萬燈祭 加賀前田家第11代前田治脩公奉納「太刀 銘 清則作」(室町時代)
1852年(享和2年)950年萬燈祭 加賀前田家第13代前田斉泰公奉納「太刀 銘 助守」(鎌倉時代・重要文化財)
1952年(昭和2年)1025年萬燈祭 加賀前田家第16代前田利為公奉納「太刀 大阪住人月山貞勝作」(昭和時代)
「太刀 銘 北野天満天神豊臣秀頼公御造営之時 信濃守國広造」(桃山時代・重要文化財)
「太刀 銘 (菊紋)日本鍛冶宗匠伊賀守藤原朝臣金道 奉納天満宮宝前享保六年辛己年九月十二日」(江戸時代)
「刀 銘 兼常」(室町時代)
「脇差 銘 猫丸」(室町時代)
「脇指 銘 相州住人正宗」(江戸時代)
「刀 銘 濃州関住兼春」(室町時代)
入館中、誰も来られ無かったので私一人で、ゆっくり鑑賞できました。入ってからずっと音声が流れていましたが、声優さんによるガイドだったようです。私は存じ上げませんでしたが・・・。
行きはスルーしたので見てませんでしたが、手水舎が「花手水舎」になっていました。綺麗ですね。
北野天満宮では、多くの「神牛」が鎮座してます。自分の身体の悪い箇所を撫でた後、牛の像の同じ箇所をなでると良くなると言われおり、新型コロナウイルスの感染予防で抗菌加工をされてたので、安心して撫できました。
以前は有料だった駐車場も、ここ最近は無料で止められます。11時頃戻ってきたので帰路に着きました。
緊急事態宣言下のため、モミジ苑は空いてました。毎年、この時期には多くの修学旅行生が来られるので、ひっそりしている境内は寂しいです。ワクチン接種も進まないので普通の日常に戻るのは、まだまだ先のようですね。
【北野天満宮 宝物館】
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