旧嵯峨御所 大本山 大覚寺「正寝殿特別拝観」へ
旧嵯峨御所 大本山 大覚寺では、6月21日(土)から大覚寺寺号勅許開祖1150年特別事業「正寝殿特別公開」が始まりました。期間は、8月3日(日)までで、9時~16時50分(16時30分受付終了)、 拝観料は500円 とありました。
通常非公開の正寝殿の特別公開ですが、2020年(令和2年)3月16日(月)から通常非公開となりましたが、それまでは普通に見られました。私が最後に正寝殿に入ったのは、2020年(令和2年)3月13日(金)でした。

6月23日(月)の8時57分に大覚寺に着きました。この時、傘は持参してきましたが、まだ雨は降ってません。
天気予報を見ても雨が降りそうで、ウェザーニュースの雨雲レーダを見ると、9時40分頃から土砂降りになりそうな豪雨予想も出ていたので、急いで見て、急いで帰ることになりそうです。何度も来ている大覚寺ですので、目的は正寝殿だけです。あとはあっさり見るつもりにしてましたが、さて?。

この「御殿川(ごてんがわ)」では、時代劇の必殺シリーズなどで、度々使われます😊。この下を役者さんが走られてましたね、水しぶきをあげて。

お堂エリアの拝観入口にある「総門」に8時58分に入りました。このお隣には「明智門」があって、現在放送中のNHK「大岡越前8」では毎回必ず映ります。

お堂エリアの拝観は、この「玄関」から入ります。靴は下駄箱に預けても良いし、大沢池エリアに行く場合は袋に入れて持ち歩いた方が良いです。私は袋に入れました。
拝観料は500円、正寝殿の特別拝観料は500円、計1000円を納め堂内に入りました。
この部屋は「大玄関 松の間」で障壁画は狩野永徳で複製です。そこには輿が展示されてて、輿(九曜菊紋入)は後宇多法皇が使用されたとあります。
以前、通常拝観されていた時と違って、ここから正寝殿に向かうようです。その先の左手に受付があって、チケットを見せ中へ。
ここから「正寝殿」に入ります。予想通りと言うか、ここから先は写真撮影禁止と書いてあって残念です。
ここを出るまで写真は撮れませんが、2020年(令和2年)3月13日(金)以前には、自由に写真撮れていたので残っています。
拝観ルートは決められていて、そのルート通り見て行きます。正寝殿内の「南狭屋の間」には監視のためでしょうね座られてました。
重要文化財に指定されている正寝殿は、12の部屋をもつ書院造り。南北に3列の部屋が配置され、東列は、「剣璽の間」「御冠の間」「紅葉の間」「竹の間」、中央列は、「雪の間」「鷹の間」、西列は「山水の間」「聖人の間」を並べ、その南と東に狭屋の間を配置する。上段の間は後宇多法皇(第91代天皇)が院政を執った部屋で、執務の際は御冠を傍らに置いたことから、「御冠の間」と呼ばれている。南北朝媾和会議が、ここで行われました。南朝の拠点大覚寺で、南朝が大覚寺統と言われるように、「御冠の間」で南朝の後亀山天皇(第99代天皇、および南朝第4代天皇)が北朝の後小松天皇(第100代天皇および北朝第6代天皇)に剣璽を譲って、半世紀にわたり繰り広げられた内乱が治められた。剣璽というのは、三種の神器のうちの剣と玉璽のことです。
正寝殿の東側から入って、「東狭屋の間」を通って、南側に出ます。この日は全ての障子が取り払われてました。
手前から「竹の間」「紅葉の間」「御冠の間」と並んでいます。通常拝観の時は「南狭屋の間」から見るだけでしたが、今日は内部に入れます。一方通行で真ん中に仕切りがありました。
今日、初めて奥の部屋を覗くことがでました。内部には入れません。上段の間は後宇多法皇が院政を執った部屋で、執務の際は御冠を傍らに置いたことから、「御冠の間」と呼ばれています。今日も向かって左に置いてありました。この部屋の障壁画は、狩野山楽の墨絵です。
今日、拝観ルートを貰ったので初めて知りました。御冠の間の奥に「剣璽の間」があったですね、非公開で見られませんが、ここで三種の神器のうちの剣と玉璽(天皇の印鑑)が置かれた部屋のようです。
次に「鷹の間」に移動します。狩野山楽による水墨画の襖絵「松鷹図」で知られて、巨大な松の木と勇猛な鷹が描かれいました。
常時拝観のときは、この部屋には金屏風が常にありました。この日は無かったので、奥の襖絵まで綺麗に見えました。この部屋の奥には非公開の「雪の間」があるようです。

最後が「賢人の間」です。この部屋の西側にある扉から外に出ていくコースになってました。
「南狭屋の間」の西の突き当たりにある杉戸絵です。以前はここから出ました。
この「賢人の間」の奥には「山水の間」があるようですが非公開です。10時から僧侶による案内があったようですが、知りませんでした。2020年(令和2年)3月13日(金)以来でしたが、写真が残っていたので、ほぼ覚えてました。特別公開は8月3日(日)で、大変暑いでしょうけど、もう一度行くかも知れません。あまりにも暑かったら行かないです。


通常拝観に戻りました。何度も来ているので、このまま帰ったら・・・と後で思いましたが、まだ目的が、一つ残っていたので。先ずは「宸殿」から。


後水尾天皇(第108代天皇)に入内した江戸幕府2代将軍秀忠の娘東福門院和子(まさこ)が、女御御殿として使用していたもので、最初に見る部屋は、「牡丹の間」で狩野山楽筆。襖絵は複製です。
こちらは、「松の間」。襖絵は狩野永徳によって描かれたもので、複製です。それより俄に空模様が・・・。
ウェザーニュースの天気予報より早く、天気が崩れそうな黒い雲に冷たい風が吹き抜けて・・・。

「宸殿」の裏手に入りました。最初は「鶴の間」から。襖絵は、狩野山楽筆で複製です。次に西に移動します。


「紅梅の間」です。襖絵13面は「紅梅図」(重要文化財)が描かれています。先の正寝殿で案内したとおり、こちらに金屏風がありました。
今日、特別公開されている「正寝殿」を宸殿から見ています。見た通り今日は空いているように思います。

余談ですが、玄関を入って直ぐにスリッパが用意されてて、それを使いました。もしスリッパが無ければ帰りに酷いことになってましたね。それは後程。この「村雨の廊下」を通って「心経前殿(御影堂)」に向かいます。
通常拝観で「正寝殿」を見られた時は、ここから向かいました。今日もここから入るものと思ってましたね。


「心経前殿(御影堂)」に入ってお参りしました。堂内の撮影は禁止です。ここで、ついに雷が鳴り出しました、そして・・・?。
奥に「勅使門」、手前が「石舞台」です。そして雨がポツポツと降り出してきました。予報より早い・・・。
「心経前殿(御影堂)」から見た「御霊殿(安井堂)」です。ここに入ってお参りしていると、ついに雨が土砂降りに・・・。

「五大堂」まで来ました。この中に納経所があって正寝殿特別公開の御朱印が、ここでいただけるので来た訳です。
これが無かったら正寝殿に入って直ぐに、大覚寺を出たからも知れません。それほど外は雷と豪雨がやって来ました。


「五大堂」の「観月台」に来て見ると、大沢池に激しい雨が降ってます。視界も悪いし、何より雷が凄いです。
「五大堂」から見た「宸殿」です。雨も風も酷く、歩いて来た廊下もびしょ濡れでスリッパが無いと歩けないほど。
「御霊殿(安井堂)」から見た「心経前殿(御影堂)」です。さすがに、この雨降りでは来る人少ないでしょう。
カメラに雨が写るほどの豪雨です。このとき京都市に大雨警報が発令されました。
次に向かったのが、「心経殿(勅封心経殿)」です。ここは60年に一度開扉され、前回開いた2018年(平成30年)10月19日(金)に「勅封般若心経戊戌開封法会」に行かさせて貰いました。

出口の玄関まで戻る途中で「正寝殿」への入口を撮りました。ここから入って、西側に出てるこコースです。
せめて雨が小雨になるのを休憩所で待ってました。スマホの雨雲レーダーを見ると、この先1時間程度は止みそう出なかったのでバスで帰ることにしました。
バスの時間が迫っていたので、大覚寺から急いでバス停に行き、予定していた市バスに乗りました。大覚寺からバスで帰るのは、多分初めてでしょうね。それほどの雨と雷でした。
気象台によると、京都府は大気の状態が非常に不安定となって午前9時半ごろから激しい雨が降り、1時間雨量は京都府で30㍉と予報されてました。
通常非公開の正寝殿の特別公開ですが、2020年(令和2年)3月16日(月)から通常非公開となりましたが、それまでは普通に見られました。私が最後に正寝殿に入ったのは、2020年(令和2年)3月13日(金)でした。
天気予報を見ても雨が降りそうで、ウェザーニュースの雨雲レーダを見ると、9時40分頃から土砂降りになりそうな豪雨予想も出ていたので、急いで見て、急いで帰ることになりそうです。何度も来ている大覚寺ですので、目的は正寝殿だけです。あとはあっさり見るつもりにしてましたが、さて?。
拝観料は500円、正寝殿の特別拝観料は500円、計1000円を納め堂内に入りました。
ここを出るまで写真は撮れませんが、2020年(令和2年)3月13日(金)以前には、自由に写真撮れていたので残っています。
拝観ルートは決められていて、そのルート通り見て行きます。正寝殿内の「南狭屋の間」には監視のためでしょうね座られてました。
重要文化財に指定されている正寝殿は、12の部屋をもつ書院造り。南北に3列の部屋が配置され、東列は、「剣璽の間」「御冠の間」「紅葉の間」「竹の間」、中央列は、「雪の間」「鷹の間」、西列は「山水の間」「聖人の間」を並べ、その南と東に狭屋の間を配置する。上段の間は後宇多法皇(第91代天皇)が院政を執った部屋で、執務の際は御冠を傍らに置いたことから、「御冠の間」と呼ばれている。南北朝媾和会議が、ここで行われました。南朝の拠点大覚寺で、南朝が大覚寺統と言われるように、「御冠の間」で南朝の後亀山天皇(第99代天皇、および南朝第4代天皇)が北朝の後小松天皇(第100代天皇および北朝第6代天皇)に剣璽を譲って、半世紀にわたり繰り広げられた内乱が治められた。剣璽というのは、三種の神器のうちの剣と玉璽のことです。
今日、拝観ルートを貰ったので初めて知りました。御冠の間の奥に「剣璽の間」があったですね、非公開で見られませんが、ここで三種の神器のうちの剣と玉璽(天皇の印鑑)が置かれた部屋のようです。
常時拝観のときは、この部屋には金屏風が常にありました。この日は無かったので、奥の襖絵まで綺麗に見えました。この部屋の奥には非公開の「雪の間」があるようです。
「南狭屋の間」の西の突き当たりにある杉戸絵です。以前はここから出ました。
この「賢人の間」の奥には「山水の間」があるようですが非公開です。10時から僧侶による案内があったようですが、知りませんでした。2020年(令和2年)3月13日(金)以来でしたが、写真が残っていたので、ほぼ覚えてました。特別公開は8月3日(日)で、大変暑いでしょうけど、もう一度行くかも知れません。あまりにも暑かったら行かないです。
これが無かったら正寝殿に入って直ぐに、大覚寺を出たからも知れません。それほど外は雷と豪雨がやって来ました。
バスの時間が迫っていたので、大覚寺から急いでバス停に行き、予定していた市バスに乗りました。大覚寺からバスで帰るのは、多分初めてでしょうね。それほどの雨と雷でした。
気象台によると、京都府は大気の状態が非常に不安定となって午前9時半ごろから激しい雨が降り、1時間雨量は京都府で30㍉と予報されてました。
この記事へのコメント
最近観光客が増えて、対応が大変になったからかも
知れませんが、今まで普通に見学出来て、
普通に撮影できた所がそうで無くなるのは、
ちょっと残念な気もしますね。
でも、特別公開の御朱印が戴けたのは、
何よりという気がします。雨に雷も加わって、
大変な思いをされたと思いますけど、観月台から
大沢の池が雨に打たれる景色を眺めるのも、
かなり珍しい体験だったんじゃ無いでしょうか。
今回は「正寝殿特別公開」でしたか。これも素晴らしいです。
本当にかつての高貴な部屋の中枢に入っていくイメージです。
特別な体験ですね。もちろん、もう何度かご覧になっていると思いますが、何度見てもいいのではないですか。私は正宸殿の外観だけを見ました。
それにしても、これを維持して行くのも大変ですよね。
「観月台」もびしょ濡れで大沢池も霞んでいますね。
天気によって違った趣を感じます。
大覚寺は、比較的外国人観光客の皆さん少ないです。私の個人的感想ですが。
正寝殿も、数年前までは普通に見られたですが、特別公開されたので、久しぶりに見に来たわけです。
写真撮影は禁止されてましたが、通常拝観のときは普通に撮れてました。10時~僧侶の方の案内があったようですが、この時は知らなかったです。機会があれば僧侶の方の話し聞きたいので行くかもです。ただ、最近は暑すぎで出掛ける気がおこらないですね。
大覚寺は歩いて行ける距離なんで。( ^_^)
それでも、帰りは雷雨による土砂降りのためバスに乗りました。
正寝殿の特別公開を発表されたときから行ってみようとは思ってました。数年前まで通常拝観されていたので、特別拝観の料金が要るのは納得しがたいものがありますが。
行ってみて、そんなに忘れて無かったですね、通常拝観のときは写真が撮れたので、それを見てから行きました。
それにしても、凄い豪雨に見舞われました。ゲリラ豪雨に初めて出会ったかなぁ・・・?