第57回「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 大徳寺 三玄院へ

芳春院盆栽庭園を出て、次に第57回「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 大徳寺 三玄院に向かいました。

前途したとおり、10時開門前に20名程度の行列が出来ていて、後回しにした訳ですが、10時38分に表門前に着きました。
 
IMG_1752.jpgIMG_1753.jpgIMG_1754.jpg表門前に着きましたが行列な無し。混雑していたら表門前で待たされると事前に調べて知ってましたが、そのまま入れました。(写真は後日、天気の良い日のものに入れ替えました。)

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ここは戦国大名の石田三成のお墓があることで知られていますが、今回の公開では、お墓は非公開です。

1589年(天正17年)浅野幸長・石田光成・森忠政(蘭丸の弟)が、春屋宗園(しゅんおくそうえん)(大寳圓鑑国師・だいほうえんかんこくし)を開祖とし、創建した。小堀遠州・古田織部・薮内剣仲(やぶのうちけんちゅう)・長谷川等伯などは、春屋に禅を学んだ人々である。 沢庵和尚・千宗旦(利休の孫)らも修行をし、春屋・三成・忠政・剣仲・織部の墓がまつられている。織部好みの三畳台目・八窓の茶室篁庵(こうあん)(江戸時代建築)があり、本堂襖絵の八方睨みの虎は、原在中の筆による。

IMG_1444.jpgIMG_1445.jpg門を入り、左手に「庫裏」が、右に池は方丈に通じる「玄関」があって、こちらが受付です。

靴を脱いで上がります。そして拝観料800円を納め、書き置きの御朱印もいただきました。ここではカラーの由緒書きも付いてきます。ただ、ここから撮影禁止は知ってましたが、庭園が綺麗だったので残念でした。そして鞄は受付で預けます。ただ、受付がええ加減で、私が貰った番号札と、私の鞄に付いていた番号が違ってて、こんなの鞄を預ける意味あるの?。間違えられなくて良かったけどね。襖の損傷を防ぐためとか言ってたけど・・・。

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御朱印は、ご本尊の釈迦如来が書かれてました。

先ずは室中之間に入って案内を聞きます。仏間には開祖の春屋宗園の木像や、ご本尊の釈迦如来像を安置。また、石田三成、第107代後陽成天皇後冷泉天皇、森蘭丸、近衛信尹の御位牌も祀られていました。

IMG_1448a.jpg表門前の看板の写真です。ガイド本の写真より、こちらの方が実際に見てみたのにリアルでした。

次に襖絵の案内です。室中の間の左側には、今回の「京の冬の旅」ガイド本の表紙にもなっている「八方睨みの虎」で、描いたのは江戸後期の絵師・原在住です。右に行っても左に行っても、ずっと睨み続けているように見える虎でした。反対側には龍が描かれていますが、頭や胴体は何処にも見当たりません。ここに龍が居て天空に飛び出した模様が描かれており、ここには鱗しか残ってない、「たらしこみ」の技法で描いてました。

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こちらは受付でいただいたパンフの写真です。私が行った日も、雲っていたので、このような光景でした。

次に庭園の案内です。「昨雲庭(さくうんてい)」と呼ばれるお庭です。背景に大徳寺の法堂を借景にして造られた庭。左奥に松の植え込みを、山と見なし、大きな立石で深山から流れ出す滝壺を表し、苔や名石の島を配した白砂を大海に見たてて、そこに流れ込む模様を表した枯山水庭園となっています。

ガイドさんの話しが終わったら、方丈を反時計回りの一方通行で回ります。先ずは「上間二の間」からで、孔雀や牡丹を描いたの模様。次に「上間一の間」は、「猿猴図」を描いたの模様。そして「下間二の間」は、「芦鴈の図」を描いたの模様。そして最後は「下間一の間」で、雪の中の松を描いたの模様が描いてました。

ガイド本には写真が載ってますが、古田織部後のみの茶室「篁庵」は非公開でした。それて、石田三成の墓所も非公開は残念でしたね。混雑している三玄院を10時52分に表門から出て行きました。

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