臨済宗妙心寺派 大本山 妙心寺塔頭 大法院「新緑露地庭園特別拝観」へ
妙心寺 退蔵院を出て次に向かったのが、臨済宗妙心寺派 大本山 妙心寺塔頭 大法院「新緑露地庭園特別拝観」でした。

9時24分に「山門」前に着きました。新緑の特別公開は、2024年(令和6年)4月24日(水)に来てました。
明日から5月。山門に「鯉のぼり」が架かってます。
入ると左手に「拝観受付所」があって、拝観料+茶券で1000円でしたね、昨年より200円値上げされてます。
「方丈(本堂)」に至る参道の「青モミジ」が美しいです。


奥に進むと「躑躅(ツツジ)」が咲き始めてました。GW頃に見頃になるでしょう。多分😊。
9時27分に「玄関」から上がりました。下駄箱を見ると、靴が1足あったので、先客は1名でしょう。

先ずは新緑の「露地庭園」の前で輿を降ろしました。ここでは拝観料に茶券が付いてくるので、お菓子を待つことに。
露地庭園は、茶道によって発生した庭園で実用と美を兼ねつつ作成される。飛石、延段(小石を集めて通り路にする)、垣、門、燈籠、蹲踞、袖擦の大木、腰掛け待合、蔀戸など適所に設けて構成されるが、一般の庭は見る丈のみにて実用としては無意味の場合が多いが、茶の庭は用と美をきびしく問われる。当院の庭は外露地、中露地、内露地の三段構成でまとめられ、客になった場合使用の段階で妙味を楽しむ。

「お菓子」は、妙心寺北門前にある「三河屋」さんのお饅頭です。「抹茶」と合わせていただきました。美味しかったです。
「仏間」には、「釈迦如来坐像」がご本尊で祀られています。このあとお参りさせて貰いました。


「客殿」の奥にも行ってみました。障壁画は、江戸初期の渡邊了慶作と書いてありました。狩野派の画家で、狩野光信門人の中でも狩野興以に次ぐ高弟の一人とされています。

空いている間に、茶室「有隣軒(ゆうりんけん)」を見学しました。内部は、立入禁止のため入れませんが、茶室内から庭園も見てみたいですね。
孔子の論語の出典に由来し有隣軒と名付けられているが「徳不レ孤必有隣」「徳は孤ならず必ず隣有り」に依っている。

茶室「有隣軒(ゆうりんけん)」を見て、お菓子もいただいので、新緑の露地庭園を見て行きます。




庭には降りることができません。紅葉と違い人が少ないので、のんびり新緑の庭園を鑑賞できて良かったです。




新緑の「青モミジ」が、これだけ綺麗と言うことは、紅葉も綺麗です。ここの庭園の紅葉は散りモミジが綺麗ですね。私は早々に出て行くことにしました。



参道を進み右手に「真田家と佐久間象山墓地参道」の入口があるので寄って行きます。

この参道脇に「牡丹(ポタン)」が咲いてました。2輪だけしか咲いていたので、少し物足り無かったです。

「千代の富士顕彰碑」に寄りました。大横綱・千代の富士は、仏心に篤かったそうで、現役引退後は九重部屋を継承し、大法院には厚い信仰があったようです。毎年紅葉の時期には多くの友人と集まり語り合ったそうです。
これより先が墓地です。真田家と佐久間象山の墓があるので、公開されています。
最初は「長姫(信之の孫・天祥院)の墓」です。この長姫(おさひめ)が、信之の遺命を受けてその菩提を弔うために、1662年(寛文2年)に開創したのが大法院でした。
「真田信之(大法院・信濃上田藩初代藩主、後に信濃松代藩初代藩主)の墓」です。この法名が寺名になりました。
「真田信吉(信之の子・上野沼田藩の第2代藩主)の墓」です。母は清音院殿(真田信綱の娘)でした。
こちらが「佐久間象山の墓」です。信濃松代藩の8代藩主・真田幸貫の儒臣であった縁でここで眠っています。

参道に戻る途中「レンゲ」が咲いてました。
こちらは「紫蘭(シラン)」かなぁ?。知らんけど😊。


帰りに「待合」に寄って見ると、ポスターが貼ってあって、よくよく見ると、あの金メダリストが来られてたんですね。
4月4日(金)妙心寺にて行われたイベントSNKRS STASHで使用された幕を大法院が貰われようです。来月5月5日の特別拝観まで貼って置かれるようです。東京とパリで金メダルを獲得された、スケートボードの堀米雄斗さんが来られたようです。

「山門」には、真田家の家紋「六文銭(ろくもんせん)」が残っています。9時54分に、ここを出て行きました。

帰りも「南総門」から出ました。この先に丸太町通りがあります。


10時10分に退蔵院の駐車場に戻り出て行きました。
妙心寺では「金澤翔子妙心寺展」を5月30日(金)〜6月15日(日)まで開催されるので、そのときに訪問したいです。今日は、ここだけで帰りました。
露地庭園は、茶道によって発生した庭園で実用と美を兼ねつつ作成される。飛石、延段(小石を集めて通り路にする)、垣、門、燈籠、蹲踞、袖擦の大木、腰掛け待合、蔀戸など適所に設けて構成されるが、一般の庭は見る丈のみにて実用としては無意味の場合が多いが、茶の庭は用と美をきびしく問われる。当院の庭は外露地、中露地、内露地の三段構成でまとめられ、客になった場合使用の段階で妙味を楽しむ。
孔子の論語の出典に由来し有隣軒と名付けられているが「徳不レ孤必有隣」「徳は孤ならず必ず隣有り」に依っている。
最初は「長姫(信之の孫・天祥院)の墓」です。この長姫(おさひめ)が、信之の遺命を受けてその菩提を弔うために、1662年(寛文2年)に開創したのが大法院でした。
「真田信之(大法院・信濃上田藩初代藩主、後に信濃松代藩初代藩主)の墓」です。この法名が寺名になりました。
「真田信吉(信之の子・上野沼田藩の第2代藩主)の墓」です。母は清音院殿(真田信綱の娘)でした。
こちらが「佐久間象山の墓」です。信濃松代藩の8代藩主・真田幸貫の儒臣であった縁でここで眠っています。
4月4日(金)妙心寺にて行われたイベントSNKRS STASHで使用された幕を大法院が貰われようです。来月5月5日の特別拝観まで貼って置かれるようです。東京とパリで金メダルを獲得された、スケートボードの堀米雄斗さんが来られたようです。
妙心寺では「金澤翔子妙心寺展」を5月30日(金)〜6月15日(日)まで開催されるので、そのときに訪問したいです。今日は、ここだけで帰りました。
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