妙心寺塔頭 天球院「方丈・書院の特別公開」へ

7月17日(木)は、毎年恒例の祇園祭(前祭)のハイライトとなる「山鉾巡行」が行われます。午前9時頃に先頭の長刀鉾が出発しましたが、今日は、あいにくの大雨となりました。動く美術館と言われる、各山鉾にはビニールシートで懸装品を覆って「雨仕様」での巡行となりました。

この日は5月頃に予約した、妙心寺塔頭 天球院方丈・書院の特別公開」に行きました。時間は8時30分からで、僧侶の方の案内のもと、方丈の障壁画や書院から見る庭園を鑑賞します。ただ、この日が前途したとおり、このような大雨になるとは想像もしてなかったです。気温は、このところの猛暑日からは解放されるでしょうけど、雨のため湿気が多くて大変蒸し暑かったです。

この僧侶による特別拝観には、絵はがき付で、定員は20名。8時30分~、10時00分~、17時00分~は平日限定。8時30分~、17時00分~は、土・休日限定で、開催日は、JR東海のEX旅のHPで要確認です(毎日は実施されてません)。期間は8月31日(日)まで。この僧侶による特別拝観の特典は、通常は廊下側しか見られない障壁画が室内に入って鑑賞できる。また、書院に入って綺麗な庭園を見られる。拝観料は2500円でした。

この他に自由拝観プランがあって、この場合は書院には入れません。そして方丈の室内にも入れません。僧侶による案内も無しです。時間は11時00分~15時00分までで自由な時間に入れて、設定日は土・休日限定です。拝観料は1000円でした。こちらも8月31日(日)までの日程で、各日200名となってました。

私は、天球院には、2013年(平成25年)5月25日(土)2016年(平成28年)11月21日(月)の特別公開に来てますが、書院の存在すら知らなかったです。それならと僧侶による「ご案内付きプラン」を選んだわけです。ただ大雨は余計でしたね😒。余談ですが、この日は、降り始めてから16時までの雨量が90.5㍉を記録したそうです。

IMG_4132.jpg8時10分に「妙心寺 第一駐車場」に車を入れました。ご覧のように写真でも分かるぐらの雨が降っています。

IMG_4133.jpgトイレを済ませてから行ったので、「山門」前に8時26分着きました。誰も居ませんが、トイレに行く前にお二人ほど待たれていたのは知ってました。先に入られたようです。

IMG_4134.jpgIMG_4135.jpg門は押したら開いたので、正面の「唐風玄関」まで向かうと、JR東海の方が出てこられ名前を言うと中に案内して貰いました。

天球院の方丈ならびに唐風玄関は、江戸時代禅宗寺院の方丈造の典型として障壁画と共に重要文化財に指定されています。

IMG_4205.jpgIMG_4206.jpg土砂降りで、ようやく建物中に入れました。傘を置き先ずは「花頭窓」を撮りました。濡れた服を拭い、僧侶(ご住職)の方より案内が始まるようで靴を脱いであがりました。

IMG_4204a.jpgIMG_4137.jpg上がると、先に門の前に待たれていたお二人と、私らで3組が参加でした。先のご住職さんより、「あと二組4名が来られるので少し待ってください」と。私は先に写真を撮りに行きました。

IMG_4138.jpgIMG_4139.jpgIMG_4140.jpgIMG_4141.jpg室内の写真はNGで、主に庭園を撮りました。それにしても凄い雨です。ますます強く降ってきました。結局、この大雨で後の方はキャンセルされたようで、3組だけで案内が始まりました。

天球院は、臨済宗妙心寺派に属する禅寺である。岡山藩主池田光政(みつまさ)光仲兄弟が、池田信輝(恒興)3女で大伯母にあたる天久院のために、1631年(寛永8年)から1635年(寛永12年)かけて建立した寺院で、開山は、兼ねてより帰依していた鳥取にある龍峰寺(りゅうほうじ)の第3世江山景巴(こうざんけいは)和尚である。天久院が天球院と改名したのは、この寺の建立のとき、地中から球が堀り出されたためである。天球院殿は1636年(寛永13年)に没し、方丈内部は、狩野山楽・山雪筆による「竹虎図」「梅遊禽図」「「籬(まがき)に草花図」「牡丹・槇図」「牡丹唐獅子図」等の金壁画を始め、「竹叭々鳥図7」「山水人物図」等の水墨画で飾られた杉戸には27面にも及び彩色画が描かれており創建当時の絢爛豪華さを今に伝えている。また、その他に寺宝として藤原宣房(のぶふさ)筆の「法華経陀羅尼品」を所蔵している。


IMG_4137.jpg先程の写真と同じですが、手前から「礼の間(下間二の間)」、「室中の間」、「檀那の間(上間二の間)」です。ご住職が室内に入って案内していただきました。襖絵は全て綴プロジェクトにより制作された高精細複製品です。室内に入って間近で見ても分からないです。和紙に印刷され、金箔は貼られたようです。

(まがき)に草花図襖」(重文)(全十八面)狩野山楽・山雪筆。方丈「礼の間(下間二の間)」は、通称「朝顔の間」と呼ばれています。全十八面の襖絵には、籬と花々が描かれ、リズムのような曲線を生み出している。北側には鉄線花(てっせんか)とカザグルマ、東側には、後方の山と対象的に伸びる風車、そして南側には金地に白が映えるユリが描かれている。それぞれが一体となり、部屋全体を優美で華やかでありながら爽やかな空間に創りあげている。西側の4面は、籬(まがき)を上下左右流れるようにつたうアサガオを中心として、紅白の菊や撫子が描かれている。原物は京都国立博物館に寄託されている。

竹に虎図襖」(重文)(全二十面)狩野山楽・山雪筆。「室中の間」は仏事が執り行うことから方丈の中でも最も重要な部屋とされる。ここの仏間に、天球院初代住職で開山の江山景巴(こうざんけいは)像が安置されている。この部屋20面に描かれのが「竹に虎図襖」で、室中東側には上方をを見上げ咆哮(ほうこう)する虎、西側には子供の虎を自らの尻尾であやす親の雄虎、そして、それを見つめる雌の虎(豹)といった家族の風景が描かれる。この部屋の作者は室中北側に見られる竹や岩の幾何学的な構図などから狩野山雪と見るのが定説となっている。天球院の障壁画制作の時、既に70歳を超えていた養父山楽にとって、室中の障壁画制作を山雪に託すことには世帯交替の意味もこめられていたと言われています。江戸時代には虎は日本には居なかったので毛皮を見て想像で書かれたようで、虎より一回り小さい豹を虎の雌として描いたのもそうためでしょう。1995年(平成7年)のNHK大河ドラマ「 八代将軍吉宗」のオープニング で使われた虎は、この襖絵の虎だと説明を受けました。私は見てなかったのでYouTubeで確認しました😊。

梅・柳に遊禽図襖」(重文)(全十八面)狩野山楽・山雪筆。「檀那の間(上間二の間)」には、梅に山鳥や雉などを描く襖8面と柳や白鷺を主とする舞良戸(まいらど)10面の計18面で構成され、全体で春と冬、二つの季節が表現されている。この天球院の障壁画で最も著名な「梅花遊禽図襖」(北側4面)である。上下に蛇行する梅の幹は、旧天祥院障壁画で現在アメリカ・メトロポリタン美術館に所蔵される山雪晩年の傑作「老梅図襖」を予告するかのような構図でなっている。

IMG_4142.jpgIMG_4143.jpgIMG_4147.jpgIMG_4149.jpgIMG_4188.jpg話しが終わると、次の部屋に移動です。方丈建築では「衣鉢の間」といいます。この裏手の部屋には入室できません。廊下側からの案内となりました。

北側の「衣鉢の間」(上間一の間)は、住職が生活をされた空間で、書き物や勉強をされたりした部屋です。そこの襖絵は、趣を変えた水墨画の山水人物画が桃山時代当時のまま残されています。こちらは南側の4面が高精細複製品で、残りは本物です。正面(東面)が「「山水人物図」(重文)狩野山楽・山雪筆には、「竹林七賢」など中国の故事や人物が描かれています。また、北面の違い棚の下には「虎渓三笑図」(重文)狩野山楽・山雪筆、右手(南面)には、右上方に月があって舟に乗って出掛けたが、その月の美しさに見とれて時間が経つのを忘れてしまったという話しが水墨画で描いてありました。

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ご住職さんの話しで、この天井が「血天井」と聞きました。案内が終わって、自由時間でもう一度、見てみたですが、ここのは分からなかったです。

この廊下の天井は、伏見桃山城の遺構である「血天井」だと説明されました。1600年(慶長5年)7月に徳川家康の中心鳥井彦右衛門元忠率いる1800余人が、石田三成の軍勢と交戦したが、虚しく討ち死し、残る380余人が自刀して果てたときの恨跡です。


IMG_4145.jpgIMG_4200.jpgご住職さんから案内はありませんでしたが、「衣鉢の間」(上間一の間)の奥に「茶室 蓬庵」があったようです。後程行く、書院から外観だけは見られました。

IMG_4194.jpgIMG_4198.jpgIMG_4150.jpg「衣鉢の間」(上間一の間)から、再び正面の部屋を通過し、反対側にでます。この部屋も入室はできません。廊下側からの案内となりました。

次に「礼の間(下間二の間)」の裏手「下間一の間」に移りました。こちらも中国の故事に関する水墨画があって、北面(左)の4面が高精細複製品。残りがオリジナルの水墨画と案内を受けました。

IMG_4151.jpgこの先が「書院」です。雨はここに来た時より断然、強く降って来ました。写真で分かるほどです。この特別公開では、僧侶の案内の元でしか書院には入れません。

IMG_4152.jpgBSイレブンで全国放送されたので、見られた方も多かったと思いますが、祇園祭(前祭)の山鉾巡行でも大雨のなか行われました。

書院は、150年ほど前に、京都の西陣の料亭で使われていた建物を移築されたもの。ガラスも当時のままで、ゆらゆらと綺麗な庭園を見られます。手入れはご住職さんがお一人でされているそうです。

IMG_4158.jpgIMG_4159.jpgIMG_4164.jpgIMG_4165.jpg人数が少ないので、この「書院」に座ってご住職のお話を聞きました。案内は約25分程度。あとは自由時間です。

IMG_4168.jpgIMG_4169.jpgIMG_4161.jpgIMG_4170.jpgIMG_4171.jpgIMG_4172.jpgIMG_4173.jpgIMG_4174.jpgご住職のお話で、秋の紅葉は綺麗だと言われたました。聞くと公開の予定は無いらしいです。今回JR東海さんのポスターに使われたので、特別公開したけど今後はありませんと言われてました。

IMG_4175.jpgこの先に「茶室 蓬庵」があるので、「露地庭園」ですね、こんな大雨より晴れた庭園を見たかったです。

IMG_4177.jpg書院」から見た「方丈」です。人数が少ないので、人とダブルことも無く自由に写真撮れました。

IMG_4178.jpgIMG_4180.jpgIMG_4181.jpgIMG_4182.jpgIMG_4183.jpgIMG_4184.jpg書院」を充分見たし、写真も撮れたので次に方丈内の襖絵を見に行きました。何度も言いますが襖絵は写真撮れません。そのかわりに「絵はがき」いただきました。

EPSON440.jpg絵はがき」は10枚綴りで売られています。僧侶の案内では絵はがきは付いてきました。私は、ここを出る前に「御朱印」をいただました。ご住職さんに文字は書いて貰ってます。

IMG_4203.jpgIMG_4208.jpgIMG_4207.jpg9時5分に、天球院を出ました。ご住職さんに「これから何処か行かれますか?」と聞かれたけど、この大雨では・・・。

帰ってから「絵はがき」と、JR東海さんの「癒やしの宝探し修行」の案内を貰ってたので見ました。妙心寺山内では桂春院が謎解きのスポットに入ってました。興味が沸いたので後日行くことになったんですが、やっぱり大雨ではね。

IMG_4209.jpgIMG_4210.jpgIMG_4211.jpgIMG_4212.jpgIMG_4213.jpgIMG_4215.jpgIMG_4216.jpg9時7分に「山門」から出て行きました。1時間程度は居られたようですが、写真も撮れたし充分です。

大雨が降り蒸し暑くて、話しを聞いてても汗が噴き出てきます。晴れていたら、もう少し居たかも知れません。次の予定は蓮の花が見られる妙心寺山内にある退蔵院を計画してましたが、大雨のため帰ることにし、家で山鉾巡行の模様を録画しているので見ることにしました。この日の最高気温は、大雨のため27.0℃しか上がりませんでした。ただ湿気が多くて蒸し暑かったです。参考までに最低気温は24.7℃と、熱帯夜からは解放されてました。

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