加賀前田家ゆかりの寺院 大徳寺 興臨院「春の特別公開」へ

大徳寺 黄梅院で、興臨院との共通券を購入したので、お隣の龍源院をスルーして、通常非公開の大徳寺 興臨院春の特別公開」に向かいました。興臨院には、2020年(令和2年)9月15日(火)以来です。過去には、2012年(平成24年)10月13日(土)と、古くは2009年(平成21年)11月6日(金)に見事な紅葉を見てました。

興臨院は大徳寺の塔頭で、室町時代の後柏原天皇第(104代天皇)の御代である大永年間(1521~28)に、能登の畠山義総(よしふさ)が第八十六世小渓紹怤(しょうけいじょうふ)和尚のちの仏智大通(ぶっちだいつう)禅師を開祖として建立したといわれ、自らの法名「興臨院殿伝翁徳胤大居士」を寺号とした。方丈・唐文・表門そして所蔵の椿尾長鳥模様堆朱盆は重要文化財である。方丈は創建後に火災にあったが、1533年(天文2年)に再建されたらしく、さらに畠山氏衰微ののち、天正年間(1573~92)、前田利家によって屋根の葺き替えなどの改修が行われ、それ以後、前田家の菩提寺となった。方丈玄関の唐門は室町時代の禅宗様式を見事にあらわしており、表門も創建当初のもので「興臨院の古文」として有名である。一方、バイタラ樹の名木がある枯山水の庭や茶席「涵虚亭(かんきょてい)」の趣きが深い。なお、墓地には畠山家歴代の墓や久我大納言夫妻の墓など、当院ゆかりの人々の墓も多くある。本堂前の方丈庭園は「昭和の小堀遠州」と称される作庭家の中根金作によって復元された。例年5月から枯山水庭園にサツキやツツジが咲き誇る。

この興臨院も、黄梅院と同様に、4月30日(水)にNHK京都京いちにち」で、黄梅院とともに興臨院のことを紹介されたからです。案内された方は、庭園デザイナーの烏賀陽百合さんで、ここも庭園鑑賞のポイントを教えて貰ってます😊。

IMG_0698.jpgIMG_0699.jpg10時26分に「表門」(重文)前にある臨時の拝観受付所で共通券を出し、入りました。拝観料は800円ですが、共通券のため700円で済みました。

IMG_0700.jpg案内で、奥の「唐門」から入って下さいと案内がありました。そこに至る参道の青モミジが大変綺麗です。

IMG_0701.jpgIMG_0702.jpgIMG_0748.jpg2020年(令和2年)9月15日(火)の「秋の特別公開」では、「庫裏」に拝観受付所がありました。今日は入れません。

IMG_0703.jpgこの「唐門」も重要文化財に指定されています。平唐門、檜皮葺、一間一戸。室町時代の特徴をよく表し、波形の連子窓、客持の花頭窓は禅宗様式を表してて、大徳寺山内でも有数の古い門です。

余談ですが、先の表門と唐門、そして後で上がる本堂は、1975年(昭和50年)より3年間をかけて解体修復工事がなされました。それと同時に庫裏は新築されました。

IMG_0746.jpg先の庭園デザイナーの烏賀陽百合さんが勧められてた「花頭窓」を通して庭を見ました。理由は、額縁効果を伴って、庭を一段と綺麗に見えからと。

IMG_8851.jpg重要文化財に指定されている「方丈(本堂)」です。今日は人やガイドさんが居るので、全景写真が撮れなかったので、過去の写真を使いました。

方丈は、創建当初に直ぐに焼失し、1533年(天文2年)頃に建てられたもので、室町時代の禅宗建築の代表作。優美や檜皮葺の屋根は低めに作られ安定感を見せており、内部は簡素で素朴な造りである。

IMG_0747.jpgここで靴を下駄箱に入れ上がります。「方丈(本堂)」にはガイドさんがスタンバイされてて簡単に説明を聞くことができますが、私はスルーしました。

IMG_0744.jpg庭園はあとで見ることにして、撮影禁止の室内を見て行きます。向かって左から「礼の間」、「室中の間」、「檀那の間」とあって、襖絵を見られました。

由緒によると、江戸時代の郡林泉名勝図絵によると、「室中の間」には狩野元信の水墨画「山水」、「礼の間」には狩野元信の彩色「花鳥麝香猫」、「檀那の間」には、土佐光信の彩色韃旦人の「風俗画」と記載されているが、幕末から明治維新にかけての動乱により失われた。現在の障壁画は、福岡県久留米市の水墨画家、村石米齋(むらいしべいさい)に描き、1995年(平成7年)7月に納められたもの。「礼の間」には、「葡萄図」が描いてあって、葡萄の木の下で佇む動物が微笑ましく描いてある。「室中の間」には「夏景山水図」が、左側が山口県の青海島、右側が頤和園(古代中国の歴代の皇帝離宮)が、「檀那の間」は「寒山拾得図」が描いてあって、伝説的な僧である寒山と拾得が暮らしていた蓬莱世界を表している。方丈裏の「書院の間」には、日本で最初に作られた「床の間」がある。

IMG_0721.jpg「室中の間」奥の仏間には、開祖の「小渓紹怤(しょうけいじょうふ)禅師像」を中央に、左手に「釈迦如来像」が祀られています。なお、ここの内部で手を叩けば響く「響き天井」となってますが、入室はできません。

IMG_0704.jpgIMG_0705.jpgIMG_0706.jpgそして、いよいよ「方丈前庭」を見ます。今日は雲一つない晴天で青空が広がっています。白砂に青空が映えます。それでは詳しく見て行きます。

方丈前庭は、昭和の小堀遠州とたたえられる名作庭家である中根金作によって江戸期の「都林泉名勝図絵(みやこりんせんめいしょうずえ)」をもとに、1975年(昭和50年)に復元されたもの。中国の天台山・国清寺の石橋を模して、大石や松をあしらった枯山水庭園。不老不死の神や仙人が住むという蓬莱山を表した、豪放な石組みが特徴の庭園。

IMG_0722.jpg先ず、庭園の左手の苔の築山を「蓬莱山」と見立ています。蓬莱山は不老不死の仙人が住む中国の理想郷。蓬莱山から水が流れてくる。その水の流れが分かるのが、高い位置にある石橋?。

IMG_0724.jpgこの「石橋」高い位置にあります。普通は低いにあるもので、何故石橋が高いところにあるかは?。

深山幽谷(しんざんゆうこく)」の景色を表し深い谷のように見せてます。この石橋の下を轟々と水が流れていることを連想されてくれます。高い位置にある石橋が浮いているように見えるは、両側にある大きな石に石橋は架かっていません。そのカラクリは人から見えない(正面から)所に、別の石が支えているから😊。

IMG_0723.jpgこの庭園では、石と石の間に植物(サツキ)が植え込まれています。これは中根金作さんが良く用いる手法です😊。

石だけの景色より植物が入ることで柔らかい景色となり、石の硬さと植物の柔らかさの絶妙なバランスが良くできている庭園です。次に「方丈(本堂)」の西側に回り込みます。

IMG_0707.jpgIMG_0708.jpgIMG_0710.jpg最初に「爪塚」、次に「琴心塔」を目にします。琴で使う爪などを供養するためだそうです。

IMG_0712.jpg興臨院境内の西北角に「鎮守社」があります。表門前の由緒に書いてあった「バイタラ樹の名木(多羅葉樹)」、帰ってから探したら写真に写ってませんでした。

IMG_8834.jpg古い写真ですが、鎮守社の前にある細い木が「貝多羅(ばいたら)の木」だそうです。古代インドで経文を書いたと言われるヤシ科の樹木のようですね。葉の裏に傷をつけて文字が書ける、多羅葉は葉書の語源の元となったことから「郵便局の木」とも呼ばれます。

IMG_0711.jpgIMG_0714.jpg方丈(本堂)」北北側に来ました。こちらも苔が綺麗な庭園です。

IMG_0715.jpg方丈裏の「書院の間」だけ開いてました。「鷹猿図」(徳美友僊)だけ展示してありました。

IMG_0717.jpgIMG_0718.jpg興臨院境内の東北には茶室涵虚亭(かんきょてい)」があって、こちらは見学できます。

IMG_0719.jpgIMG_0720.jpgIMG_0731.jpg遠くから聞こえて来る賑やかな・・・どうも茶室内から聞こえてきます。理由は行ったら分かりました。その前に露地庭園を見てみます。

IMG_0729.jpg茶室「涵虚亭(かんきょてい)」の茶室に付随した露地庭園にある「手水鉢」。お寺の方が生けられた花が飾ってあります。この花は興臨院で咲いていたものだそうです。

IMG_0730.jpgIMG_0732.jpg禅宗寺院には珍しい、美しい苔と水の流れがある「露地庭園」です。前途した庭園デザイナーの烏賀陽百合さんに教えて貰ったポイントでした。

IMG_0734.jpgこちらは茶室「涵虚亭(かんきょてい)」の「待合」でしょう。茶室内は撮影禁止です。

IMG_0733.jpgIMG_8861.jpgIMG_8862.jpgここにフランスから来られた外国人観光客の皆さんがガイドさんの話しを聞かれてました。それで今回は写真ありません。古いのを使いました。

茶室「涵虚亭(かんきょてい)」は、茶人の古田織部好みの四畳台目に隅板(すみいた)を加えた造りで、特徴は、袖壁が出ているために洞のように見える「洞床(ほらどこ)」と呼ばれる床の間で奥に空間がある、間口よりも奥の方が広くなっている。涵虚亭の名は、中国・北宋時代の詩人である蘇東坡(そうとば)の詩から名付けられている。

IMG_0736.jpgこの部屋から見て、突き当たりの左手が茶室「涵虚亭(かんきょてい)」があります。このテーブル何気なく置いてありますが・・・?。

IMG_0739.jpgIMG_0738.jpgIMG_0737.jpgテーブルリフレクション(反射)」用に置いてあったのかなぁ。とりあえず撮ってみました。

IMG_0727.jpgこの先に見えているのが「庫裏」の玄関です。ここから入ったとも思い行ってみると靴が・・・無い?。

勘違いでした。一瞬焦りましたね、靴を間違えて持っていかれと・・・と言うのも、何年か前に、本当に間違えて持って行かれたから。私の靴のサイズは小さいです。後を追いかけて探したら、外国人観光客が持ってました。大柄な海外の方が私の靴を履ける訳ないのに。それで思い出して、唐門に向かいました😉。

IMG_0745.jpg10時44分に「唐門」から出ました。特別公開で外国人観光客を見かけるのは少ないです。大徳寺にも来られるようになりましたね。

IMG_0771.jpgここを出る前に、表門を入って先にある苔を撮りました。受付の方に教えて貰った「珍しい苔が咲いてます」と。珍しい苔の花でした。

今日は、墓地の公開は無かったです。畠山家が衰退し、後に前田利家によって屋根の葺き替え工事が行われ、それによって畠山家に加え前田家の菩提寺となりました。本堂には畠山家と前田家の位牌も祀られていたようです。

IMG_0752.jpgIMG_0753.jpg興臨院を出て、大徳寺の「三門」を通りました。金毛閣と呼ばれる三門に上がってみたいです。

大徳寺駐車場に戻り、早々に精算し出て行きました。8時44分~10時50分で500円です。ここは昼間最大で500円と書いてありました。

IMG_0762.jpg帰りに寄った「くら寿司 金閣寺店」です。11時前に着いたので、私で2番目でした。お皿は6枚ぐらいかなぁ、若い頃に比べて随分減りました。

ここを出るとき、外国人観光客の団体さんが入って来られました。金閣寺が海外の方に大人気なんで。早く来て良かったです。今日は、これで帰りました。

この記事へのコメント

2025年06月13日 22:00
大徳寺の黄梅院も興臨院も素敵ですね。
織田家ゆかりの寺院だったのが、秀吉と利休の交流の場にもなっていったような。その中で前田家の菩提寺にも。
そんな歴史の変遷の面影を感じさせてくれますね。
庭園と青モミジも彩りもとても綺麗です。そこに所々、赤くなった木もあるのがお洒落だなと感じます。意図的に植栽しているのでしょうね。
更に、華頭窓や苔やリフレクションテーブル、などなど、憎い演出がいくつもあるなと感じました。
壬生里
2025年06月16日 05:26
ミクミティさんへコメントありがとうございます。

興臨院の庭にはサツキが咲くそうで、もう一度行ってみようと思ってましたが、行けませんでした。紅葉も大変綺麗なんですか、その時は混雑するので。
テレビの庭園デザイナーが庭園の見所を話されているのを見たので、行ってみました。
やっぱり説明を聞いてから庭園を見るのは違ってましたね、素人では気づかなかったです。