待賢門院ゆかりの法金剛院「観蓮会」と「鳥羽天皇皇后璋子 花園西陵」へ

7月24日(水)は、18日(木)も訪れた関西花の寺 第一三番霊場 五位山 法金剛院観蓮会(かんれんえ)」に行きました。待賢門院は法金剛院で出家をした伝わります。その待賢門院の時代に作られた浄土庭園を、昭和の発掘調査により復元したものです。その庭園に、蓮の花が咲き誇り多くの方が来られるのが「観蓮会」で、特別に開門時間を早められ、7時30分から境内に入れます。この日は、その蓮の花を見に来たのと同時に、待賢門院の御陵が法金剛院の北にあることが分かったので、合わせて見に来た訳です。

昨日は、猛烈な暑さのなか、祇園祭(後祭)を見に行きました。最高気温は38℃まで上がりましたし、この日の最低気温は28.4℃で夜の気温も下がらないですね。24日(水)は、祇園祭 後祭の山鉾巡行の日でした。市内は交通規制されるでしょうけど、問題はありませんが、ただ、この日の降水確率は午前、午後ともに60%。遙か南に台風3号が中国大陸に向かっており、日本列島に湿った南風を吹き込んで来たのでしょう、朝から曇ってて、私が家を出る頃にはパラパラと雨が降りました。

IMG_2905.jpgバスは時間通りなら7時29分に着きますが、特に渋滞もありませんが7時34分に着きました。

先週も来ているので、今日はあっさり見て行きます。拝観料500円を納め、パンフレットは辞退しました。

IMG_2907.jpgIMG_2906.jpg丸太町通りに面して建つ「山門」前に蓮の花が咲いてました。18日(木)には蕾にもなってなかったのに・・・。

IMG_2908.jpgここを入ると、庭園が見えます。結論としては18日(木)より、半分ぐらいの人出かなぁ・・・?。

IMG_2910.jpgIMG_2912.jpgIMG_2915.jpgIMG_2917.jpgIMG_2921.jpgIMG_2922.jpgIMG_2923.jpgIMG_2924.jpgIMG_2925.jpgIMG_2926.jpg最初は「玄関」と「礼堂」前の蓮の花を見ていきました。まだ蕾の蓮の花もあるので、この先、見頃が続くみたいです。

IMG_2927.jpgIMG_2928.jpgIMG_2930.jpgIMG_2931.jpg今日は時間があれば仏殿に入りますが未定です。次に庭園の奥に行ってみます。先ずは苔生した「石仏」と「石仏群」です。

IMG_2932.jpgIMG_2934.jpg青女の滝」まで来ました。鳥羽天皇皇后璋子(待賢門院)が極楽浄土を願い作らせた浄土庭園の中にある滝の石組みは、当時のお庭の貴重な痕跡です。

IMG_2936.jpg百人一首の「長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は ものをこそ思へ」の歌碑です。待賢門院堀河(たいけんもんいんのほりかわ)の作。父は神祇伯源顕仲。待賢門院に仕えて堀河と呼ばれました。待賢門院の出家に伴い自らも出家されました。

現代語訳は、(昨夜契りを結んだ)あなたは、末永く心変わりはしないとおっしゃっいましたが、どこまでが本心か心をはかりかねて、お別れした今朝はこの黒髪のように心乱れて、いろいろ物思いにふけってしまうのです。

IMG_2937.jpgIMG_2938.jpgIMG_2939.jpgIMG_2940.jpgIMG_2941.jpgIMG_2942.jpg再び「礼堂」前に戻る途中、「仏足石」を撮りました。

IMG_2946.jpgIMG_2947.jpgIMG_2949.jpg今日は時間の都合で仏殿には上がりませんが、池の周りは巡ります。

IMG_2953.jpgIMG_2954.jpgIMG_2955.jpgIMG_2956.jpgIMG_2957.jpg池の中のを見ながら、次に池に突き出た小島「鶴島」にも行ってみます。

IMG_2958.jpgIMG_2959.jpgIMG_2960.jpgIMG_2962.jpg池の中の蓮は、背が高いので撮りづらいです。ここは狭いので、早々に出て行きました。

IMG_2966.jpgIMG_2970.jpg池を回って「礼堂」前まで戻って来ました。今日は仏殿には上がらずに、今から出て行きます。

IMG_2972.jpgIMG_2973.jpgIMG_2974.jpgIMG_2975.jpgIMG_2977.jpgIMG_2979.jpgIMG_2981.jpgIMG_2986.jpgIMG_2988.jpg7時48分に、ここを出て行くことにしました。今日は、あと二箇所寄って行き、そこからバスで所用先に行く予定です。

IMG_2989.jpgIMG_2990.jpg少し上がった所に、法金剛院第二駐車場があります。ここを利用するのは土曜日か日曜日ぐらいでしょう。

このまま真っ直ぐ北に向かって歩くと、突き当たりが仁和寺です。今日は仁和寺には行きません。道なりに歩いて行き、次に東に向かって歩いて行くと、この日の目的地である「鳥羽天皇皇后璋子 花園西陵」があります。

鳥羽天皇皇后璋子は、藤原璋子(ふじわらのしょうし)、1101年(康和3年)~ 1145年(久安元年)。第74代天皇の鳥羽天皇の皇后(中宮)。 第75代天皇の崇徳天皇、第77代天皇の後白河天皇の母。 女院号は待賢門院(たいけんもんいん)。法金剛院は、藤原璋子ゆかりのお寺です。璋子は、ここで出家し晩年を過ごしました。極楽浄土を願い作られた庭園が復元され残されています。
幼くして藤原璋子は白河法皇の后である祇園女御の養子となりました。1117年(永久5年)に法皇は璋子を孫、鳥羽天皇の后として中宮にしました。やがて生まれた男の子、後の崇徳天皇が誕生。しかし、鳥羽天皇の子ではなく、白河上皇の子と考えられました。後に崇徳天皇のことを鳥羽天皇は「叔父子(おじこ)」と呼んだという(諸説あり)。5歳で崇徳天皇は第75代天皇に即位し、翌年璋子は待賢門院となりました。女院は鳥羽天皇との間に5男2女を儲けましたが、1129年(大治4年)白河法皇崩御。法皇の追善供養を兼ね待賢門院は法金剛院で落慶供養を行い、五位山(ごいやま)を背に大池、阿弥陀堂、女院の東御所を造営し復興。浄土庭園も造営し、安らかな余生を送ろうとしました。やがて鳥羽上皇が美福門院(びふくもんいん)を寵愛するようになると、やがて美福門院得子は男子を産み、鳥羽上皇は3崇徳天皇に譲位をせまって、わずか3歳の男子を第76代天皇として近衛天皇を即位させるに至ります。待賢門院は権勢を失い、1142年(永治2年)自らが復興させた法金剛院で髪を下し出家し、3年後に三条高倉の御所で亡くなりました。待賢門院は、自らの子である崇徳天皇と後白河天皇との争い「保元の乱」を見ることなく世を去ります。法金剛院は7月になると極楽浄土の蓮が咲き、待賢門院の往時を偲ばせています。


2012年(平成24年)のNHK大河ドラマ平清盛」では、待賢門院を檀れいさんが、鳥羽上皇を三上博史さん、白河上皇を伊東四朗さん、崇徳天皇を井浦新さんが演じてました。

IMG_2991.jpg7時53分に着きました。入口は露地の突き当たり、北向きにありました。

IMG_2992.jpgIMG_2993.jpgIMG_2994.jpg入ると先ずは東に向いて歩きます。ここには初めて来ました。

IMG_2995.jpg次に西に向いた小高い所まで歩きます。

IMG_2997.jpgIMG_2998.jpgこちらが「鳥羽天皇皇后璋子 花園西陵」です。待賢門院の名で知られているでしょう。

IMG_3001.jpgIMG_3002.jpgIMG_3003.jpgIMG_2999.jpgこの陵墓の北側には「仁和寺宮墓地」(宮内庁管理)がありますが、こちらには行けません。

IMG_3005.jpgIMG_3006.jpgIMG_3007.jpg下に降りてきて見上げると、ここから僅かに鳥居が見えました。

IMG_3008.jpg7時55分に、ここを出ました。次も東に向いて歩いて行きます。

鳥羽天皇皇后璋子 花園西陵から東に向かって歩いていくと「鳥羽天皇皇女 尊称皇后統子内親王 花園東陵」があります。こちらも法金剛院にゆかりがあるので寄ってみました。

上西門院は待賢門院璋子の子どもで、鳥羽院の第二皇女。第77代天皇の後白河天皇の姉。待賢門院の死後に法金剛院を引き継いだのが上西門院です。生まれてまみなく内親王の宣下を受け、1127年(大治2年)に准三宮、1129年(大治4年)に賀茂斎院に入りました。しかし、1132年(長承元年)に病のため退官。1158年(保元3年)第77代天皇の後白河天皇の准母(じゅんぼ)として皇后と尊称され、1159年(平治元年)2月に院号宣下を受け、上西門院ど号しました。1160年(永暦元年)の「平治の乱」が起こると同母弟の、後白河院とともに内裏の一本御所に幽閉されました。同年、弟の仁和寺御室覚性入道親王を戒師とし、法金剛院で出家。和歌を好んみ歌人として知られています。

IMG_3009.jpg7時59分に着きました。この前の通りは、何度も歩いてますが、今まで気づかなかったです。

IMG_3010.jpgIMG_3014.jpgIMG_3011.jpgIMG_3012.jpg「鳥羽天皇皇女 尊称皇后統子内親王 花園東陵」です。2012年(平成24年)のNHK大河ドラマ平清盛」では、上西門院を愛原実花さんが、後白河法皇を松田翔太さんが、近衛天皇を北村匠海さんが演じてました。

IMG_3013.jpgここの前が「花園 今宮神社」があります。8時00分に、ここを出て行きました。

ここから丸太町通りまで行き、信号を渡ります。歩いている人はほぼ学生さんです。夏休みに入っているのになぁ・・・と思いましたが、クラブ活動か、それとも進学のための勉強かなぁ・・・?

IMG_3018.jpgJR花園駅」 です。私はは8時11分発のバスに乗るため座って待ちました。その間に登りと下りの電車から多くの学生さんが降りて来ましたね。

IMG_3020.jpgこの日は「祇園祭後祭 山鉾巡行」がありました。市内は交通規制されるので、時間通りにバスは来ないだろう・・・と思いきや、時間通りに来ました😊。

バスに乗るとさっそく冷房の風を自分の方に向けました。乗っている間は10分ぐらいでしたが、汗が引いてくれて良かったです。学生さんも乗ってないので空いていたから自由にできました。この日の最高気温は33.2℃と猛暑日から免れましたが、蒸し暑いのは変わりがありません。気温が下がったのは、午前も午後も度々雨が降りました。雷は鳴ってませんが、結構な雨が降りましたね。巡行もゲリラ雷雨にあったようです。私は、帰ってからKBS京都で生中継されていた巡行を見てました。昨日は御神体を見ることができなかったので良かったです。ただ、中継時には晴れてましたが、雨降りを警戒され、ビニールを掛けられていたのは残念でした。動く美術館と言われる山や鉾の懸装品が光って見にくかったら、それに鯉山では御神体の鯉も外されていたし・・・。

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