紅葉の世界文化遺産 真言宗醍醐派總本山 醍醐寺下伽藍へ
世界文化遺産 真言宗醍醐派總本山 醍醐寺三宝院を出て、下伽藍の入口である西大門(仁王門)に向かいますが、そちらの方向には多くの方が歩かれています。
三宝院前から「西大門(仁王門)」を見ると、門外が赤く染まっています。紅葉が期待できすね。
人が多いので帰りに撮ったんですが、途切れなかったです。ここの仁王像(重文)は、1134年(長承3年)に仏師勢増・仁増によって造立されました。
西大門(仁王門)は、豊臣秀頼が金堂の再建の後、1605年(慶長10年)に再建したもの。総門から西大門に続く参道は、桜馬場と呼ばれ、春には桜が咲き誇る桜の名所です。
西大門内にある受付でチケットを見せ、入山します。ここには2015年(平成27年)11月20日に「ライトアップに来て以来です。
真言宗醍醐派の総本山である醍醐寺は、平安時代の初期、874年(貞観16年)に理源大師聖宝(りげんだいししょうぼう)によって開創。山岳信仰の霊山であった笠取山(醍醐山)に登った聖宝は、地主横尾明神の示現により醍醐水の霊泉を得て、山上に草庵を結んだことに始まります。三宝鳥に導かれて見つけた霊木に、准胝・如意輪の両観音を刻み安置したと伝わり、その後、第60代醍醐・第61代朱雀・第62代村上三帝の帰依を受け山上に薬師堂、五大堂、山下に釈迦堂、五重塔などが建立され、山上山下にまたがる大伽藍が調いました。以後皇室をはじめ貴族や武士の支援を得て、三宝院をはじめとする諸院や種々の堂宇が建立され、真言密教の中心的寺院として今も多くの信仰を集めています。1994年(平成6年)には「古都京都の文化財」として、ユネスコの「世界文化遺産」に登録されました。
最初に見たのが国宝「金堂」です。正面7間、側面5面、入母屋造り、本瓦葺きの雄大な建物です。
豊臣秀吉の命を受けて、木食応其(もくじきおうご)が紀州湯浅の満願寺を移築したもの。1598年(慶長3年)4月に移築工事が始まるも秀吉の死去により一時中断。その後、豊臣秀頼の援助を受け、1600年(慶長5年)に完成した。本尊は、薬師如来坐像。脇侍の日光・月光菩薩像とともに満願寺から運び込まれたものです。
次に国宝「五重塔」に行きました。ここは毎月29日に、五重大塔開扉 納経法要がなされ、外から内部を垣間見ることができます。(拝観料1000円)
第60代醍醐天皇の冥福を祈るために第61代朱雀天皇が936年(承平6年)起工、第62代村上天皇の951年(天暦5年)に完成した。京都府下最古の木造建造物で内部の壁画は、日本密教絵画の源流をなすものといわれています。
次に、手前「護摩道場」、奥が「不動堂」で寄りました。昼間に下伽藍に来たのは2010年(平成22年)9月26日以来ですね。
堂内には不動明王を中心に五体の明王(不動明王、大威徳明王、軍荼利明王、降三世明王、金剛夜叉明王)を安置。お堂前の護摩道場では、当山派修験道の柴燈護摩が焚かれ、世界平和など様々な祈願を行われています。
不動堂の東隣には「真如三昧耶堂」があって、涅槃仏が安置されてますが、11年前と変わってないです。
もとは第61代朱雀天皇の御願により法華三昧堂として949年(天暦3年)に創建されましたが、1470年(文明2年)に焼失。現在の堂は1997年(平成9年)に真如三昧耶堂として建立されました。
真如三昧耶堂の東側には「祖師堂」があって、こちらにも寄りました。
1605年(慶長10年)9月醍醐寺80代の座主義演准后(ぎえんじゅごう)により建立されたもので、真言宗を開いた弘法大師・空海と、その孫弟子で、醍醐寺を開創した理源大師(聖宝)と真言宗を開祖した弘法大師空海が祀られています。
こちらの入口に「旧伝法学院(修行道場)」と書いてあったので寄ってみると・・・何も無かったです。ただトイレは済ませました。
そのまま進むと「日月門」を潜ります。1930年(昭和5年)醍醐天皇一千年御忌を記念して山口玄洞居士より寄進された門です。
日月門から奥に紅葉の見事な林泉があるので、急ぎたいけど・・・まだ寄っていく所が・・・?。
次に見るのが「鐘楼」です。ただ寄りません。
次に「観音堂」があって、入るのに裏側に回り込みます。ここで西国三十三所第十一番札所御朱印が貰えますが、私は行きませんでした。
この観音堂を中心に広がる、林泉及び弁天堂、鐘楼、伝法学院等を総称して大伝法院と呼びます。これら諸堂は、醍醐天皇一千年御忌を記念し、1930年(昭和5年)山口玄洞居士の寄進により造築されたものです。
9時40分に、ようやく紅葉スポットに着きました。予想通り、池に映る紅葉を狙って多くの人が居ましたね。
紅葉の色は、少し見頃過ぎかなぁ・・・と思いましたが、それでも綺麗です。
次に池の中心から紅葉を見てみます。ここから突き当たりから上醍醐の登り口に出られますが、出たら戻れ無くなるので・・・行きません。
上醍醐も2006年(平成18年)9月26日を最後に登ってないです。いつの間にか上醍醐も入山料600円が必要となり、ますます遠ざかりました。何より上醍醐准胝観音堂が火災により焼失したのは残念です。私が訪れてから2年後だったんですね、落雷で焼失してしまったのは・・・。
池の真ん中で撮影してみました。やっぱり少し色褪せてます。ピークは過ぎましたが、ここには多くの方が来られてました。
次に、朱塗りの橋を渡って「弁財天」に行ってみます。
ここも醍醐天皇一千年御忌を記念し、1930年(昭和5年)山口玄洞居士より寄進されたものです。七福神の一つ、弁財天が祀られています。
この弁財天の横を通って、奥にある庭園に行けるのを友人が教えてくれたので、そちらに向かいます。
日当たりが悪いので、紅葉はイマイチでしたが、奥には滝も流れています。
この庭園は「無量寿苑」と名前があって最近造られたのでしょう。庭園を抜けると朱塗りの橋の前に出て来ました。
帰りに「鐘楼」に寄りました。その間に友人は、観音堂に行きました。
友人が観音堂に行ったので、私は行きに寄らなかった「清瀧宮拝殿」と「清瀧宮本殿」に寄りました。
醍醐寺の総鎮守清瀧権現(せいりゅうごんげん)を祀る鎮守社。1097年(永長2年)に、最初に建立された上醍醐より分身を移し祀られたものです。その後、この社殿の前で清瀧会(桜会)が行われるようになりましたが、1470年(文明2年)「文明の兵火」により焼失。現在の社殿は1517年(永正14年)に再建され、1599年(慶長4年)、醍醐寺第80代座主義演(ぎえん)僧正により拝殿の整備が施されました。
ここを出る前に国宝「五重塔」に寄りました。行きもそうでしたが、塔の前で作業されてて、帰りには軽トラックも止まってました。それには訳があって・・・?。
11月27日(土)~29日(月)の9時から16時に「弘法大師諡号下賜1100年を記念」した、「五重塔特別拝観」があって、その準備をされてました。月一回の公開では、外から覗くだけですが、この3日間に限って内陣の初層に入り、日本最古の壁画に描かれた弘法大師の肖像画を見られたそうです。拝観料は1000円とありました。私も行きたかったですが、やっぱり拝観料1000円は高いです。三宝院伽藍の拝観料1000円が別途かかるし、三宝院の建物内に入るのに500円要るので、興味はありましたが、止めました。
この下伽藍の有料エリアを10時過ぎに出て来ました。入口の西大門から多くの人が入っていかれましたね。
これで三宝院と伽藍の共通券を使いました。あと霊宝館がありますが、私は入ったことが無いので、友人と相談して行くかどうか決めたいと思います。ここを出て、以前から気になっていた神社に向かいます。
【醍醐寺 西大門】
三宝院前から「西大門(仁王門)」を見ると、門外が赤く染まっています。紅葉が期待できすね。
人が多いので帰りに撮ったんですが、途切れなかったです。ここの仁王像(重文)は、1134年(長承3年)に仏師勢増・仁増によって造立されました。
西大門(仁王門)は、豊臣秀頼が金堂の再建の後、1605年(慶長10年)に再建したもの。総門から西大門に続く参道は、桜馬場と呼ばれ、春には桜が咲き誇る桜の名所です。
西大門内にある受付でチケットを見せ、入山します。ここには2015年(平成27年)11月20日に「ライトアップに来て以来です。
真言宗醍醐派の総本山である醍醐寺は、平安時代の初期、874年(貞観16年)に理源大師聖宝(りげんだいししょうぼう)によって開創。山岳信仰の霊山であった笠取山(醍醐山)に登った聖宝は、地主横尾明神の示現により醍醐水の霊泉を得て、山上に草庵を結んだことに始まります。三宝鳥に導かれて見つけた霊木に、准胝・如意輪の両観音を刻み安置したと伝わり、その後、第60代醍醐・第61代朱雀・第62代村上三帝の帰依を受け山上に薬師堂、五大堂、山下に釈迦堂、五重塔などが建立され、山上山下にまたがる大伽藍が調いました。以後皇室をはじめ貴族や武士の支援を得て、三宝院をはじめとする諸院や種々の堂宇が建立され、真言密教の中心的寺院として今も多くの信仰を集めています。1994年(平成6年)には「古都京都の文化財」として、ユネスコの「世界文化遺産」に登録されました。
最初に見たのが国宝「金堂」です。正面7間、側面5面、入母屋造り、本瓦葺きの雄大な建物です。
豊臣秀吉の命を受けて、木食応其(もくじきおうご)が紀州湯浅の満願寺を移築したもの。1598年(慶長3年)4月に移築工事が始まるも秀吉の死去により一時中断。その後、豊臣秀頼の援助を受け、1600年(慶長5年)に完成した。本尊は、薬師如来坐像。脇侍の日光・月光菩薩像とともに満願寺から運び込まれたものです。
次に国宝「五重塔」に行きました。ここは毎月29日に、五重大塔開扉 納経法要がなされ、外から内部を垣間見ることができます。(拝観料1000円)
第60代醍醐天皇の冥福を祈るために第61代朱雀天皇が936年(承平6年)起工、第62代村上天皇の951年(天暦5年)に完成した。京都府下最古の木造建造物で内部の壁画は、日本密教絵画の源流をなすものといわれています。
次に、手前「護摩道場」、奥が「不動堂」で寄りました。昼間に下伽藍に来たのは2010年(平成22年)9月26日以来ですね。
堂内には不動明王を中心に五体の明王(不動明王、大威徳明王、軍荼利明王、降三世明王、金剛夜叉明王)を安置。お堂前の護摩道場では、当山派修験道の柴燈護摩が焚かれ、世界平和など様々な祈願を行われています。
不動堂の東隣には「真如三昧耶堂」があって、涅槃仏が安置されてますが、11年前と変わってないです。
もとは第61代朱雀天皇の御願により法華三昧堂として949年(天暦3年)に創建されましたが、1470年(文明2年)に焼失。現在の堂は1997年(平成9年)に真如三昧耶堂として建立されました。
真如三昧耶堂の東側には「祖師堂」があって、こちらにも寄りました。
1605年(慶長10年)9月醍醐寺80代の座主義演准后(ぎえんじゅごう)により建立されたもので、真言宗を開いた弘法大師・空海と、その孫弟子で、醍醐寺を開創した理源大師(聖宝)と真言宗を開祖した弘法大師空海が祀られています。
こちらの入口に「旧伝法学院(修行道場)」と書いてあったので寄ってみると・・・何も無かったです。ただトイレは済ませました。
そのまま進むと「日月門」を潜ります。1930年(昭和5年)醍醐天皇一千年御忌を記念して山口玄洞居士より寄進された門です。
日月門から奥に紅葉の見事な林泉があるので、急ぎたいけど・・・まだ寄っていく所が・・・?。
次に見るのが「鐘楼」です。ただ寄りません。
次に「観音堂」があって、入るのに裏側に回り込みます。ここで西国三十三所第十一番札所御朱印が貰えますが、私は行きませんでした。
この観音堂を中心に広がる、林泉及び弁天堂、鐘楼、伝法学院等を総称して大伝法院と呼びます。これら諸堂は、醍醐天皇一千年御忌を記念し、1930年(昭和5年)山口玄洞居士の寄進により造築されたものです。
9時40分に、ようやく紅葉スポットに着きました。予想通り、池に映る紅葉を狙って多くの人が居ましたね。
紅葉の色は、少し見頃過ぎかなぁ・・・と思いましたが、それでも綺麗です。
次に池の中心から紅葉を見てみます。ここから突き当たりから上醍醐の登り口に出られますが、出たら戻れ無くなるので・・・行きません。
上醍醐も2006年(平成18年)9月26日を最後に登ってないです。いつの間にか上醍醐も入山料600円が必要となり、ますます遠ざかりました。何より上醍醐准胝観音堂が火災により焼失したのは残念です。私が訪れてから2年後だったんですね、落雷で焼失してしまったのは・・・。
池の真ん中で撮影してみました。やっぱり少し色褪せてます。ピークは過ぎましたが、ここには多くの方が来られてました。
次に、朱塗りの橋を渡って「弁財天」に行ってみます。
ここも醍醐天皇一千年御忌を記念し、1930年(昭和5年)山口玄洞居士より寄進されたものです。七福神の一つ、弁財天が祀られています。
この弁財天の横を通って、奥にある庭園に行けるのを友人が教えてくれたので、そちらに向かいます。
日当たりが悪いので、紅葉はイマイチでしたが、奥には滝も流れています。
この庭園は「無量寿苑」と名前があって最近造られたのでしょう。庭園を抜けると朱塗りの橋の前に出て来ました。
帰りに「鐘楼」に寄りました。その間に友人は、観音堂に行きました。
友人が観音堂に行ったので、私は行きに寄らなかった「清瀧宮拝殿」と「清瀧宮本殿」に寄りました。
醍醐寺の総鎮守清瀧権現(せいりゅうごんげん)を祀る鎮守社。1097年(永長2年)に、最初に建立された上醍醐より分身を移し祀られたものです。その後、この社殿の前で清瀧会(桜会)が行われるようになりましたが、1470年(文明2年)「文明の兵火」により焼失。現在の社殿は1517年(永正14年)に再建され、1599年(慶長4年)、醍醐寺第80代座主義演(ぎえん)僧正により拝殿の整備が施されました。
ここを出る前に国宝「五重塔」に寄りました。行きもそうでしたが、塔の前で作業されてて、帰りには軽トラックも止まってました。それには訳があって・・・?。
11月27日(土)~29日(月)の9時から16時に「弘法大師諡号下賜1100年を記念」した、「五重塔特別拝観」があって、その準備をされてました。月一回の公開では、外から覗くだけですが、この3日間に限って内陣の初層に入り、日本最古の壁画に描かれた弘法大師の肖像画を見られたそうです。拝観料は1000円とありました。私も行きたかったですが、やっぱり拝観料1000円は高いです。三宝院伽藍の拝観料1000円が別途かかるし、三宝院の建物内に入るのに500円要るので、興味はありましたが、止めました。
この下伽藍の有料エリアを10時過ぎに出て来ました。入口の西大門から多くの人が入っていかれましたね。
これで三宝院と伽藍の共通券を使いました。あと霊宝館がありますが、私は入ったことが無いので、友人と相談して行くかどうか決めたいと思います。ここを出て、以前から気になっていた神社に向かいます。
【醍醐寺 西大門】
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