北野天満宮「史跡御土居のもみじ苑」へ
北野天満宮「史跡御土居のもみじ苑」では、TwitterやInstagramで、紙屋川沿いの山吹が見頃と発信されました。何度か青モミジの時に来てますが、山吹は知らなかったので、前日の雨も上がったことから4月17日(月)に、見て来ました。雨が上がったのは、今朝の8時頃でしたが、このあと晴れてくるとの予報が出ていた天気予報を信じ、出掛けたわけです😊。
北野天満宮には、嵐電で向かいました。嵐電帷子の辻駅で、嵐山本線から北野線に乗り換えです。私は帷子の辻駅を8時34分に発車する電車に乗りました。乗った時はガラガラだった車内も、嵐山行きの電車から乗り換えた人、嵐山本線から乗り換えた人で、たちまち混雑しました。以前も乗ったことはありますが、こんなに混んでいたかなぁ・・・と思っていたら理由が分かりました。常磐駅で嵯峨野高校生が降り、龍安寺と等持院駅で、立命館大学生がどっと降りました。そして、ガラガラになった電車は、終点の北野白梅町駅に8時46分に着きました。
そこから、少し早足で北野天満宮に向かいます。最短距離で行くため、今出川沿いの表参道の南端に立っている「大鳥居」は、くぐりません。そして「二の鳥居」「三の鳥居」をくぐり、「楼門」までやって来ました。
参道沿いある駐車場には、朝早いのに観光バスが止まっています。それは楼門を入ったら分かりました。
この写真は帰りに撮ったものですが、修学旅行生が来られてたんですね。早っ😊。


この「花手水」も帰りに撮ったものてず。北野天満宮では評判の花手水。ここも人が一杯でしたね、学生さんが😊。
次に「三光門」をくぐります。こちらも帰りの写真です。学生さんは、本殿前で座って集合されてました。あまりに人が多いので、それを除けながら拝観受付所に向かいました。
8時59分に着きました。ここは9時開苑です。いつも少し早く開苑されてるので、数名は入られたかなぁ?。
この「史跡御土居のもみじ苑」に来るのは、2022年(令和4年)5月20日以来です。本当は、何度も来ているので、今年は行く予定にしてなかったんですが、山吹の記事を見たのでやって来ました。
北野天満宮の西側に広がる「史跡御土居」は、1591年(天正19年)、豊臣秀吉が外敵の襲来に備える防塁として、また鴨川の氾濫から市中を守る堤防として、京都の中心をぐるりと取り囲む形で総延長約23㌔(北は鷹峯、東は鴨川、西は紙屋川、南は九条あたり)に渡って築かれた土塁である。土塁の内側を洛内、外側を洛外と呼び、要所にはいわゆる京の七口(粟田口・東寺口・丹波口・鳥羽口・鞍馬口・大原口・荒神口)を設け、洛外との出入口とし、粟田口、鞍馬口、荒神口、丹波口などの地名はその名残である。しかし、江戸時代になると、御土居はその必要性が薄れるとともに少しづつ解体され、今では史跡に指定された北区や上京区の9箇所でしか、その存在を見ることができない。北野天満宮の御土居は、当時の様相を色濃く残り、現在では梅や紅葉の名所として知られるようになった。御土居には約350本のモミジがあり、中には樹齢400年に及ぶ古木も植わっており、豊臣秀吉の遺構が随所に見られる。御土居の中で唯一北野だけに造られた石造りの暗渠(悪水抜き)は、他にない歴史的遺構として注目されている。

入ると早速階段を降り、紙屋川にかかる鶯橋を目指します。この「史跡御土居のもみじ苑」でのビュースポットだからです。
「史跡御土居のもみじ苑」 開期 4月8日(土)~6月25(日) 夜間特別ライトアップ 4月29日(土)~5月7日(日) 時間 9時~16時 ライトアップは日没~20時(昼夜入替無し) 入苑料 500円。
私より先に入られた方は、違う所に行かれたので、この鶯橋の周りには誰も居ませんでした。ラッキーですね。
鶯橋の名の由来は、季節になると、この辺りにで鶯が囀ることからに由来する。1933年(昭和8年)4月に現在の位置より少し上流に架けられていたが、1935年(昭和10年)の豪雨で流失、その親柱のみが現在の場所辺りに流され着いた。2007年(平成19年)11月に史跡御土居の紅葉苑開苑に際し、木製太鼓橋として再建したものである。

鶯橋上から紙屋川の上流と下流を撮りました。青モミジ綺麗ですね。次に紙屋川下流西側の散策路を歩きます。

ここから神谷川沿いの散策路には、山吹が咲いています。今日は、その山吹を見に来た訳です。





紙屋川沿いには山部が綺麗に咲いてました。ただ、松尾大社の山吹を見ているのでイマイチ感はありますね。
下流に向かって苑路を歩いて行くと、案内版が出ています。「三叉の紅葉(モミジ)」と書いてありました。樹齢400年とも考えられ、豊臣秀吉の御土居建設時か、それ以前から自生していたものです。




神谷川沿いの散策路は、ここで折り返しです。この橋を渡って、東側の散策路に出ます。


山吹を中心に見て来ましたが、青モミジも輝いており美しいです。ちなみな秋は真っ赤に染まります😊。


東側の散策路も山吹咲いています。この東側には梅の花が綺麗な場所でもあります。
躑躅は、ここだけですが咲いてました。
ここから2月頃には、綺麗な梅の花が見られる梅苑です。



山吹を見ながら歩いていると、前方に鶯橋が見えてました。


東側の散策路は、ここまでです。ここより先は結界があって行けません。
この場所から鶯橋を撮りました。このあと、御土居を上がります。
本殿前は修学旅行生の団体さんが居て賑わっていますが、この御土居エリアには入って来られません。有難いことに空いてました。





この時間になって、ようやく晴れてきました。晴れたら青モミジがますます映えてきます。
最後に、本殿を上から見られる展望所に向かいます。
上から見た鶯橋です。外国人観光客や修学旅行生の団体さんも居ないので、本当に静かに散策できました。
こちらが本殿を上から見られる展望所です。


本殿を見られるのは、ここからだけ。ここに来たら必ず寄ってます。


9時20分に、「青モミジ苑」を出て行きました。あと少し北野天満宮を散策してから帰ります。



この無料で入れる苑内には、シャガの花が綺麗に咲いてました。



帰りも北野白梅町駅に向かうので、三の鳥居と二の鳥居はくぐりましたが、大鳥居はくぐりません。

嵐電北野白梅町駅には、9時35分に着きました。電車は9時41分に発車です。車内はガラガラでしたね。
嵐電には常磐駅まで乗りました。9時51分に着きましたが、市バスに乗り換えです。バスは9時51分発でしたが、降りると直ぐに来たので走って乗り込みました。珍し行く時間どおりきてしまったからです😊。今日は、これで帰りました。
北野天満宮には、嵐電で向かいました。嵐電帷子の辻駅で、嵐山本線から北野線に乗り換えです。私は帷子の辻駅を8時34分に発車する電車に乗りました。乗った時はガラガラだった車内も、嵐山行きの電車から乗り換えた人、嵐山本線から乗り換えた人で、たちまち混雑しました。以前も乗ったことはありますが、こんなに混んでいたかなぁ・・・と思っていたら理由が分かりました。常磐駅で嵯峨野高校生が降り、龍安寺と等持院駅で、立命館大学生がどっと降りました。そして、ガラガラになった電車は、終点の北野白梅町駅に8時46分に着きました。
そこから、少し早足で北野天満宮に向かいます。最短距離で行くため、今出川沿いの表参道の南端に立っている「大鳥居」は、くぐりません。そして「二の鳥居」「三の鳥居」をくぐり、「楼門」までやって来ました。







この「史跡御土居のもみじ苑」に来るのは、2022年(令和4年)5月20日以来です。本当は、何度も来ているので、今年は行く予定にしてなかったんですが、山吹の記事を見たのでやって来ました。
北野天満宮の西側に広がる「史跡御土居」は、1591年(天正19年)、豊臣秀吉が外敵の襲来に備える防塁として、また鴨川の氾濫から市中を守る堤防として、京都の中心をぐるりと取り囲む形で総延長約23㌔(北は鷹峯、東は鴨川、西は紙屋川、南は九条あたり)に渡って築かれた土塁である。土塁の内側を洛内、外側を洛外と呼び、要所にはいわゆる京の七口(粟田口・東寺口・丹波口・鳥羽口・鞍馬口・大原口・荒神口)を設け、洛外との出入口とし、粟田口、鞍馬口、荒神口、丹波口などの地名はその名残である。しかし、江戸時代になると、御土居はその必要性が薄れるとともに少しづつ解体され、今では史跡に指定された北区や上京区の9箇所でしか、その存在を見ることができない。北野天満宮の御土居は、当時の様相を色濃く残り、現在では梅や紅葉の名所として知られるようになった。御土居には約350本のモミジがあり、中には樹齢400年に及ぶ古木も植わっており、豊臣秀吉の遺構が随所に見られる。御土居の中で唯一北野だけに造られた石造りの暗渠(悪水抜き)は、他にない歴史的遺構として注目されている。


「史跡御土居のもみじ苑」 開期 4月8日(土)~6月25(日) 夜間特別ライトアップ 4月29日(土)~5月7日(日) 時間 9時~16時 ライトアップは日没~20時(昼夜入替無し) 入苑料 500円。

鶯橋の名の由来は、季節になると、この辺りにで鶯が囀ることからに由来する。1933年(昭和8年)4月に現在の位置より少し上流に架けられていたが、1935年(昭和10年)の豪雨で流失、その親柱のみが現在の場所辺りに流され着いた。2007年(平成19年)11月に史跡御土居の紅葉苑開苑に際し、木製太鼓橋として再建したものである。


























































嵐電には常磐駅まで乗りました。9時51分に着きましたが、市バスに乗り換えです。バスは9時51分発でしたが、降りると直ぐに来たので走って乗り込みました。珍し行く時間どおりきてしまったからです😊。今日は、これで帰りました。
この記事へのコメント
御土居が史跡になっているのですね。展望台もあってかつての高さを感じます。
その川沿いに青もみじとヤマブキが合わさる様子がいいですね。
鮮やかな緑と黄色の組み合わせに癒されます。
北野天満宮も、何年か前に、紅葉の時期にモミジ苑を開苑され、それから青モミジの時期も公開されるようになりました。
境内を整備され、夏場も御手洗川神事を始められたりして、観光客に来て貰うことを考えられていますね。( ^_^)
ここは修学旅行生の団体さんは必ず来られるようで、いつも学生さんで混んでいます。
東寺の近くにも「御土居」跡と思われる
地形の高まりが見られると知って驚きました。
南は東寺の外側、北は北野天満宮の外側まで、
なるほど東西南北をぐるりと囲っていたんだなぁと
実感できた次第です。それにしても、
北野天満宮・もみじ苑の青もみじは美しいですね。
紅葉の時期と違った清々しい美しさがあって、
思わず見とれてしまいました。
私もブラタモリ見てました。御土居も東寺口があったんですが、ほほわかりません。北野の御土居や鷹峯の御土居ぐらいでしょうか、数少ないです。秀吉の御土居内が洛中、それ以外が洛外と称されたので、私の住まいは洛外です。
余談ですが、私はプラタモリに一度出たことがあります。( ^_^) たまたま、通りすがりに撮られてしまいました。( ^_^)
その号は、何度か再放送されたので、その時に録画して永久保存してます。( ^_^) たかが3秒ぐらいなんですけど。( ^_^)