京の美を訪ねる「對龍山荘特別公開講座」(NHK文化センター京都教室)へ

5月4日(木・祝)の午後から新型コロナウイルスに感染して以来の発熱は、6日(土)には下がりました。ただ7日(土)頃から咳が酷くなって、8日(月)は小康状態でしたが、その夜から最も酷くなって来て、そして9日(火)の朝を迎えました。一晩中咳が酷かったので、そんなに寝て無くて、何よりこんな状態では外出は無理やなぁ・・・と。この日は、以前から申し込んでいた京の美を訪ねる對龍山荘特別公開講座」(NHK文化センター京都教室)の受講日でした。この講座は、規約により解約できないことになってて、しかし、この状態で電車に乗ることは無理。何より他の人に迷惑がかかるし・・・それは関係なく、自分自身が、行っても楽しめないなぁと思いキャンセルすることにしました。ただキャンセルしても返金されないことは分かってましたが・・・?。

朝食後に、昨日は飲まなかった風邪薬を服用しました。どうしても風邪薬を飲むと眠くなるから昨日は飲まなかった訳です。キャンセルすると決めたので薬を服用した訳ですが、7時頃になって咳が止まっていることに気づいたわけで、これなら行けるかもと思い、急遽行くことを選択しました。

ただ、時間的にはギリギリで、そのため妻に太秦天神川駅まで車で送って貰い、集合場所の地下鉄東西線蹴上駅に向かいました。NHK文化センター京都教室から事前に案内を貰ってて、地下鉄東西線の時刻表も書いてありました。その時間より早かったです。

IMG_4822.jpg9時12分発に乗るつもりが、9時5分発のに乗りました。それで蹴上駅には9時17分着。集合時間の40分には、まだまだ時間があります。

案内では、「トイレは駅で済ませてください」とあったのでトイレを済ませて集合場所に行くと、まだ数人しか来られてなく、それで係の方に本日は体調不良であることは伝えました。そして時間があるので、担当者に断って少し散歩に行くことに。

IMG_4823.jpg向かった先は「日向大神宮」です。ただ入口だけですが。本殿には2017年(平成29年)2月25日に、一度だけ行ってます。

IMG_4824.jpgIMG_4825.jpgIMG_4826.jpgIMG_4827.jpgその先には「びわ湖疏水船 蹴上乗下船場」が見えました。2019年(平成31年)4月26日に、ここから船に乗って大津まで行きました。

IMG_4828.jpgこの先がインクラインかあります。今はすっかり桜の名所になりました。疏水上流の蹴上船溜と下流の南禅寺船溜を結んだ全長約582㍍の傾斜鉄道で、建設当時世界最長でしたね。約36㍍の高低差を克服するために舟を台車に乗せ、ケーブルカーと同じ原理で運びだそうです。

IMG_4829.jpg9時40分集合のため、これで引き返します。駅までは5分もかからずに行けるでしょう。

IMG_4830.jpg地下鉄東西線蹴上駅の改札は一箇所です。9時40分になって、この前で係の方から本日の注意事項の周知がありました。私は遠慮して人が集まる輪を少し離れてて聞くことにしました。

主な注意事項は、写真撮影について、係の方より案内があるので、それから撮影すること。ただしSNSにアップするのは厳禁。写真撮影は室内のみ。庭園では不可。動画撮影もNG。貴重な文化財も撮影不可。室内には、持参して来た白の靴下に履き替えること。持ち物は玄関に預け、手ぶらで散策する。これぐらいだったかなぁ😊。

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2018年(平成30年)9月14日に食事にきた「南禅寺参道 菊水」の向かいが對龍山荘の表門でした。ここに着いた時は10時は回ってましたね。

門を入ると玄関から上がります。先ずは履いてきた靴下を脱いで、持参して来た白靴下に履き替えます。そして對龍台で、時間が無いのか早速案内が始まりました。写真は、前途したとおりSNSにアップすることは厳禁とされているので、一切ありません。それは分かっていたので、表門の石碑一枚だけです😊。

山荘内の案内は、對龍山荘館長 小川 史朗氏。庭園の案内は、庭師の對龍山荘責任者 加藤 武史氏が、それぞれ約1時間案内して貰いました。

南禅寺界隈の別荘群は、ガイドブックには載ってません。ほとんどが非公開で一般に知られていませんが、そこには贅を尽くした美の空間が広がります。その中でも7代目小川治兵衛作庭の最高傑作の別荘として名高いのが「對龍山荘」です。對龍山荘は南禅寺の塔頭跡地に1896~1899年(明治29~32年)にかけて伊集院兼常(いじゅういんかねつね)※1の別荘として造営されました。その後、市田弥一郎(呉服商「市田」の創始者)が譲り受け、1901~1905年(明治34~38年)に改修が行われ、現在の景観の基礎が出来上がりました。對龍山荘の名は市田氏の所有となった1901年(明治34年)、南禅寺の山号である瑞龍山に対して位置していることからの命名です。庭園は、伊集院兼常が作庭したものを基に七代目小川治兵衛(植治)が作り直しており、広大な敷地には、池や流れ、滝石組の他に、芝生広場が設けられました。また、水車小屋が設けられ、田園の風景をほうふつとさせるとともに、茶室や四阿の存在からは茶会や園遊会などが行えるよう、実用的な作りとなっていることがわかります。こうした近代を代表する庭園としての形態を持ち、また景観的にも非常に優れた庭園として、1988年(昭和63年)には国の名勝に指定されています。建築は、当代随一といわれた大工の島田藤吉(島藤)の建てたもので、中でも對龍台と名付けられた池に張り出すような形で作られた一室からは、建物と庭園だけではなく、背後に広がる東山の景観が一体となった雄大な景色が広がります。一方、伊集院時代に建てられたと思われる聚遠亭(じゅおんてい)からは静寂でやさしい景色を五感で感じることができるなど、園内の随所で様々な風景を楽しむことができます。

※1伊集院兼常 (いじゅういんかねつね) 1836~1909年(天保7年~明治42年) 明治時代の経営者。もと薩摩鹿児島藩士。海軍省にはいり,1878年(明治11年)工部省営繕局に転じてまもなく退職、鹿鳴館の建築に従事する。のち参宮鉄道,大日本土木の社長をつとめた。

山荘内を見学していると、「ニトリ美術館」にも入りました。ここでは、いろんな歴史的な美術品も見学できます。そして名前の通り、現在の所有舎は、株式会社ニトリホールディングスが保有されてます。

私からは1点だけ、對龍台から庭を見ると、遠くに滝が流れ落ちるのが見えます。そして、流れ落ちる水の音も聞こえてきます。案内では、遠くの滝の流れ落ちる水の音が、こんなに鮮明に聞こえる筈が無いとのことで、この對龍台から見えないように、この直ぐ近くに水が流れているんですね。庭を見学して分かりました。庇を長く出して、部屋から空が見えないようにと、至る所に見る者を驚かす工夫をされており、体調は悪かったけど、写真を撮らして貰える所からは、撮りまくりました😊。

庭園の見学から戻ってくると、荷物が玄関に並べられてて、集合場所で申し込んだ写真集(別途1000円で購入)をいただいて、ここを出て行きました。体調不良のため、お昼も食べずに、ここから一目散に地下鉄蹴上駅に行きました。

IMG_4888.jpgIMG_4889.jpg蹴上駅12時10分発にも乗れたんですが、駆け込み乗車せずに12時18分発の電車に乗りました。

太秦天神川駅には12時34分に着いて、そのまま帰路に着きました。この日、無理したからかどうか分かりませんが、風邪の症状は、ますます酷くなって、発熱は無かったけど、咳が治まったのは14日(日)でした。妻にも感染したし、15日(月)が通院日でしたので、先生に相談すると「コロナかも知れんね」と言われましたが、5類になったので検査も何も無しです😊。既に咳も治まっていたので。ただ妻は熱は下がっていたけど私と同様に咳が酷かったので、17日(水)に病院に行きました。妻もコロナの検査は無かったと言ってましたね。風邪薬を処方され帰ってきました😊。この日は体調が悪かったので、もし秋に講座があれば参加してみたいです。写真集の紅葉があまりにも素晴らしいので😊。

この記事へのコメント

2023年06月07日 17:52
壬生里さんご贔屓の植治こと、
七代目小川治兵衛の手がけた庭園ですね。
對龍山荘のことは、NHK・BSで
特集番組を観てから、見学できるといいな
と思ってました。こういう講座に参加する
という方法もあるんですね。でも、庭園が
撮影できないのは残念な気がしました。
それはそうと、病気は大丈夫ですか。
無理なさらず、お大事にお過ごし下さい。
壬生里
2023年06月10日 04:13
yasuhikoさんへコメントありがとうございます。

風邪は三週間ほどかかりましたね。今は大丈夫です。(( ^_^)
對龍山荘の写真を載せられないのは残念ですが、それはそれは素晴らしかったです。
写真集も買ってしまいました。( ^_^)
南禅寺界隈の別荘群は、ほぼ非公開です。無鄰菴だけでしょうか公開しているのは。特別公開があっても、抽選の倍率が高くて、なかなか行けないですね。