鬱蒼として静寂の霊場 世界文化遺産 栂尾山 高山寺へ

毎年、11月の上旬になると赤く染まる紅葉の名所である愛宕山の三尾~高雄・槙尾・栂尾~は、全国的にも知られている。この頃になると多くの観光客で賑わうので、まだ人が少ないだろうと思い、2023年(令和5年)11月14日(火)以来、来て無かった世界文化遺産 栂尾山 高山寺に、10月6日(月)に行きました。

高山寺では紅葉の時期には、普段駐車場が無料ですが、有料となります。2023年(令和5年)11月14日(火)に来た時は、1040円でした。そして、境内を散策するのに無料なんですけど、秋季については、10月4日(土)~12月上旬まで、入山料が500円必要となります。

IMG_7751.jpgIMG_7752.jpg周山街道が空いていたので、8時16分に京都市営高尾観光駐車場に車を入れました。前途したとおり、まだ無料で止められます。この時間でも観光バスが1台止まってました。

10月4日(土)から5日(日)にかけて、京都では雨が降りました。4日(土)には、最高気温が22.1℃しか上がらなかったので、連続「夏日」が111日でストップしたほどで、ようやく夏から解放されたんですが、この日出掛けるときも、空は晴れてたんですが、時雨てました。すっきり晴れたのは9時を過ぎてからでしたね。最低気温は19.9℃だったこともあって、上着を着ていくことにしたのは、高山寺は山間にあって、標高(約150㍍)も高かったから。

IMG_7753.jpgIMG_7754.jpgIMG_7755.jpgここの開門は8時30分と書いてありますが、既に開いてました。多分、開いているだろうと思ってましたが、それより団体さんが、こんな時間に来られるとは。

高山寺(こうさんじ)は、栂尾山(とがのおさん)と号する真言宗のお寺で、ご本尊は釈迦如来。1994年(平成6年)に世界文化遺産に登録された。愛宕山の三尾、高雄、槙尾、栂尾は、何れも紅葉の名所として名高い。この三尾を結ぶのが、高山寺の門前に流れる清滝川で、京洛随一の水辺の名所としても知られる。寺伝によると奈良時代の774年(宝亀5年)、光仁(こうにん)天皇(第49代天皇)の勅願により開創され、当初、神願寺都賀尾房と称した。平安遷都後まもない814年(弘仁5年)、嵯峨天皇(第52代天皇)のとき、都賀尾十無尽院と改称し天台宗の道場となった。その後、荒廃するも、12世紀の平安時代末期に、高雄の文覚上人が再建、神護寺の別所として堂宇がつくられた。しかし、文覚上人が佐渡へ配流されたことで、再び荒廃する。鎌倉時代初期の1206年(建永元年)に、後鳥羽上皇(第82代天皇)の院宣によって明恵(みょうえ)上人が華巌宗の復興道場として再興し寺名を高山寺と改める。1230年(寛喜2年)頃に描かれた「高山寺絵図」によると、本堂・塔・鐘楼・阿弥陀堂・羅漢堂・経蔵が建ち並ぶ。しかし、その後の応仁の乱や戦国の兵乱で灰燼に帰した。現在の金堂は1634年(寛永11年)に仁和寺の古御所の御堂を移したもの。広い境内(国の史跡)には、石水院(国宝)、開山堂、金堂などが建ち並ぶ。中でも石水院は、鎌倉時代初期の寝殿風住宅建築で、後鳥羽院の賀茂別院を移築したものといわれる。寺宝は数多く、鳥羽僧正筆とされる「鳥獣人物戯画絵巻」をはじめ、「明恵上人樹上坐禅図」など国宝8点、重要文化財約1万点が所蔵される。また、境内の茶園は、鎌倉時代初期に明恵上人が栄西禅師から贈られた茶種を植えた所で、ここから全国に茶が普及したといわれている。この由緒から、毎年11月8日には、宇治茶の製造業者から新茶が上人廟前に献上される。

IMG_7756.jpg車から降りると、まだ時雨てましたが、傘は必要ありません。上に見えている所まで登って行きます。

IMG_7759.jpgIMG_7760.jpgIMG_7761.jpg急峻な「つづら折り」の階段を登っていきます。この石段の先が石水院で、団体さんが拝観されているのが見えます。途中に「彼岸花(ヒガンバナ)」咲いてました。

IMG_7762.jpgここで驚いたのは、入山料が必要だったこと。私は、11月だけ入山料が必要だと思ってて、10月4日(土)からの入山料は知りませんでした。まさか引き返す訳もないので、500円納めます。石水院まで、まだ少し登ることに。

IMG_7764.jpgIMG_7765.jpgIMG_7766.jpg8時21分に国宝石水院」に着きました。ここの開門は8時30分ですが、やっぱり団体さんが来られてましたね。

IMG_7767.jpg何組か出て来られましたが、私は石水院の拝観は後回しにします。

IMG_7889.jpgIMG_7891.jpg石水院を通過すると右手に非公開の「遺香庵」があって、2018年(平成30年)11月26日(月)に、一度入ってます。

高山寺 茶室「遺香庵(いこうあん)」は、茶祖・明恵上人700年遠忌に際し、1931年(昭和6年)全国の茶道家103人の篤志によって建立された。庭園は京都市指定名勝に指定されている。茶室「遺香庵」の設計は昭和初期の茶道研究家で知られる高橋箒庵(たかはしそうあん)が行い、建築施工を三代目木村清兵衛が、そして露地庭園の作庭を七代目小川治兵衛が担当しました。

IMG_7769.jpgIMG_7770.jpgIMG_7771.jpg石水院を後回しにしたので、先に金堂まで行ってみます。雨に濡れた石段を上がって行くと、足元に「サワガニ」に横切ってて、踏みそうになりました😊。

IMG_7772.jpgIMG_7773.jpgIMG_7774.jpgIMG_7775.jpgIMG_7779.jpgさきほどの茶室「遺香庵(いこうあん)」から、少し上がった先の右手に「開山堂」があるので寄りました。

1230年(寛喜2年)に58歳の明恵上人庵室のの一部を禅堂院に移して禅河院(ぜんかいん)と名付け住房とした。上人はそこで晩年を過ごし入寂された。弟子たちは師の木像(明恵上人坐像)をここに安置し御影堂とし、日々厚い供養を捧げた。そのあとを受けて開山堂が営まれたが、兵火により焼失し、現在の宝形造りの建物は江戸時代の享保年間(1716~36)に再建されたもの。

IMG_7783.jpgIMG_7784.jpg再び、裏参道に戻り、少し登った先にある「御廟」に向かいます。ただし、凄く急峻な石段ですが。

IMG_7786.jpgIMG_7787.jpgIMG_7789.jpg開山堂の背後の高台に明恵上人の墓所である御廟があります。「開山廟」の手前には右に「妙法経塔」(重文)、左に「宝篋印塔」(重文)が建っている。

IMG_7790.jpg上から見たら、石段が急だったことが分かるかと思います。

IMG_7791.jpgIMG_7792.jpgIMG_7793.jpgIMG_7794.jpgCIMG1146.jpg「明恵上人御廟」から降りて、参道を離れます。そこに「仏足石」があったので寄りました。

釈尊の足跡を印した石。明恵上人は、栂尾の山を仏跡になぞらえて楞伽山(りょうがせん)と名付け、仏足石を据えたという。現在の仏足石は江戸時代に造られたもの。

IMG_7795.jpgIMG_7797.jpg2018年(平成30年)9月4日(火)に、京都を襲った台風21号による強風のため、ここにあった大木がなぎ倒されました。その跡ですね。

2018年(平成30年)9月4日(火)に、京都を直撃し「戦後最強」の暴風が吹き荒れた台風21号。1991年に台風の強さの基準が変更されて以降、「非常に強い」勢力の台風が京都を直撃したのは初めてで、京都市では1934年(昭和9年)の室戸台風に匹敵する風が吹いた。台風が市のすぐ西側を通過したことが原因とみられる。気象庁によると、台風は反時計回りに風が吹いており、台風の中心の東側は台風を動かす風と同じ方向に風が吹くため、より強い風になる。4日(火)の最大瞬間風速は、京都市で39・4㍍(午後2時34分は、室戸台風に次ぐ観測史上2位を53年ぶりに更新。京都地方気象台によると「京滋に大きな被害をもたらした第2室戸台風やジェーン台風とほぼ同じコースだったことに加え、台風が高速で府域を通過したことも記録的な強風をもたらした」と分析する。台風21号は14時ごろに神戸市付近に上陸した後、1時間後には舞鶴市の東北東約40㌔の日本海に抜けていた。時速55㌔以上で府内を通過したとみられる。

IMG_7796.jpg次に、この石段を上がって金堂に向かいます。

IMG_7798.jpg金堂に行くまでに、少しだけ戻りました。1889年(明治22年)まで、現在の「石水院」は、ここにありました。「旧石水院跡」です。

IMG_7799.jpgIMG_7800.jpgIMG_7803.jpg普段は非公開の「金堂」です。2023年(令和5年)11月14日(火)「令和5年度 第59回 京都非公開文化財特別公開」で内部に入りました。

一重の入母屋造り、銅板葺。中世の「高山寺縁起」によると、金堂を中心に東に阿弥陀堂・羅漢堂・経蔵が、西に、三重塔・鐘楼・鎮守社が並ぶ状況が描かれている。しかし、室町時代の1574年(天文16年)の兵火によりに消失。その後、江戸時代の1634年(寛永11年)に仁和寺の古御堂を移築したと伝わる。金堂とともに焼失したご本尊の釈迦如来坐像は、奈良の円照寺からの寄進より安置された。

IMG_7804.jpg金堂の東側には「春日明神社」が祀られています。

IMG_7806.jpgIMG_7807.jpgここまで登って来たので、金堂を一周します。こちらは金堂の裏手にあった「閼伽井」です。

IMG_7808.jpgIMG_7809.jpg金堂の西側には、「宝塔」も見えました。

IMG_7810.jpg金堂から表参道を降ります。ここの石段は、一つ一つが高いのと、雨で下が濡れているので、ゆっくりゆっくり降りて行きました。

IMG_7811.jpgIMG_7812.jpg2018年(平成30年)9月4日(火)の台風21号の強風により、倒壊した大木の跡が、至る所に見られます。2018年(平成30年)11月26日(月)に来た時は、大木が参道を塞いでました。

IMG_7814.jpgIMG_7815.jpg前方に団体さんの姿が見えるですが、登って来られません。先に行かれたのか、この急な階段で敬遠されたか分かりませんが。

IMG_7816.jpgIMG_7817.jpgIMG_7818.jpgIMG_7820.jpgIMG_7819.jpg8時39分に石水院前に戻って来ました。私が着いたとき、最後の団体さんが出て来られたようです。

これから国宝「石水院」の中に入ります。内部は、さほど広くないので、空いていたら良いのにと思います。ただ紅葉は期待してません。

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