臨済宗 大本山 南禅寺「三門」の拝観へ
12月13日(水)は、年間バスボート購入後、一度も行けてない京都市立動物園に行くつもりでした。京都市立動物園には、地下鉄東西線蹴上駅からと東山駅から、ともに徒歩で10分足らずで行けますが、私は蹴上駅で降りて、臨済宗 大本山 南禅寺 三門に寄って行くことにしました。南禅寺から京都市立動物園には5分ぐらいで行けるのと、久しぶりに高い所からの眺望を楽しみたいなぁと思ったから。
南禅寺の三門には2021年(令和3年)10月22日の登って以来です。本当は、京都市立動物園の開園時間の9時に合わせたバスが無かったので、早く着くため、何処か行こうかなぁ・・・と探してて、東山駅なら平安神宮の神苑、蹴上駅なら南禅寺と考え、結果は南禅寺にしました。平安神宮の神苑の紅葉は終わってると言うか、元々紅葉はありません😊。
地下鉄東西線東山駅を降り、歩いて南禅寺 三門前まで来ました。時計は8時41分でした。
南禅寺は、鎌倉時代の1291年(正応4年)に亀山法皇が無関普門禅師を開山に迎えて創建され、臨済宗南禅寺派の総本山です。室町時代に、室町幕府第3代将軍足利義満によって、京都五山及び鎌倉五山の更に上位に位置する「別格」として禅宗寺院最高の格式を誇ります。
8時42分に三門受付に入りました。拝観料は600円。靴は袋に入れ持ち歩きます。
南禅寺の正門にあたるのが「三門」(重文)です。悟りに至るために通らなくて行けない「三つの関門」である、「空門」、「無相門」、「無作門」を象徴していると言われています。別名は「天下龍門」で、日本三大門に数えられている。
上に人が居るかも知れませんが、急な階段をゆっくり登ります。私あと1組の方がスタンバイされてました。
急な階段を登り、最後にもう一つ階段があります。
8時43分に楼上に出ました。上には誰も居ませんね、良かったです。
南禅寺の三門は、歌舞伎の「楼門(さんもん)五三桐」の名台詞で有名です。伝説の大泥棒の石川五右衛門が三門の楼上で、「絶景かな絶景かな」と見得を切る場面。五右衛門が絶景と称したのは、桜の季節の三門からの景色です。「絶景かな絶景かな 春の眺めは 価千金とは 小さえ 小さえ この五右衛門の 目から見れば 価万両 万々両」と、あくまで歌舞伎というお芝居の話し。三門は室町時代中期に火災で焼失し、五右衛門が生きていた安土桃山時代には南禅寺の三門は失われたまま、再建されたのは、江戸時代初期の1628年(寛永5年)に城造りの名手藤堂高虎が手掛けた。


最初は西側の回廊から京都市街地を見ました。五山の送り火「舟形」と「左大文字」が綺麗に見えています。
正面に見えているのが「勅使門」で、遠くに見えているのが「ホテルオークラ京都」です。そして、東北に見えているのが「愛宕山」です。

西側からは内部を見られる窓があります。ただ撮影禁止と書いてあるので写真はありません。職員さんが内部の清掃されてました。
三門の楼上は「五鳳楼」と言い、内陣に仏間が設けてあり、須弥壇の正面には仏師左京等の手になる「宝冠釈迦座像」を本尊とします。この宝冠をいただくのは釈迦が若く悟りを開く前の姿を表したとか。その脇士に「月蓋長者」、「善財童士」、左右に「十六羅漢」を配置し、「本光国師」、「徳川家康」、「藤堂高虎」の像と一門の重臣の位牌が安置されています。また天井の鳳凰、天人の極彩色の図は狩野探幽、土佐徳悦の筆とされています。
左を見ると「ウェスティン都ホテル京都」が見えています。将棋の藤井聡太八冠が第71期王座戦5番勝負 第4局に勝って、将棋界初の8冠全制覇を達成したホテルです。


北側の回廊に出て見ました。遠くに「金戒光明寺 山門」が見えていたので、ズームで撮りました。
先程の「愛宕山」も、少しズームで撮って見ました。


東北を見てみると「専門道場」が見えてます。専門道場は、仏祖の規矩に随順して、参禅弁道により己事を究明体得せしめる道場です・・・とありました。

東側の回廊に来ると、正面から太陽の光を浴びます。正面に見えているのが「法堂」です。

南側の回廊に来ました。


こちらは、京都で早く紅葉が色づくことで知られる「天授庵」です。ここのライトアップは息をのむ美しさです。



8時51分に三門の下に降りて来ました。三門は1組だけでした。空いていたので、急な階段も楽に降りることが出来ました😊。

紅葉の名所である南禅寺も、紅葉は全く残っていません。それで境内は空いてました。紅葉は散っても外国人観光客は多いです。
この三門の再建を手掛けた藤堂高虎は、生涯負け無しと謳われた武将ですが、唯一大苦戦を強いられたのが、「大坂夏の陣」での戦い。多くの家臣を失った高虎は、その供養のために三門を造営しました。

この時間では西に向いてる三門は逆行になります。東側は時間の都合で今日は行きません。
8時54分に南禅寺「中門」を出ました。この門は普通に車が通ります。写真を撮ろうとしたらタクシーが入って行きました。
京都市立動物園は9時開園です。このまま向かうと開園時間に間に合いそうです。
南禅寺の三門には2021年(令和3年)10月22日の登って以来です。本当は、京都市立動物園の開園時間の9時に合わせたバスが無かったので、早く着くため、何処か行こうかなぁ・・・と探してて、東山駅なら平安神宮の神苑、蹴上駅なら南禅寺と考え、結果は南禅寺にしました。平安神宮の神苑の紅葉は終わってると言うか、元々紅葉はありません😊。
南禅寺は、鎌倉時代の1291年(正応4年)に亀山法皇が無関普門禅師を開山に迎えて創建され、臨済宗南禅寺派の総本山です。室町時代に、室町幕府第3代将軍足利義満によって、京都五山及び鎌倉五山の更に上位に位置する「別格」として禅宗寺院最高の格式を誇ります。
南禅寺の正門にあたるのが「三門」(重文)です。悟りに至るために通らなくて行けない「三つの関門」である、「空門」、「無相門」、「無作門」を象徴していると言われています。別名は「天下龍門」で、日本三大門に数えられている。
上に人が居るかも知れませんが、急な階段をゆっくり登ります。私あと1組の方がスタンバイされてました。
南禅寺の三門は、歌舞伎の「楼門(さんもん)五三桐」の名台詞で有名です。伝説の大泥棒の石川五右衛門が三門の楼上で、「絶景かな絶景かな」と見得を切る場面。五右衛門が絶景と称したのは、桜の季節の三門からの景色です。「絶景かな絶景かな 春の眺めは 価千金とは 小さえ 小さえ この五右衛門の 目から見れば 価万両 万々両」と、あくまで歌舞伎というお芝居の話し。三門は室町時代中期に火災で焼失し、五右衛門が生きていた安土桃山時代には南禅寺の三門は失われたまま、再建されたのは、江戸時代初期の1628年(寛永5年)に城造りの名手藤堂高虎が手掛けた。
三門の楼上は「五鳳楼」と言い、内陣に仏間が設けてあり、須弥壇の正面には仏師左京等の手になる「宝冠釈迦座像」を本尊とします。この宝冠をいただくのは釈迦が若く悟りを開く前の姿を表したとか。その脇士に「月蓋長者」、「善財童士」、左右に「十六羅漢」を配置し、「本光国師」、「徳川家康」、「藤堂高虎」の像と一門の重臣の位牌が安置されています。また天井の鳳凰、天人の極彩色の図は狩野探幽、土佐徳悦の筆とされています。
この三門の再建を手掛けた藤堂高虎は、生涯負け無しと謳われた武将ですが、唯一大苦戦を強いられたのが、「大坂夏の陣」での戦い。多くの家臣を失った高虎は、その供養のために三門を造営しました。
京都市立動物園は9時開園です。このまま向かうと開園時間に間に合いそうです。
この記事へのコメント
景色はやっぱり素晴らしいですね。
この階段、これまで2~3度上ったことが
ありますが、春だったり秋だったり
人の多い時だったので、こんなに眺めを楽しむ
余裕はありませんでした。それに、
冬は空気が澄み渡ってるから、遠くまで見渡せて
気持ちがいいです。冬の京都もいいもんですね。
三門を常時拝観しているのは南禅寺ぐらいでしょう。
知恩院も金戒光明寺、妙心寺の三門は特別公開で見られます。
ただ大徳寺はありませんね。
私は高い所が好きで、三門が公開されれば行ってます。