旧嵯峨御所大覚寺門跡 大沢池「梅林」へ
3月20日(木・祝)の最低気温は0.0℃と季節外れの寒気が降りてきて大変冷え込み、最高気温は11.5℃どまりでした。ただ、翌日の3月21日(金)が気温がグングンあがり、最高気温が17.9℃、22日(土)が22.6℃と平年を大きく上回るようなポカポカ陽気に。そして3月23日(日)の最低気温は8.6℃と高かったです。
この日の天気も快晴で、開花の遅れていた梅の花も一気に咲き誇ったでしょうし、HPでは五分咲きと出ていた旧嵯峨御所大覚寺門跡 大沢池の梅林に行くことにしました。
9時過ぎに着きました。「大沢門」前の拝観受所所で1組の方が居たので少し待って、拝観料300円を納め園内へ。

今日も、大沢池を反時計回りで巡ります。

大沢池が見える所まで来ると詠碑があって、手前から「わが友の 平田の大人の おもひもの 東をんなの 見目 うつくしも」(嵐山 島田保子)。「紅を 少しのぞかせ ふっくらと 椿の蕾 只の一輪」(平田春一)のものです。
この先が「大沢池」が見えて来ます。今日は天気が良いので写真映えしそうです😊。

今日は天気が良いので、愛宕山の山頂まで、くっきり見えています。大沢池にはカイツブリが数羽泳いでますね。
ここから正面に見えている朱塗りの橋は、天神島に架かってます。
ここから正面に見えている小高い山は、「嵯峨天皇 嵯峨山上陵」に通じる階段です。
この正面に見えているのが、名勝「名古曽瀧」で、後程寄ってみます。
この大沢池は桜の名所です。ソメイヨシノは、まだ蕾が固そうです。


正面に「五大堂」が見える所まで来ました。


大沢池に浮かぶ「菊ケ島」です。この島に自生していた野菊(嵯峨菊)が、嵯峨天皇の愛した野菊でした。この野菊(嵯峨菊)を離宮に持ち帰って花瓶にさして愛でたと言われています。これが「いけばな嵯峨御流」の始まりになりました。


ここから大沢池を離れて、前途した名勝「名古曽瀧」に向かいます。


以前は水か流れてませんでしたが、最近流れてます。ポンプなんか付けられたのでしょう。離宮嵯峨院の滝殿庭園内に設けられたもので、今昔物語では百済川成(くだらのかわなり)が作庭したと伝わります。

ここから、最近綺麗に整備された「梅林」に入ります。


以前から梅林がありましたが、こんなに綺麗では無かったです。それより期待して以上に梅の花咲いてます。




以前は、ほぼ白梅だけだったように記憶しています。(違うかも😊) 紅梅も白梅も綺麗に咲いてます。





写真では分からないでしょう、梅の香りが漂ってます。本当に良い香りですね。それと、こちらも近年整備された竹林に向かいます。

梅林と同様に、竹林も以前からありました。ただ、整備されてなくて「竹林」に来たのは初めてです。







この「竹林」で、外国人観光客が居たのには驚きです。私すら最近知ったのに・・・。それと結婚式の前撮りにも来られてました。

竹林の前に見つけた「ラッパ水仙」です。早春の花綺麗ですね。



梅林の西側「心経宝塔」が見える所まで来ました。





「梅林」を出て、「もみじロード」に出て、再び東に向かって歩きます。

ここから「名古曽橋」から「天神島」に入ります。


天神島に渡り、手前から「庭湖石」と、奥の「菊ケ島」を見ています。アオサギやカイツブリが佇んでいます。

綺麗に咲いている「馬酔木(あせび)」の横には石碑があります。嵯峨天皇が詠まれた漢詩「嵯峨天皇詠碑」が刻まれています。
当時弘法大師空海は神護寺の現在の大師堂に住まわれてました。その空海は、度々山を降り嵯峨天皇が住む離宮嵯峨院に会いに来られたようです。嵯峨天皇と弘法大師空海がお茶を楽しまれてて、空海が神護寺に帰るとき、嵯峨天皇が別れを惜しんで作られたのが、この漢詩だそうです。漢詩は以下の通りです。
与海公飲茶送帰山一首(かいこうとちゃをのみやまにかえるをおくる)(空海と茶を飲みて山に帰るのを送る)
御製(ぎょせい)
道俗相分経数年(どうぞくあいわかれてすうねんをへたり)(僧と俗人相別れて数年を経たり)
今秋晤語亦良縁(こんしゅうごごするもまたりょうえん)(この秋打ち解け語り合えた事は良縁)
香茶酌罷日云暮(こうさくみやすみてひここにくれる)(茶を入れては飲むのをやめ日暮れる)
稽首傷離望畑烟(けいしゅしてわかれをいたみうんえんをのぞむ)(頭を低くたれて別れを惜しみ帰って行く雲烟を眺める)


この島には菅原道真公を祀る「天神社」があるので、「天神島」と呼ばれているのでしょう。
天神社は菅原道真公を御祭神として祀られています。嵯峨天皇第(第52代天皇)が建立された離宮嵯峨院は清和天皇(第56代天皇)の勅許を得て、876年(貞観18年)に大覚寺が開祖され創建に当たり、清和天皇への上奏文を起草され仏法の興隆と衆生齊度のため僧俗2人の別当を置くよう進言されたのが菅原道真公です。また、道真公自身も大覚寺の俗別当(俗人の身分のまま寺院を統轄する責任者)を務められたと伝わります。

右が「茶筅塚」、左に「嵯峨碑」があり、華道の先達への慰霊碑だそうです。それより2024年(令和6年)11月21日放送の「あなたの知らない京都旅」(BS朝日)で、俳優の内藤剛さんが大覚寺を訪れ、この天神島に1/2サイズの金閣寺(舎利殿)が建てられていたを知りました。映画「炎上」(1958年作品)。主演は市川雷蔵だったそうです。
大覚寺も、撮影の許可出したものです。セットを燃やすなんて想像もできません。この朱塗りの橋を渡って、島を出ます。

島を出て、「護摩堂」に寄りました。往古の大覚寺伽藍周辺に建てられた子院の一つであった仏母心院跡に建立され、不動明王を祀られています。ここで毎月一回、10時から1時間30分程度、護摩の炎で心願成就を祈願されます。


次に鎌倉時代中期の作と思われる「石仏群」に寄りました。20基を超える如来や菩薩の石仏群。古い者は平安時代後期の作もと伝わります。

「心経宝塔」エリアに入りました。通常非公開の「心経宝塔」は1967年(昭和42年)、嵯峨天皇心経写経1150年を記念して建立。基壇内部に「如意宝珠」を納めた真珠の小塔を安置。宝塔内部には秘鍵(弘法)大師尊像が祀られています。
心経宝塔の下の石碑には、経営の神様松下幸之助が書かれた「頌徳」の文字が。意味は徳を褒め称えることのようですね。
こちらの石碑には「五蘊(ごうん)」と書かれています。「蘊」はあつまりの意で 仏語。 色(物質)、受(印象・感覚)、想(知覚・表象)、行(意志などの心作用)、識(心)の五つをいい、総じて有情の物質、精神の両面にわたる。 因縁によって生ずる有為法をいう。 また、心身環境をも示す。
西側にある、多目的施設「蓮華殿」にあるトイレで休憩。大沢池エリアでは、トレイはここだけです。

「聖天堂」です。当初は望雲亭西側に建っていますが、1962年(昭和37年)に現在池に移築されました。内部には歓喜天・十一面観世音菩薩が祀られています。




「大日堂」です。大覚寺門跡が、明治初頭まで兼帯していた安井門跡蓮華光院が管理していた洛東の岩倉山真性寺が廃寺となる際に移築されたもの。内陣には六角堂石造りの大日如来坐像が安置されています。
最後は、「閼伽堂(あかどう)」です。内部を見ようとしましたが、手前に結界が出来てました。


放生池越しに心経宝塔を撮りました。ここがビューポイントで、いつもここは外せないです😊。



次に「五社明神」のエリアに来ました。ただ今日は本殿に寄りません。
「大沢池特設舞台」から見た「大沢池」です。この時間では逆行となります。


ここから「宸殿」前の「左近の梅」が咲いているのが見えました。今日はお堂エリアには入りません。




最近ニュース映像で見た、新調された「龍頭舟」を見ることができました。


こちらは「津崎村岡碑」1892年(明治25年)建立。津崎矩子は幕末から維新にかけての女性勤王派。晩年は北嵯峨の直指庵に隠居。




9時44分に「大沢門」から出ました。
今日の最高気温は、24.0℃まで上がりました。朝から暑かったです。帰ると直ぐに汗を拭い、着替えました。また汗をかく季節になったのかなぁ😊。
この日の天気も快晴で、開花の遅れていた梅の花も一気に咲き誇ったでしょうし、HPでは五分咲きと出ていた旧嵯峨御所大覚寺門跡 大沢池の梅林に行くことにしました。
当時弘法大師空海は神護寺の現在の大師堂に住まわれてました。その空海は、度々山を降り嵯峨天皇が住む離宮嵯峨院に会いに来られたようです。嵯峨天皇と弘法大師空海がお茶を楽しまれてて、空海が神護寺に帰るとき、嵯峨天皇が別れを惜しんで作られたのが、この漢詩だそうです。漢詩は以下の通りです。
与海公飲茶送帰山一首(かいこうとちゃをのみやまにかえるをおくる)(空海と茶を飲みて山に帰るのを送る)
御製(ぎょせい)
道俗相分経数年(どうぞくあいわかれてすうねんをへたり)(僧と俗人相別れて数年を経たり)
今秋晤語亦良縁(こんしゅうごごするもまたりょうえん)(この秋打ち解け語り合えた事は良縁)
香茶酌罷日云暮(こうさくみやすみてひここにくれる)(茶を入れては飲むのをやめ日暮れる)
稽首傷離望畑烟(けいしゅしてわかれをいたみうんえんをのぞむ)(頭を低くたれて別れを惜しみ帰って行く雲烟を眺める)
天神社は菅原道真公を御祭神として祀られています。嵯峨天皇第(第52代天皇)が建立された離宮嵯峨院は清和天皇(第56代天皇)の勅許を得て、876年(貞観18年)に大覚寺が開祖され創建に当たり、清和天皇への上奏文を起草され仏法の興隆と衆生齊度のため僧俗2人の別当を置くよう進言されたのが菅原道真公です。また、道真公自身も大覚寺の俗別当(俗人の身分のまま寺院を統轄する責任者)を務められたと伝わります。
今日の最高気温は、24.0℃まで上がりました。朝から暑かったです。帰ると直ぐに汗を拭い、着替えました。また汗をかく季節になったのかなぁ😊。
この記事へのコメント
私もここを一周しました。
3月20日ですか、2週間ほど後とは明らかに少し印象が違います
冬から春への転換期といった渋さと重厚さを感じます。
梅林の方へは行きませんでしたが、この時はこちらが主役。
上品で美しいですね。
私も名古曽橋を渡りましたし、護摩堂や石仏群を眺めました。
こちらで追体験させていただきました。
以前は志納方式だった大沢池も、現在は有料エリアとなったので、気軽に散歩はできなくなりました。
その変わり、大沢池エリアは綺麗に整備されました。
名古曽橋も造られたりして、このあと桜の時期も行きましたが、さすがに人は多かったです。
ここは桜が圧倒時に綺麗です。