洛東遺芳館「令和7年秋季 続・蔦屋重三郎と浮世絵師展」へ
ここから歩いて目的地の洛東遺芳館に向かいました。遠くから見て2名ほど待たれているのが分かって、10時になって中に入って行かれたのが分かりました。



私で、10時ちょうどに着きました。自慢じゃないけど私の時間配分は、いつもピッタリです😊。
多分、京都市文化観光資源保護財団から招待券を貰って無かったら、この展覧会の存在すら知らなかったと思います。
最初に、ここは何回目ですか?と聞かれました。私は2度目です。それで「案内は不要で宜しいでしょうか?」と聞かれたので「OKです」と返答。希望すれば案内して貰えるみたいです。
洛東遺芳館は京の豪商であった、柏屋を母体とし、1974年(昭和49年)に開館した。柏原家は、肥後熊本加藤清正公の家臣、柏原郷右衛門を祖とすると伝えられてる。江戸期の寛永年間(1645)初代三右衛門が当所に居を構えたといわれており、はじめ京小間物・扇子等を商い、徐々に商種商域を拡げ、木綿・漆器・紙の店を江戸に持ったいわゆる江戸店持京商人となり、今日も東京・大阪で盛業中です。展示品のすべては、柏原家の江戸時代からの伝承品で、婚礼調度・絵画・浮世絵・工芸品・古書古文書等で、これ等を順次展示している。また、現在の建物も幾多の大小火難を逃れ、数百年来の商家の体裁を保っている京都でも数少ないもので、豪商の質実剛健な暮らしぶりがうかがえる。





何時訪れたかも覚えてないほどで、収蔵庫も忘れてましたね、矢印を目当てに行きました😊。
この収蔵庫では、令和7年秋季展「続・蔦屋重三郎と浮世絵師展」10月1日(水)~11月3日(月・祝)が開催中でした。
入ると、先に入られた方が案内されてました。それで、まだ誰も居ない筈の2階を先に見て行くことに。
なお、写真撮影につしては事前に聞きました。「何処を撮っても大丈夫」と聞いたので撮って行きます。作者は「歌川国貞」、題目は「江戸新吉原八朔自無垢の図」、版元は「西村屋与八」。
右、作者は「歌川国貞」、題目は「吉原時計 午の刻」、版元は「榎本屋吉兵衛」。左、作者は「歌川国貞」、題目は「吉原時計 酉の刻」、版元は「榎本屋吉兵衛」。
右、作者は「渓斎英泉」、題目は「傾城道中双録 見立吉原五十三次 江戸日本橋 扇屋内花扇」、版元は「蔦屋吉蔵」。左、作者は「渓斎英泉」、題目は「岡本屋内重岡」、版元は「山本屋平吉」。
右、作者は「鳥文斎栄之」、題目は「美人花顔集 豊ひな」、版元は「鶴屋喜右衛門」。中、作者は「菊川英山」、題目は「風流七小町 おふむ小町 つる屋大淀」、版元は「西村屋与八」。左、作者は「菊川英山」、題目は「風流七小町 雨乞小町 扇屋つかさ」、版元は「鶴屋喜右衛門」。
右、作者は「喜多川歌麿」、題目は「名所風景 美人十二相(授乳)」、版元は「不明」。左、作者は「喜多川歌麿」、題目は「美人一代五十三次 原」、版元は「不明」。
右、作者は「喜多川歌麿」、題目は「咲分言葉の花 かヽア」、版元は「山村」。左、作者は「喜多川歌麿」、題目は「婦人相学拾體(眉剃り)」、版元は「鶴屋喜右衛門」。
作者は「喜多川歌麿」、題目は「名所風景 美人十二相(きせる掃除)」、版元は「不明」。
上、作者は「歌川国貞」、題目は「東都深川八幡 三軒茶屋雪の景」、版元は「西村屋与八」。下、作者は「歌川広重」、題目は「江戸高名会亭尽 深川八幡前平清」、版元は「藤岡屋彦太郎」。
上、作者は「歌川広重」、題目は「江戸名所四季の眺 高輪月の景」、版元は「丸屋甚八」。下、作者は「歌川広重」、題目は「名所江戸百景 月の岬」、版元は「魚屋栄吉」。

「貝合わせ」が多数と、版画の作者は「喜多川歌麿」、題目は「干潮のつと」、版元は「蔦屋重三郎」。
作者は「歌川広重」、題目は「江都名所 富岡八幡」、版元は「佐野屋喜兵衛」。

作者は「歌川広重」、題目は「江戸名所 新吉原俄之図」、版元は「有田屋清右衛門」。
写本もありました。作者は「柏原かた」、題目は「朧月猫の草紙」。見た目は本当に小さくて、細かくて、見ていて感心しましたね。
作者は「柏原かた」、題目は「異国譚(いこくたん)」。柏原家九代目の妻が「かた」のようです。その「かた」が写したものと案内に書いてありました。
すべては紹介できませんが、これで2階から1階に降りました。まだ先に入られた方は案内を聞いてました。
右、作者は「鳥居清長」、題目は「雛形若菜の初模様 扇屋七越」、版元は「西村屋与八」。左、作者は「鳥居清長」、題目は「雛形若菜の初模様 扇屋遠路」、版元は「西村屋与八」。
右、作者は「鳥居清長」、題目は「新吉原二丁目丁子屋之図」、版元は「鶴屋喜右衛門」。左、作者は「北尾政演」、題目は「新美人合筆鏡 丁子屋丁山」、版元は「蔦屋重三郎」。
右、作者は「鳥居清長」、題目は「雪月花東風流 むかうが岡」、版元は「蔦屋重三郎」。中、作者は「鳥居清長」、題目は「雪月花東風流 玉子村」、版元は「蔦屋重三郎」。左、作者は「鳥居清長」、題目は「雪月花東風流 三囲」、版元は「蔦屋重三郎」。
右、作者は「鳥居清長」、題目は「洗い張(三枚のうち)」、版元は「蔦屋重三郎」。左、作者は「喜多川歌麿」、題目は「琴棋書画(三枚のうち)」、版元は「蔦屋重三郎」。
これで収蔵庫を出ました。春と秋にも何かの展覧会をされているので、覚えていたら再訪するかもです。入館料も300円と安いので😊。
この旧柏原家の主屋も見学できるようなので、入ってみます。
特に入口の案内が無かったので、裏口でしょうか、そこから上がりました。本当は表の式台玄関から上がれば良かったかもです。


とくに部屋の名前は無いようです。説明書も無かったので、とりあえず一通り見て行きます。




普段、座敷の襖は無地が嵌められてますが、慶弔の儀式には絵が描かれたものが使われるようです。円山応挙や呉春などと案内に書いてありました。



当時の豪商の優雅な住まいですね、座敷から見る庭園も綺麗です。


京町屋では座敷の他に、洋室も良くみかけます。この柏原家にもありました。ここだけ内部に入れません。



本当は、ここから出入りしたら良かったかもです。下駄箱もあったので😊。私は、靴を置いたままにしていたので、元の裏手に戻り出ました。


10時21分に洛東遺芳館を出ました。私が出る頃に、もう1組が入って来られました。蔦屋重三郎人気でしょうか?😊。
ここから京阪電鉄清水五条まで歩いて、電車に乗り、祇園四条で下車。阪急河原町駅まで歩き、四条烏丸からバスに乗って帰りました。四条京阪前でバスに乗れそうだったんですが、信号の都合で乗れなかったのは仕方ないです。相当歩いたので疲れたので、あとは何処にも寄りませんでしたね。疲れる筈です。最高気温は24.1℃まで上がってました。
最初に、ここは何回目ですか?と聞かれました。私は2度目です。それで「案内は不要で宜しいでしょうか?」と聞かれたので「OKです」と返答。希望すれば案内して貰えるみたいです。
洛東遺芳館は京の豪商であった、柏屋を母体とし、1974年(昭和49年)に開館した。柏原家は、肥後熊本加藤清正公の家臣、柏原郷右衛門を祖とすると伝えられてる。江戸期の寛永年間(1645)初代三右衛門が当所に居を構えたといわれており、はじめ京小間物・扇子等を商い、徐々に商種商域を拡げ、木綿・漆器・紙の店を江戸に持ったいわゆる江戸店持京商人となり、今日も東京・大阪で盛業中です。展示品のすべては、柏原家の江戸時代からの伝承品で、婚礼調度・絵画・浮世絵・工芸品・古書古文書等で、これ等を順次展示している。また、現在の建物も幾多の大小火難を逃れ、数百年来の商家の体裁を保っている京都でも数少ないもので、豪商の質実剛健な暮らしぶりがうかがえる。
この収蔵庫では、令和7年秋季展「続・蔦屋重三郎と浮世絵師展」10月1日(水)~11月3日(月・祝)が開催中でした。
すべては紹介できませんが、これで2階から1階に降りました。まだ先に入られた方は案内を聞いてました。
ここから京阪電鉄清水五条まで歩いて、電車に乗り、祇園四条で下車。阪急河原町駅まで歩き、四条烏丸からバスに乗って帰りました。四条京阪前でバスに乗れそうだったんですが、信号の都合で乗れなかったのは仕方ないです。相当歩いたので疲れたので、あとは何処にも寄りませんでしたね。疲れる筈です。最高気温は24.1℃まで上がってました。
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