松尾大社「風鈴祈願」へ
8月1日(金)は10時に約束があって、そちらに向かうことになって、当初は京都府立植物園の「朝顔展」に行くつもりにしてました。植物園に行ってから向かっても間に合いますが、先に案内したように、この週は猛烈に暑くなってて、昨日の最高気温は38.1℃、そして最低気温が28.7℃も。5時過ぎに陽が昇ってからずっと暑いので、汗だくになって行くのは辛いので、京都府立植物園は別の日にして、毎年行っている松尾大社(まつのおたいしゃ)の風鈴祈願に行くことに。昨日、亀岡市からの帰りに松尾大社の前を通ったにと思いましたが😊。
9時12分に松尾大社の駐車場に車を入れました。それより平日でも結構、多くの車が止まってます。何か行事でもアルノカナァ?。


「楼門」から境内に入ります。特に行事は無いようですが、参拝者多いですね。









楼門入って右手に「手水舎」があるので、そこに祈願された風鈴が吊らされています。清めのついでに風鈴撮りました。境内に飾られてる風鈴の音色は心地良いです。境内には約800個の風鈴が飾られています。
拝殿の前に、拝所があるので、そこで参拝します。家から小銭用意してきました。平日のこの時間に、参拝するのに並ぶとは思っても無かったですね。
参拝のあと社務所に行き、家族の分も含め風鈴祈願の短冊に願い事を書きました。社務所に持って行くと、「後程必ず吊らして貰います」と。
知らなかったですが、社務所に行くと、風鈴の切り絵御朱印があったので、こちらもいただきました。


社務所のあと奥に行き、霊泉「亀の井」まで行きました。そこには名水が湧き出ています。いつもペットボトル持参で汲みに来られいますが、この日は一人も来られてません。
次に「北末社」にも参拝しました。右が「四大神社(しのおおかみのやしろ)」、左が「三宮社」で、ともに松尾七社の一つです。御祭神が、四大神社は、春若年神、夏高津日神、秋比売神、冬年神(四季折々の神々で年中平安を護っていただける神様)。三宮社は、玉依姫命(山城地方開拓の功労神で、農業殖産の守護神)です。

暑かったけど、末社「滝御前(たきごぜん)」にも行きました。御祭神は、罔象女神(みづはのめのかみ)で、伊弉冉尊(いざなみのみこと)が黄泉国に行く直前に産んだ女神です。背後の滝は酒の醸造に欠かせないシンボルとされ、ここから霊亀の滝や天狗岩を見ることができます。
入るつもりは無かったけど、10時の約束に時間があまるので、松尾大社の神苑を見て行くことに。




この神苑に入るのは、2024年(令和6年)5月20日(月)以来です。最初に見るのは「曲水の庭(平安風)」で、昭和の名作庭家で巨匠の重森三玲氏の晩年の作品です。
曲水の庭は、王朝文化華やかな平安貴族の人々が慣れ親しんだ雅遊びの場を表現したものです。松尾大社は平安時代、京都の守り神二神、すなわち東の「賀茂の巌神」と並び、西の「松尾の猛霊」と尊び称され隆盛を極めました。艶やかな中にも気高い当時の面影を内に秘めて、しかも極めて現代風に作庭され、四方どちらから見ても美しい八方美が本庭の特色です。
ここから入って「神像館」に入ります。ここに安置されている神像は、何度も見ても見応えあります。それに館内は涼しいので😊。

「神像館」に入る前に、重森三玲が即興的に作り上げた「即興之庭」を見ました。当初の設計計画には無かったようで、緑泥片石、白川砂、錆砂利構成の枯山水庭園です。
上から見た「曲水の庭(平安風)」です。サツキが咲き誇ると、この庭はピンク色に染まります。
神像館の館内には、御神像21体が展示されています。特に「男神像(老年)」「男神像(壮年)」「女神像」の御神像は平安時代初期の作で、等身大坐像・一木造り、我が国の神像彫刻中、最古最優品として重要文化財に指定されてます。かつては松尾大社にあった神宮寺の本尊として祀られていたようで、一時博物館に寄託されていたのを、こちらで展示となったようです。この3体の他に、古くから摂社・末社に祀られ宝物として収蔵され最近になって明らかになった御神像18体も展示されてます。

館内がエアコンが効いて涼しかったので、出たく無かったけど次に行く所もあるので出ました。


神像館を出て、次に「曲水の庭」から「上古の庭(磐座風)」に移動しました。ミヤコザサに取り巻く多数の石で作庭されたのがこの庭の特徴です😊。
上古ではどこの神社も社殿はなく、山中の巨岩などが神霊の宿る聖地とされていました。その場所を磐座(いわくら)、或いは磐境(いわさか)と言います。松尾大社でも今から約1300年の昔、701年(大宝元年)に現在池にご本殿が建てられてる以前は、この後方の松尾山々頂上近くにある磐座で祭祀が営まれていました。この古代祭祀の場である磐座を模して山麓に造られたのが「上古の庭」です。庭の奥、中央にある巨石二つは松尾大社祭神の男女二神を、そしてこれを取り巻く多数の岩は、随従する諸神の姿をそれぞれに表象しています。また、地上一面に植えられたミヤコ笹は高山の趣を表しています。黙して立てば、庭全体に漂う神秘荘厳の気が、おのずからに感得されることでしょう。



神像館の裏手には「磐座登拝」の入口があります。必ず許可が必要だそうです。ただ、こちらも台風による大雨による被害のため斜面が崩落しており、今は許可できないそうです。

磐座登拝される人は、この「祓所」でお祓いしてから登山されるのでしょう。
松尾大社の神苑では、もう一つ有料の庭園があります。何度か行ってるので、スルーしても良かったですが、拝観料納めているし行くことに。


松尾大社の境内を横切って、先の風鈴が吊されている「手水舎」の側を通ります。
そして、今年も見事なヤマブキを見られた「一ノ井川」を渡ります。
かなり離れてますが、こちらが「蓬莱の庭」です。入口には誰も居ませんが、拝観料納めているので入って行きます。
この「蓬莱の庭」をは重森三玲氏の遺作で、長男の重森完途(しげもり かんと)氏が完成させました。蓬莱とは不老不死の仙界の意味で、その島にあこがれる蓬莱思想は鎌倉時代に最も流向し、作庭技術にも採用されました。鎌倉幕府初代将軍源頼朝は、松尾大社に対し神馬十頭・黄金百両を献じて深い尊信の念を奉げ、以後も武門の崇敬は変わることなく明治まで続きました。この庭は、その鎌倉期に代表される回遊式庭園をとり入れたもので、全体が羽根を広げた鶴の形をしています。池泉の周囲を巡り、池に浮かぶ島々を眺めて、もしも自ら仙界に遊ぶ境地に到達したなら、鑑賞者の心と作庭家の心とが、その時こそ一致した時だと思います。














暑かったけど、池の周りを一周しました。蚊も刺されそうだし、急いで回りました。


「蓬莱の庭」から境内に入らず、直接駐車場に向かいました。車の中で汗を拭い、水分補給し所要先に向かいました。
松尾大社から松尾橋を渡って四条通りに入るですが、ここで思わぬことがあって、通勤時を除いてこんなに渋滞してることは稀なんですけど、混んでました。今日は、松尾大社に行くときから、車が多いなぁとは思ってました。余裕で10時に間に合うつまりがギリギリになったのは想定外でした😊。
参拝のあと社務所に行き、家族の分も含め風鈴祈願の短冊に願い事を書きました。社務所に持って行くと、「後程必ず吊らして貰います」と。
曲水の庭は、王朝文化華やかな平安貴族の人々が慣れ親しんだ雅遊びの場を表現したものです。松尾大社は平安時代、京都の守り神二神、すなわち東の「賀茂の巌神」と並び、西の「松尾の猛霊」と尊び称され隆盛を極めました。艶やかな中にも気高い当時の面影を内に秘めて、しかも極めて現代風に作庭され、四方どちらから見ても美しい八方美が本庭の特色です。
神像館の館内には、御神像21体が展示されています。特に「男神像(老年)」「男神像(壮年)」「女神像」の御神像は平安時代初期の作で、等身大坐像・一木造り、我が国の神像彫刻中、最古最優品として重要文化財に指定されてます。かつては松尾大社にあった神宮寺の本尊として祀られていたようで、一時博物館に寄託されていたのを、こちらで展示となったようです。この3体の他に、古くから摂社・末社に祀られ宝物として収蔵され最近になって明らかになった御神像18体も展示されてます。
上古ではどこの神社も社殿はなく、山中の巨岩などが神霊の宿る聖地とされていました。その場所を磐座(いわくら)、或いは磐境(いわさか)と言います。松尾大社でも今から約1300年の昔、701年(大宝元年)に現在池にご本殿が建てられてる以前は、この後方の松尾山々頂上近くにある磐座で祭祀が営まれていました。この古代祭祀の場である磐座を模して山麓に造られたのが「上古の庭」です。庭の奥、中央にある巨石二つは松尾大社祭神の男女二神を、そしてこれを取り巻く多数の岩は、随従する諸神の姿をそれぞれに表象しています。また、地上一面に植えられたミヤコ笹は高山の趣を表しています。黙して立てば、庭全体に漂う神秘荘厳の気が、おのずからに感得されることでしょう。
この「蓬莱の庭」をは重森三玲氏の遺作で、長男の重森完途(しげもり かんと)氏が完成させました。蓬莱とは不老不死の仙界の意味で、その島にあこがれる蓬莱思想は鎌倉時代に最も流向し、作庭技術にも採用されました。鎌倉幕府初代将軍源頼朝は、松尾大社に対し神馬十頭・黄金百両を献じて深い尊信の念を奉げ、以後も武門の崇敬は変わることなく明治まで続きました。この庭は、その鎌倉期に代表される回遊式庭園をとり入れたもので、全体が羽根を広げた鶴の形をしています。池泉の周囲を巡り、池に浮かぶ島々を眺めて、もしも自ら仙界に遊ぶ境地に到達したなら、鑑賞者の心と作庭家の心とが、その時こそ一致した時だと思います。
松尾大社から松尾橋を渡って四条通りに入るですが、ここで思わぬことがあって、通勤時を除いてこんなに渋滞してることは稀なんですけど、混んでました。今日は、松尾大社に行くときから、車が多いなぁとは思ってました。余裕で10時に間に合うつまりがギリギリになったのは想定外でした😊。
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