元離宮二条城 本丸御殿に移設された京都御苑内 桂宮邸跡へ
京都仙洞御所を10時25分頃に出て、次に京都御苑内にある桂宮邸跡に向かいました。
京都仙洞御所「北門」を出て、京都御所の東側を北に向かって歩きます。この門は「建春門」です。

京都御所の東北角まで来ました。先に述べたように京都御所、広いです。
9月17日(水)に、時間の都合で行けなかったので再訪です。地図は頭に入れて来たので、この先で間違いないはずです。ただ案内は出てません。

SNSでは、分かりづらいと発信されてましたが案内が出てないので、ここを目的に来る人でないとわからないでしょう。
四親王家の一つ、桂宮家の邸宅跡地である。現在も残る庭園遺構は江戸時代後期、孝明天皇の仮内裏となった際に作庭されたもの。数少ない現存する宮廷の庭として貴重なものである。池は当時のままの姿を残し、勅使門や築地塀の一部が残る。屋敷の一部は二条城本丸に移築され、今も見ることができる。
あとで分かったことは、入口は東西に二箇所ありました。私は東側から入ったわけです。



入ると萩の花が咲いてました。ただ蚊に刺されないか心配にはなりました。その心配は当たりましたね😒。
次に西に向いて歩いて行きます。そこには邸宅跡があるようですが。「元離宮二条城 本丸御殿」には何度か入っています。
「元離宮二条城 本丸御殿」の建物は、かつてここにあったんですね。今は名にもありません。
この建物の何があったのかが出ています。「御茶所」と書いてあります。茶を供する場所なんでしょうか。


「押入」や2階へ上がるでしょう「階段」の跡も見られます。
「御化粧御間」と書いてあります。元離宮二条城 本丸御殿の御常御殿にも「化粧の間」も「御茶所」ありました。
「御納戸」と書いてあります。「御納戸(おなんど)」は、身分の高い人の衣服や調度品を保管する部屋です。こちらも元離宮二条城 本丸御殿にありました。
「萩ノ間」と書いてあります。こちらも元離宮二条城 本丸御殿の御常御殿にありました。
本丸御殿の襖絵の作者は八木奇峰(やぎきほう)(四条派)。御殿の主のそば近くに仕えた人が使用したと考えられている。障壁画は満開を迎えた萩の花が部屋全体に描かれ、清楚ながら華やいだ空間となってました。
「耕作ノ間」と書いてあります。こちらも元離宮二条城 本丸御殿の御常御殿にありました。
本丸御殿では、ここの襖絵は中島華陽(岸派)で、障壁画の西面に田起こしと浸種、南面に夏の田植え、東面に秋の収穫の風景を描いてあって、稲作と農村の様子を描いたのは、権力者が民の様子を知り、自ら戒めるために製作されたとか。
「御座ノ御間」と書いてあります。私が見逃したのかも知れませんが、本丸御殿の御常御殿にあった「雉の間」、「四季草花の間」、「松鶴の間」は見当たらなかったです。
この時は、写真を撮っただけでしたが、帰ってから二条城 本丸御殿のHPで確認しました。以上が御常御殿でした。聞いてましたが、本当にここから移設されたんですね。







次に、殆ど手入れされていない「庭園」を見ました。当時の公家の庭園跡なんですけど、綺麗に復元して貰いたいですね。
次に、本丸御殿の後書院でしょう、御常御殿から離れてありました。雑草を掻き分けて行きましたが、よく見ると普通に通路もありました。雑草でズボンが汚れたのは余計でしたが。


「御床」から「御中書院 御間」へ。本丸御殿では、御書院一の間から三の間までありました。
隣に移動して「二ノ御間」と書いてあります。本丸御殿から見ると、前のが一の間だったでしょう。
そして隣が予想どおり「三ノ御間」でした。本丸御殿も修復されたので、綺麗になっています。この建物跡を見たので、また参観行こうかなぁと思います。
「御小書院 春ノ御間」と書いてあります。御殿では、田の字形に配された4つの部屋、それぞれの障壁画に春夏秋冬の景物が描かれることから、四季の間と呼ばれてました。
お隣が、御殿と同様に「夏ノ御間」でした。今は建物はありませんが、移築されたので本丸御殿で見られて良かったです。

やっぱり御殿と同様に田の字形で、「冬ノ御間」(上の写真)と「秋ノ御間」(下の写真)がありました。




上から「三ノ御間」、「二ノ御間」、「表御居ノ間 一ノ御間」と書いてあります。御殿では「雲鶴一の間」、「雲鶴二の間」、「雲鶴三の間」とあって、対面所としても機能したと思われてました。




帰りは違う門から出ました。公開が始まって、前から気になってましたが、やっと行けました😊。ここにあった建物が二条城 本丸御殿に移設されたことが分かりました。


邸宅跡を見たので、現存しているのか再建されたのか分かりませんが「表門」だけ撮りました。
この門は京都御所の「朔平門(さくへいもん)」です。滅多に行くことがないので、名前も知りませんでした。幕末に「朔平門外の変」があったようです。



京都御所は広いです。ここから駐車場にゆっくり歩いて戻ります。今日は参観しませんが京都御所参観入口の「清所門」を見てみると、今日も多くの方が入って行かれました。
このまま車を止めている駐車場に行く途中にある「中立売休憩所」の前を通りました。時計は11時になっていたので、お食事を済ませていくことに。



中立売休憩所の中には、「レストラン 檜垣茶寮」があって、11時から開店です。ここで食事をするのは初めてです。


ここでは先に席を押さえてから、受付で注文します。番号札は貰いますが、料理ができたら持って来られます。


私は「海老と旬菜の天ぷらざるうどん(冷)」1600円にしました。暑かったので。妻は暖かいものを食べました。
暑かったと言っても最高気温は、27.5℃と夏日でした。もう9月も下旬だというのにね。京都御苑 中立売駐車場で精算すると8時55分~11時39分、800円でした。3時間以内なら800円でしたね、今日は、ここから帰りました。
四親王家の一つ、桂宮家の邸宅跡地である。現在も残る庭園遺構は江戸時代後期、孝明天皇の仮内裏となった際に作庭されたもの。数少ない現存する宮廷の庭として貴重なものである。池は当時のままの姿を残し、勅使門や築地塀の一部が残る。屋敷の一部は二条城本丸に移築され、今も見ることができる。
本丸御殿の襖絵の作者は八木奇峰(やぎきほう)(四条派)。御殿の主のそば近くに仕えた人が使用したと考えられている。障壁画は満開を迎えた萩の花が部屋全体に描かれ、清楚ながら華やいだ空間となってました。
本丸御殿では、ここの襖絵は中島華陽(岸派)で、障壁画の西面に田起こしと浸種、南面に夏の田植え、東面に秋の収穫の風景を描いてあって、稲作と農村の様子を描いたのは、権力者が民の様子を知り、自ら戒めるために製作されたとか。
この時は、写真を撮っただけでしたが、帰ってから二条城 本丸御殿のHPで確認しました。以上が御常御殿でした。聞いてましたが、本当にここから移設されたんですね。
次に、本丸御殿の後書院でしょう、御常御殿から離れてありました。雑草を掻き分けて行きましたが、よく見ると普通に通路もありました。雑草でズボンが汚れたのは余計でしたが。
上から「三ノ御間」、「二ノ御間」、「表御居ノ間 一ノ御間」と書いてあります。御殿では「雲鶴一の間」、「雲鶴二の間」、「雲鶴三の間」とあって、対面所としても機能したと思われてました。
このまま車を止めている駐車場に行く途中にある「中立売休憩所」の前を通りました。時計は11時になっていたので、お食事を済ませていくことに。
暑かったと言っても最高気温は、27.5℃と夏日でした。もう9月も下旬だというのにね。京都御苑 中立売駐車場で精算すると8時55分~11時39分、800円でした。3時間以内なら800円でしたね、今日は、ここから帰りました。
この記事へのコメント
仙洞御所から桂宮邸跡へ、結構な距離がありあすよね。
この春、桂宮邸跡にも行ってないです。というか、何度か京都御苑に来ていますが、ここは未体験。まるで宮中の遺跡のような場所。
歴史好きでないと面白さがわからないかと。
かつての宮家の優雅な暮らしを想像するのが楽しい所だなとしみじみ思いました。
京都御苑の桂宮邸跡は、二条城本丸御殿に行ってからの方が、良く分かるかと思います。
本当に、ここから移築されたんだなぁと思いましたね。
ただ、案内も何も出てないので、ここを目的に来ないと、偶然に入ることは無理でしょう、外国人観光客も居ませんでした。