臨済宗妙心派塔頭 養徳院 10月の月例直書き御朱印授与へ
10月4日(土)は、朝からと言うより昨夜からの雨が止みません。この日は、天皇皇后両陛下(皇后陛下は体調次第)が京都に行幸されるのに、天気予報では夕方に上がるようですが、明日の5日(土)も昼から再び雨降りと出てました。せっかく京都までお越しになるのに残念ですね。今日は京都府立植物園に、明日は桂離宮に、明後日は大阪万博に行かれるようですが。京都市内は、至る所で交通規制の看板が出てました。
先月も訪れた、臨済宗妙心派塔頭 養徳院 での月例直書き御朱印授与日は、10月4日(土)と5日(日)の2日間。当初は行くつもりは無かったですが、4日(土)に用事があったことで、この日、結構な雨降りのなか出掛けました。
9時8分に妙心寺 第一駐車場に車を止めました。ご覧のように雨で下は濡れています。


雨降りのため、途中の写真は無いで、9時14分に「山門」前に着きました。

「本堂」の工事、屋根瓦は終わっています。下を見ると「彼岸花(ヒガンバナ)」が開花前でした。開花遅いです。

この日も御朱印は書院の「帯谷庵」でした。入ると誰も居ません。番号札は9時16分で4番でした。

このあと、立て続けに4人の方が来られました。ほんのちょっと前に入れて良かったです。
9時25分に御朱印をいただいて、出て行きました。雨は止みそうにもありません。
境内に咲いていた「秋海棠(シュウカイドウ)」を撮りました。



9時33分に駐車場に戻りました。このあと、所要先に向かいました。
今月の見開きは、「時時勤払拭(時々に勤めて払拭せよ)」と書かれています。いつものお寺さんのInstagramより。
身是菩提樹。心如明鏡台。時時勤拂拭。勿使惹塵埃(身は是れ菩提樹 心は明鏡台の如し 時時に勤めて拂拭して 塵埃を惹かしむること勿れ)。これは北宋禅の祖となる玉泉神秀が師匠の弘忍から悟りの境地を表現してみよという命を受けてしたためた詩です。常に心に積もる塵を払い続けよという意味合いです。まさに現代の我々に最も必要な言葉ではないでしょうか。我々の生きる現代はありとあらゆる便利にあふれています。
その便利にかまけて人間力はどんどん低下する一方。当たり前に目の前にあるものが何とも有難いものだらけなのに、その有難さを当たり前だと感謝を忘れています。常に我々の中にある「我が儘」という塵あくたを払い続けなければなりません。
片面には「平常心是道(びょうじょうしんこれどう)」と書かれています。
「へいじょうしん」と一般的には読みますが我々禅宗では「びょうじょうしん」と読みます。「当たり前の中に有難さが存在する」先日、妻の実家の周りの一帯が落雷で停電しました。クーラーも冷蔵庫ももちろん動きません。京都の蒸し暑い夏の盛りの出来事ですからまあ辛いものです。
我々が当たり前に付き合っているものがいかに有難いか再確認できる出来事でした。
10月限定の書置き御朱印は、「喝~かつ~」と書かれています。
我々を導くありとあらゆる働きを持ったものそれが「喝」です。言葉で「かぁーーつ!」と表現されますが発言するだけが喝ではありません。
何か過ちを犯したときそれを取り繕おうとしたことはありませんか?それを見た本当に近しい人の行動は様々であると思います。優しく諭す、厳しく叱責する、ただただ本人が謝るのを待つ、何も言わず立ち去る。その行いを見て大変なことをしてしまったと過ちを犯した人間が痛感したのならその全てが喝なのです。喝を入れるという言葉に惑わされてはいけません。何が大切なのかそれが分かれば喝とは何かが分かるのです。
難しい禅語は、私には分かりません。いつも解説文を読まさせて貰ってます。この日の京都市は、最高気温が22.1℃しか上がりませんでした。今年の京都市は4月17日(日)に初めて26.5℃となり「夏日」になりました。そして6月15日以降「夏日」が続いてましたが、111日連続で「夏日」がストップしました。ようやく「夏」から解放されましたね。参考までに、大阪市・神戸市・奈良市は6月12日(木)以降114日連続で、大津市は京都市と同じ111日でストップしました。近畿地方を通過して雨となり気温が上がらなかったようです。ただし、10月5日(日)以降は、天気が回復して再び気温が上昇し夏日なるみたいです。近畿の南部、和歌山市だけは、この日も26℃まであがったので、117日連続を継続中です。
先月も訪れた、臨済宗妙心派塔頭 養徳院 での月例直書き御朱印授与日は、10月4日(土)と5日(日)の2日間。当初は行くつもりは無かったですが、4日(土)に用事があったことで、この日、結構な雨降りのなか出掛けました。
身是菩提樹。心如明鏡台。時時勤拂拭。勿使惹塵埃(身は是れ菩提樹 心は明鏡台の如し 時時に勤めて拂拭して 塵埃を惹かしむること勿れ)。これは北宋禅の祖となる玉泉神秀が師匠の弘忍から悟りの境地を表現してみよという命を受けてしたためた詩です。常に心に積もる塵を払い続けよという意味合いです。まさに現代の我々に最も必要な言葉ではないでしょうか。我々の生きる現代はありとあらゆる便利にあふれています。
その便利にかまけて人間力はどんどん低下する一方。当たり前に目の前にあるものが何とも有難いものだらけなのに、その有難さを当たり前だと感謝を忘れています。常に我々の中にある「我が儘」という塵あくたを払い続けなければなりません。
片面には「平常心是道(びょうじょうしんこれどう)」と書かれています。
「へいじょうしん」と一般的には読みますが我々禅宗では「びょうじょうしん」と読みます。「当たり前の中に有難さが存在する」先日、妻の実家の周りの一帯が落雷で停電しました。クーラーも冷蔵庫ももちろん動きません。京都の蒸し暑い夏の盛りの出来事ですからまあ辛いものです。
我々が当たり前に付き合っているものがいかに有難いか再確認できる出来事でした。
我々を導くありとあらゆる働きを持ったものそれが「喝」です。言葉で「かぁーーつ!」と表現されますが発言するだけが喝ではありません。
何か過ちを犯したときそれを取り繕おうとしたことはありませんか?それを見た本当に近しい人の行動は様々であると思います。優しく諭す、厳しく叱責する、ただただ本人が謝るのを待つ、何も言わず立ち去る。その行いを見て大変なことをしてしまったと過ちを犯した人間が痛感したのならその全てが喝なのです。喝を入れるという言葉に惑わされてはいけません。何が大切なのかそれが分かれば喝とは何かが分かるのです。
難しい禅語は、私には分かりません。いつも解説文を読まさせて貰ってます。この日の京都市は、最高気温が22.1℃しか上がりませんでした。今年の京都市は4月17日(日)に初めて26.5℃となり「夏日」になりました。そして6月15日以降「夏日」が続いてましたが、111日連続で「夏日」がストップしました。ようやく「夏」から解放されましたね。参考までに、大阪市・神戸市・奈良市は6月12日(木)以降114日連続で、大津市は京都市と同じ111日でストップしました。近畿地方を通過して雨となり気温が上がらなかったようです。ただし、10月5日(日)以降は、天気が回復して再び気温が上昇し夏日なるみたいです。近畿の南部、和歌山市だけは、この日も26℃まであがったので、117日連続を継続中です。
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