「細川護煕 美の世界」開催中の臨済宗建仁寺派大本山 建仁寺へ
京都文化協会の賛助会員には2012年(平成24年)4月7日の「~妙心寺塔頭 天祥院蔵『老梅図』(襖四面)~特別観覧」に参加からなりました。特典は特別拝観の他に、臨済宗建仁寺派大本山 建仁寺の拝観を無料で入れることが大きかったですし、何度も利用させて貰いました。特に2013年(平成25年)の「紅葉」時には、3週間ほぼ毎日通いましたね
。そんな無料で入れる特典も3月31日で終了となるので、無料で入れる間にもう一度行って見よう思い3月28日(月)に建仁寺にやって行きました
。
建仁寺の開門は10時からと言うことで地下鉄東西線三条京阪駅から歩いて向かいました。通い慣れた通勤ルートをゆっくり南下し10時前に懐かしの建仁寺に着きましたが、その前の懐かしいの街並みは以前と変わってないですね。ただ南門の前には大きな外資系のホテルが建ちましたが・・・。建仁寺には2021年(令和3年)10月19日に来てたので久しぶりではありません
。
これは帰りの撮った写真ですが、この「庫裏」の前に20名ぐらいの人が並んでいます。開門しても一気に入れないので、少しづつ前に進み私が入ったのは10時3分頃でした。
数えられないぐらい来ている建仁寺で、入る前に並んだのは初めてです。まん延防止措置が解除されたことと、春休みに入り卒業旅行で来られてたのでしょうか、ほぼ学生さんが前に並んでましたね。庫裏の中に拝観受付所があるので、例の会員証を見せ堂内に上がりました。

入ると空いている間に「国宝 風神雷神図屏風」俵屋宗達筆の複製を見ました。帰りには修学旅行生が一杯見てました
。
先に潮音庭を見るため「〇△口乃庭」を通ります。
北山安夫氏の監修により小堀泰巖住職により作庭された「潮音庭」です。不思議と誰も居ません。後で分かったことですが、皆さん方丈の方へ先に行かれたんですね。



中央に三尊石を、その東に座禅石、周りにモミジを配した枯淡な四方正面のシンプルな禅庭ですね。ここに床几があるので、ここに人が来るまで座って眺めてました。
次に「大書院」ですが、2021年(令和3年)10月19日に来て見ているので、あっさりと見て行きます。

細川護煕元首相が奉納された襖絵が特別に公開されます。「瀟湘八景図 烟寺晩鐘(えんじばんしょう)」。
右手前「瀟湘八景図 山市晴嵐(さんしせいらん)」、奥「瀟湘八景図 魚村夕焼照(ぎょそんせきしょう)」。左「瀟湘八景図 洞庭秋月(どうていしゅうげつ)」。
右手前「瀟湘八景図 遠浦帰帆(えんぽきはん)」、右奥と左全面「瀟湘八景図 平沙落雁(へいさらくがん)」。左「瀟湘八景図 瀟湘夜雨(しょうしょうやう)」。
この「達磨図」も細川護煕元首相が奉納されました。「不識」(ふしき)とは、達磨大師の一言です。
「瀟湘八景図 江天暮雪(こうてんぼせつ)」。

次に「小書院」に入って、「型染め」という日本独特の染色技法を研究されている 鳥羽美花(とば みか)さんの作品を見ます。この掛け軸は「伝説の湖」。
こちらは「舟出」です。2014年(平成26年)に奉納されました。
次に「方丈」に向かいますが、「唐子の間」の襖絵を見ました。「唐子遊戯図」で、田村月撫筆と書いてありました。


方丈に来ると先に入られた方が縁側に座っています。こちらを先に見に来られたようです。前庭は「大雄苑」と言って昭和初期に、中国の百丈山の旧名が大雄山であったことに由来し、加藤熊吉が作庭した枯山水庭園です。
方丈前に人が多いので、減るのを期待し、渡り廊下を通って先に「法堂」に行くことにしました。
法堂内で写真を撮ることができるのは建仁寺ぐらいでしょう。天井には「双龍図」(小泉淳作筆)が描かれています。2002年(平成14年)建仁寺開創800年を記念して奉納されました。
法堂の須弥壇中央に本尊 釈迦如来坐像、脇侍に迦葉(かしょう)・阿難(あなん)尊者立像を安置されており、お参りさせて貰いました。

法堂から戻ってくる間に、そんなに人は減ってないですね。次は「方丈」の室内を見て回ります。
最初は「礼の間」から。ここには 「雲龍図」(重文)海北友松筆の8面が奉納されています。なお、襖絵は全て複製品です。
「室中の間」で、中央に 本尊の十一面観音菩薩坐像が祀られています。襖絵は「竹林七賢図」(重文)海北友松筆の16面です。
方丈正面の最後は「檀那の間」で、襖絵は「山水図襖」(重文)海北友松筆の8面です。
方丈裏側に回って、最初は「衣鉢の間」で、襖絵は「琴棋書画図襖」(重文)海北友松筆の10面です。
次に「室中の間」の裏側にある展示室に入ります。こちらは、「拈華微笑(ねんげみしょう)」金澤翔子筆です。
こちらは「裏の間」に展示してある「対島行列輿」です。
室内最後が「下間一の間」で、襖絵は「花鳥図襖(重文)海北友松筆」の8面です。

方丈室内の襖絵を見た後、方丈裏に向かいます。写真は方丈裏の「納骨堂」で、その裏手にスリッパを履いて向かいます。
スリッパ沢山用意されていますが、どれも悪いです。最初に取ったスリッパは履けたもんじゃなかったですね。庭に降りて「大雄苑」を撮りました。


下に降りて最初に見るのは「田村月撫遺愛の大硯」です。先程「唐子の間」で見た「唐子遊戯図」は、この硯で生み出されました。
次に「清涼軒」ですが、今日は写経をされてました。茶室内は6畳と8畳の広間だそうです。
この先に「安国寺恵瓊首塚」があります。戦国武将で、関ヶ原の戦いで敗れ京都六条河原で斬首。その首を建仁寺の僧侶が持ち帰り葬ったと伝わるものです。

茶室「東陽坊」までやって来ました。茶室内部の躙口や連子窓は、ガラス越しになっており見られます。

今日は、無料で見られるのが最後のため、隅々まで見て行きます。東陽坊を見た後、再び方丈に戻りました。

まだ入って無かった「小書院」の襖絵を最後に見ました。「凪」という作品が展示されており、作者は同じで、こちらも「型染め」の染色技法です。
もう来ないかも知れないので、ここの朱印帳を買いました。建仁寺の朱印帳は髪質は良いです。このあと修学旅行生も増えてきたので、10時40分に庫裏を出て行きました。

建仁寺境内の桜も見頃になってきました。帰りは「西門」から出て懐かしの大和大路通りに出ました。
このあと、鴨川を団栗橋を渡ります。毎日通勤時に通ってた本当に懐かしい橋です。渡り終えると、勝手知ったる路地を通って河原町通りに出て、高島屋京都店で買い物を済ませ帰路に着きました。
【臨済宗建仁寺派大本山 建仁寺】



建仁寺の開門は10時からと言うことで地下鉄東西線三条京阪駅から歩いて向かいました。通い慣れた通勤ルートをゆっくり南下し10時前に懐かしの建仁寺に着きましたが、その前の懐かしいの街並みは以前と変わってないですね。ただ南門の前には大きな外資系のホテルが建ちましたが・・・。建仁寺には2021年(令和3年)10月19日に来てたので久しぶりではありません


数えられないぐらい来ている建仁寺で、入る前に並んだのは初めてです。まん延防止措置が解除されたことと、春休みに入り卒業旅行で来られてたのでしょうか、ほぼ学生さんが前に並んでましたね。庫裏の中に拝観受付所があるので、例の会員証を見せ堂内に上がりました。

















































もう来ないかも知れないので、ここの朱印帳を買いました。建仁寺の朱印帳は髪質は良いです。このあと修学旅行生も増えてきたので、10時40分に庫裏を出て行きました。


このあと、鴨川を団栗橋を渡ります。毎日通勤時に通ってた本当に懐かしい橋です。渡り終えると、勝手知ったる路地を通って河原町通りに出て、高島屋京都店で買い物を済ませ帰路に着きました。
【臨済宗建仁寺派大本山 建仁寺】
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