春の訪れが待ち遠しい奥嵯峨 祇王寺へ
3月16日(日)は、大阪市で「大阪・関西万博開催記念 ACN EXPO EKIDEN 2025」が行われ、テレビ放送では雨が降って無いよう見えました。当初の予報では風を伴う大荒れの天気と出てましたが、ランナーにとって良かったでしょうね。昼からは本降りとなりましたが😊。そして翌日の3月17日(月)は、晴れたり雨が降ったり、何より冬に逆戻りしたかのように寒かったです。せっかく見頃になった梅や、早咲きの桜が咲きそうになったのに、また開花が遅れそうです。ちなみに梅は昨年より3週間も開花が遅れ、梅の名所である北野天満宮の梅苑も3月16日(日)までを3月25日(火)まで延長されました。ただ来週からは平年より高い気温が続くようで、一気に桜が開花へと進みそうですが・・・?。
大覚寺の梅園に行くつもりしてましたが、3月17日(月)現在「三分咲き」と出ていたので、行くのを奥嵯峨の祇王寺にすることにしました。2日程前にX(旧Twitter)に「春の特別御朱印授与」を投稿されました。数に限定があるので、そちらに向かったわけです。
祇王寺に向かう途中、清涼寺(嵯峨釈迦堂)に寄りました。境内から愛宕山の山頂が雲に隠れています。

多宝塔前の紅梅が満開でした。期待していたんですが寄って正解でした。




多宝塔前には白梅もあります。私が写真を撮っていると、何処からかヒヨドリが飛んできました。密を吸うのに必死で、全然逃げないのには驚きです。
このとき、8時48分でした。今日は「本堂」に入りませんが、帰りも寄るので、そのときお参りします。
愛宕街道を北上して緩やかに登って行きます。ここ最近インバウンドの観光客が愛宕街道も増えました。竹林の小経から、二尊院、祇王寺、化野念仏寺、そして愛宕念仏寺に行かれるようです。この日も数組の外国人観光客が前方を歩いてましたが、途中抜いて行きました😊。

8時59分に着きました。この先を少し上がった先に表門がありますが・・・?。

外国人観光客が2組4名が「表門」に待たれてて、私が登り始めてたときに開門され入って行かれました。
以前なら、この時期は空いていたのにね。私は大覚寺との共通券600円と、季節限定御朱印300円を納め境内へ入りました。
ここは現金のみのため、どうしても海外から来られた人は時間がかかります。仕方ないですけど。入って早速「草庵」を撮りました。
ここに来たのは、2月18日(水)以来ですが、その時は猿の大群がきてましたが、今日は大丈夫そうです。
冬でも綺麗な苔は輝いています。この「苔庭」に魅力があるのでしょうか海外の方は。


門を入って、次に「草庵」の正面に出ます。

綺麗な「苔庭」を見ながら写真を撮りながら進むと先に入られた海外からの観光客を抜いて行きました。


この「苔庭」にも「竹林」があります。これも海外の方には人気なんでしょう。

「草庵」まで来ました。まだ庵内には入りません。

草庵の前には苔生した「蹲踞」があります。


ここから「草庵」の中を覗くと、当然ながら誰も居ません。まだ苔庭巡りたいところ、庵内に入ることにしました。
靴を脱いで上がります。後で分かったことで、外国人観光客、結構多くの方が来られてましたが、靴を脱ぐのが面倒なんか知りませんが、上がられなかったです。1組だけかなぁ。
入ると直ぐに仏間があって、右から「仏御前」「祇女」「本尊大日如来」「平清盛」「祇王」「母刀自」が祀られています。


草庵の控えの間にある大きな丸窓を「吉野窓」と言います。境内の緑葉を通って差し込む日差しが障子に色とりどりの色彩を映し出します。以前、ネスカフェの香味焙煎のCMに使われたので覚えてました😊。

仏間にある「往生院」の扁額です。祇王寺の前、往生院があって法然上人の門弟良鎮(りょうちん)によって創建されましたが後年は荒廃し、ささやかな尼寺として残り、後に祇王寺と呼ばれるようになった歴史を物語っています。
前途したとおり外国人観光客は上がって来られません。こちらは草庵前にあった「水琴窟」です。




草庵を出て、もう一度「蹲踞」を見ました。まだ9時過ぎですが、次から次へと外国人観光客入って来られます。






最後に向かったのが、正面向かって左の宝篋印塔が「祇王、祇女、刀自の墓」。右の五輪塔は「平清盛の供養塔」で、いずれも鎌倉時代に作られたものです。
このあと出口なんですけど、私は「苔庭」を再び巡りますが、見るのは苔庭の反対側です。行きはスルーしましたが、拝観受付所の裏手に供養塔がありました。文字を読むと「恩師武田先生供養塔」とありましたが詳細は分かりません。


その先の右手の供養塔は「米僊翁供養塔(久保田米僊)」のようで、塚は「黒髪塚 高岡智照尼供養塔」のようです。こちらも詳細は分かりません。
この石柱には「金子静枝翁の塔」と書いてあって、裏には「1909年(明治42年)2月14日逝去」とありました。調べると男性で、明治時代の新聞・雑誌記者で、主に日出新聞(現京都新聞)の新聞記者、小説家として活躍したそうです。



最初はスルー、2周目に「苔棚」を見ました。ここでは代表的な苔について紹介されてます。右から「一両(アリドオシの別名)」「十両(ヤブコウジの別名)」「百両(カラタチバナの別名)」「千両(センリョウ科)」「万両(ヤブコウジ科)」でした。
その横には「高岡智照尼顕著碑」があります。東京の新橋(花街)の人気芸妓から、のちに出家して京都の祇王寺を再興した尼僧だそうです。


出口に向かっていると「祇王寺祇女桜」と書かれて立て札がありました。佐野藤右衛門が嵯峨の中院に自生していたものを発見し、祇王寺の庭に移植したもので祇王の妹である祇女に因み佐野が名付けました。
庭が狭いので9時16分に出ました。海外からのかたは、もっと早く出て行かれてます。




海外の方は、ここから化野念仏寺や愛宕念仏寺、また、二尊院などに向かわれますが私は帰ります😊。
愛宕街道を下って、再び清涼寺(嵯峨釈迦堂)に来ました。ただ雨が降って来ましたが。

行きは境内の西側にある梅の花を撮りましたが、帰りは東側です。湯豆腐の名店「竹仙」さんの前に咲いていた梅の花です。





竹仙さんから少し北に上がった「阿弥陀堂」回りの梅の花です。雨は余計でしたが、綺麗に咲いててくれました。



こちらは境内の南側にある「一切経蔵」前にある梅の花です。開花が大幅に遅れましたが、ようやく見頃になりました。
雨が降って来たこともあって、ここで何処も寄らず帰りました。雨が降ってきたこともあって最高気温は9.6℃どまりで、少し肌寒い気候でした。
大覚寺の梅園に行くつもりしてましたが、3月17日(月)現在「三分咲き」と出ていたので、行くのを奥嵯峨の祇王寺にすることにしました。2日程前にX(旧Twitter)に「春の特別御朱印授与」を投稿されました。数に限定があるので、そちらに向かったわけです。









愛宕街道を北上して緩やかに登って行きます。ここ最近インバウンドの観光客が愛宕街道も増えました。竹林の小経から、二尊院、祇王寺、化野念仏寺、そして愛宕念仏寺に行かれるようです。この日も数組の外国人観光客が前方を歩いてましたが、途中抜いて行きました😊。




以前なら、この時期は空いていたのにね。私は大覚寺との共通券600円と、季節限定御朱印300円を納め境内へ入りました。

























































愛宕街道を下って、再び清涼寺(嵯峨釈迦堂)に来ました。ただ雨が降って来ましたが。












雨が降って来たこともあって、ここで何処も寄らず帰りました。雨が降ってきたこともあって最高気温は9.6℃どまりで、少し肌寒い気候でした。
この記事へのコメント
以前立ち寄ったことはあるのですが、記憶がほとんど無く。
こんな風情のあるお寺でしたか。奥深い苔の庭が素晴らしいです。
丸窓のある部屋の趣も何ともいえません。これが良さが分かる外国人もなかなかだと思います。CMにも使われたのですか、それはそれは。
それから、やっぱり「祇王、祇女、刀自の墓」に、かつての歴史に思いを馳せてしまいます。梅も綺麗でしたね。
祇王寺にも桜は一本だけあるんです。ただ、ここは苔が綺麗な庭で、6月頃がお勧めです。今日、外国人観光客が増え、特に竹林の小経や愛宕念仏寺が大人気なんです。それで常寂光寺や二尊院、祇王寺、化野念仏寺なんかも多く行かれます。以前は奥嵯峨は空いていたのに、オーバーツーリズムなんとかしてほしいです。