嵯峨嵐山文華館「京都の巨匠・木島櫻谷 画三昧の生涯」へ
6月27日(金)に天龍寺曹源池庭園に行ったあと高温が続き、6月29日(日)には最高気温が36.2℃と猛暑日を記録。翌日の6月30日(月)の最高気温の予想は37℃でした。まだ6月なんですけど、梅雨が明けて天気も良いので夜が明けてからも暑かったです。それもそうで最低気温が25.4℃と熱帯夜だったようです。6月で5回も熱帯夜を記録するのは異常でしょう。
6月30日(月)の京都新聞によると正午で35.2℃まで上がり、早々に猛暑日に。6月として京都市でこれまでの1位だったのは37・2℃だったようです。これを超えるかもと15時のニュースでは言ってもしたが、結果は最高気温は36.8℃止まりで記録更新にはならなかったようです。
この日はレストランを予約してて、まさか予約したとき、こんなに暑くなるとは思わなかったと言うより想像もしてなかったです。そのため、熱中症を警戒して、車で行くことにしました。レストランにも駐車場はありますが、天龍寺の駐車場に止めました。車を止めて先ずは天龍寺での用事を済ませます。そして再び車に戻って、水分を持参して目的地に向かうことに・・・。
天龍寺に入り、前途したとおり所用を済ませ10時31分に天龍寺「法堂」前に車を止めました。
天龍寺から歩いて宝厳院の前をとおり嵯峨嵐山文華館に着きました。当初から時間が早かったら入ってみるつもりでしたし、時間が10時34分と早かったので。

レストランは11時から予約していて、まだ時間が早かったので、入ることにしました・・・と言うよりあまりにも暑いので室内に入りたかったが本音かも。
事前に調べてて、嵯峨嵐山文華館では、7月6日(日)まで京都の巨匠・木島櫻谷 画三昧の生涯展が開催中でした。入館料は1000円でしたが、JAFの会員証を見せると100円引きとなりました。

最初は1階から見て行きます。入る前に写真撮影の有無は確認しています。写真撮るつもり無かったけど、驚いたことに誰も居ません。
第1章 衣笠絵描き村の画家たち
「山水図屏風」(1910~20)、墨一色で表現された雄大な山水画で、木島櫻谷壮年期の作品。
こちらは木島櫻谷が外出時に使用していたとみられる遺愛の品です。「トランク」、「帽子」、「懐中時計」、「時刻表」、「矢立(2種)」、「御朱印帳」。
右から「嵐山桜花」「下鴨杜鵑(ほととぎす)」「平等院紅葉」「修学院雪朝(せっちょう)」、1902年(明治35年)頃の作品。作者は菊池芳文(きくちほうぶん)(1862~1918)。
右、「在五中将」(在原業平)は菊池契月(きくちけいげつ)(1879~1955)の作品、左、「鶏頭花(けいとうか)」、作者は土田麦僊(つちだばくせん)(1887~1936)。
右、「牡丹の園」、作者は村上華岳(むらかみかがく)(1888~1939)。左、「鳥流玄泳(ちょうりゅうげんえい)」で堂本印象(どうもといんしょう)(1891~1975)作。
右、「比叡」で小野竹喬(おのちっきょう)(1889~1979)の作。中、「若鮎」で、福田平八郎(1892~1974)の作。左、「鶺鴒(せきれい)」で金島桂華(かなしまけいか)(1892~1974)の作。
「雪中之兔(せっちゅうのうさぎ)」で木島櫻谷が大正時代(1910~20)に描いた作品。
ここでは、中の2作品は撮影禁止とあったので撮りません。左の「鯉」は、徳岡神泉(とくおかしんせん)(1896~1972)の作品。
左の「晨(しん)」は、山口華楊(やまぐちかよう)(1899~1984)の作品。晨とは、夜明けを意味する言葉だそうです。

1階の残りは「百人一首ヒストリー」があります。常設展示のためスルーしても良かったですが・・・。

こちらは、一部だけ😊。歌番号1番は天智天皇「秋の田 のかりほの庵の 苫をあらみ 我が衣手は 露にぬれつつ」。
歌番号9は小野小町「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」。
このあと1階から2階へ上がります。ここから靴を下駄箱に預けることに。

2階に上がっても誰も居なかったです。ここには「レストラン・カフェ」が併設されてて、そこには外国人観光客の皆さん多数居ましたね。
第2章 画三昧の生涯


「松風屏風」は、木島櫻谷が明治時代(1890~1910)頃に画いた作品。謡曲「高砂」に出てくる松と紹介されてました。

右、「布袋」は木島櫻谷が1906年(明治39年)の作品。左、「馬図」は、木島櫻谷が1907年(明治40年)の作品。
右、「竹の子」は木島櫻谷が大正時代の(1910~20)頃の作品。左、「舞燕之図(まえんのず)」は木島櫻谷が大正時代の(1910~20)頃の作品。
右、「紅葉小禽之図(こうようしょうきんのず)」は木島櫻谷が大正時代の(1910~20)頃の作品。「松鶴図((しょうかくず)」は木島櫻谷が大正時代の(1910~20)頃の作品。

「鴉群飛図(ぬぐんひず)」は、木島櫻谷が明治時代(1890~1910)頃の作品。鮮烈な色の対比が印象的と紹介されてました。

右、「菫詩画賛(すみれしがさん)」は、木島櫻谷が大正~昭和の頃の作品。中、「菫詩画賛」は、木島櫻谷が大正~昭和の頃の作品。左、「月下竹林(げっかちくりん)」は、木島櫻谷が大正時代(1910~20)頃の作品。
右、「新緑」は、木島櫻谷が大正から昭和(1910~30)頃の作品。中、「新緑渓流釣之図(しんりょくけいりゅうづりのず)」は、木島櫻谷が昭和時代(1920~30)頃の作品。左、「賀茂」は木島櫻谷が大正時代(1910~20)頃の作品。


この展覧会最後の作品です。「細雨・落葉」で、木島櫻谷が1905年(明治38年)の作品でした。案内には、詩歌に春雨、猿に秋風と書いてありました。


この2階から大堰川が見えます。こんなに暑いのに、多くの外国人観光客の皆さんが歩かれています。
時計を見ると10時52分になってました。予約しているレストランは隣です。ここに入って涼しかったので汗も引いたので、向かうことにします。7月下旬から8月上旬なら、この高温も納得なんですけど、まだ6月です。例年なら梅雨の長雨の季節ですが、既に明けてしまって、この先、どれぐらい高温が続くのか心配になります。
6月30日(月)の京都新聞によると正午で35.2℃まで上がり、早々に猛暑日に。6月として京都市でこれまでの1位だったのは37・2℃だったようです。これを超えるかもと15時のニュースでは言ってもしたが、結果は最高気温は36.8℃止まりで記録更新にはならなかったようです。
この日はレストランを予約してて、まさか予約したとき、こんなに暑くなるとは思わなかったと言うより想像もしてなかったです。そのため、熱中症を警戒して、車で行くことにしました。レストランにも駐車場はありますが、天龍寺の駐車場に止めました。車を止めて先ずは天龍寺での用事を済ませます。そして再び車に戻って、水分を持参して目的地に向かうことに・・・。
天龍寺から歩いて宝厳院の前をとおり嵯峨嵐山文華館に着きました。当初から時間が早かったら入ってみるつもりでしたし、時間が10時34分と早かったので。
事前に調べてて、嵯峨嵐山文華館では、7月6日(日)まで京都の巨匠・木島櫻谷 画三昧の生涯展が開催中でした。入館料は1000円でしたが、JAFの会員証を見せると100円引きとなりました。
第1章 衣笠絵描き村の画家たち
第2章 画三昧の生涯
時計を見ると10時52分になってました。予約しているレストランは隣です。ここに入って涼しかったので汗も引いたので、向かうことにします。7月下旬から8月上旬なら、この高温も納得なんですけど、まだ6月です。例年なら梅雨の長雨の季節ですが、既に明けてしまって、この先、どれぐらい高温が続くのか心配になります。
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