嵐山を散策 虚空蔵法輪寺へ
10月27日(月)は、嵐山公園までバスに乗り向かったのが、2022年(令和4年)12月15日(水)以来、来て無かった虚空蔵法輪寺でした。
嵐山公園から法輪寺の「裏参道」から入ります。帰りは表参道から降りるつもりです。

この「裏門」の開門が9時とHPに書いてあったので、その時間に合わせて来ました。


この右手に見えるのが、「法輪寺展望台」です。それまで、ずっと登りが続きます。
少し登ったので、木々の間から市街地が少しだけ見えています。このあと表参道に出ます。
表参道に出ました。本堂まで、まだ階段を上がります。下から外国人観光客が登って来られるのが見えました。
階段を登り切って、正面に「本堂」が見えますが、先に展望台に向かいます。

9時3分に着きました。展望台に至る門は開門されてました。ここも開門は9時のようです。

あとで外国人観光客が来られるようですが、まだ誰も居ません。先ずは「渡月橋」を撮りました。

次に、世界遺産 仁和寺の五重塔が見えたので、ズームで撮ってみました。上から4層まで見えましたね。
この正面の尖った山が「比叡山」です。

このように東山を見ると、京都が山に囲まれた盆地であることが良く分かります。
これくらい下がると、愛宕山が撮れます。

少し霞んでますが、「ニデック京都タワー」が見えたので、こちらもズームで撮りました。
この展望台は、8月16日の五山の送り火に開放されます。曼荼羅山の鳥居形しか見えませんが。
2014年(平成26年)8月16日(土)の「法輪寺 送り火観賞と勤行参列」に参加して、一度だけ見たことがあります。随分前の話なので、最近も解放されるか知りません。

9時9分に「展望台」を出ました。二組ほど外国人観光客が来られたので。
「本堂」は1864年(元治元年)の「禁門の変」による兵火にかかって焼失したのを明治になって再建したもの。
本堂は非公開のため入れません。ご本尊は虚空蔵菩薩で、知恵の神様でもあるため、京都の人は「十三まいり」で知恵を授かりに一度は必ずお参りに行かれます。弘法大師の高弟である道昌によって彫られた由緒ある虚空蔵菩薩さまですが、秘仏として大切に祀られているため、目にすることは叶いません。しかし、ご本尊様の前にある、お姿を写したお前立ちも大変古く、なんと加賀の前田利家が寄進したものだそうです。
本堂前にある納経所で御朱印をいただきました。僧侶の方が来られたので、直書きして貰えて良かったです。
私も「十三まいり」に来たのでしょう、まったく覚えてません。来て無いかもです😊。お参りのあと渡月橋を渡るとき、振り返っては行けないと聞いた記憶はあります。
法輪寺は、都か京に移される前の713年(和銅6年)元明天皇(女帝)(第43代天皇)の勅願により行基(ぎょうぎ)菩薩が創建したのが始まり。創建当初は、霊験あらたかな泉が湧いてたこともあり葛井寺(かどのいじ)と呼ばれていた。平安時代に入り、弘法大師の弟子・道昌(どうしょう)が829年(天長6年)に本尊虚空蔵菩薩を安置し、874年(貞観16年)に寺号を法輪寺と改め伽藍が整備されていきます。その後、応仁の乱や蛤御門の変で二度の兵火を受けたが、その都度再興された。本尊虚空蔵菩薩は「嵯峨の虚空蔵さん」として親しまれて、その知恵と福徳を授かるため、4月30日を中心に、全国から「十三参り」に訪れる。

次に、時間があったので「多宝塔」に寄りました。以前、実施された嵐山花灯路では、趣向を凝らしたライトアップをされてました。

「針供養塔」と書かれた石塔の奥には「鐘楼」がありました。
この石段の奥に針を納める「宝塔」があるようです。法輪寺では、毎年12月8日に針供養の法要が執り行われます。


本堂の前には、牛と虎の一対の石像があります。法輪寺の本尊、虚空蔵菩薩が丑年・寅年生まれの守護であることにちなむそうです。
こちらは「羊の象」です。羊は虚空蔵菩薩の使いだそうで、この羊を触ることにより、智恵を授かれるみたいです。

階段を降りて直ぐに「うるしの碑」がありました。文徳天皇(第55代天皇)の第一皇子惟喬親王は、法輪寺に籠もり、その満願の日の11月3日、虚空蔵菩薩より「うるしの製法」と「漆塗りの技法」を伝授され、それを全国に広めたという。





私は、法輪寺に来たら必ずに寄るのが「電電宮」です。職業がら参拝して帰ります。日頃の感謝を込めて😊。
電電宮は、法輪寺の鎮守社五社明神の一つである電電明神が祀られている。古来電電陰陽融合光源の徳を祖として鎮守としてあがめられてきた。今日でいう電気電波の祖神が祀られている。電電宮は幕末の兵火で焼失したが、1969年(昭和44年)電気電波関連業界の発展と繁栄を新たに祈願する趣旨から、新社殿の再興がなされ今日に至っている。電力、電機電子、電波の発展は人類の生活文化向上に大きく貢献し、世界の平和と繁栄に不可欠なものであり、その祖神を奉祀する電電宮は広く電機、電波関係者より崇敬されている。
電電宮の向かいが、行きに通って来た裏道です。帰りは表参道を下ります。




電気電波の祖神電電宮が祭祀されている法輪寺境内に「電電塔」を建立し、その発展の基を築かれた「トーマス・アルバ・エヂソン」(右)並びに「ハインリヒ・ルドルフ・ヘルツ」(左)の胸額を壁面に飾りその功顕彰すると供に、広く電気電波の発展隆昌に貢献された先覚功労者の霊を慰めるものである。



9時20分頃に「表門」から出て行きました。境内で出会って人は、すべて外国人観光客でした。

行きはバスで来ましたが、帰りは「渡月橋」を歩いて渡ります。桂川(大堰川)の中州にはシロサギが佇んでました。
朝、まだ早い時間ですが、中辻通りは人が多いです。外国人観光客は、「竹林の小経」を目指して歩いて行かれますし、この時期は修学旅行生の姿も増えました。私は、「有職菓子御調進所 老松 嵐山店」に寄りました。
9時38分に着きました。中を覗くと空いていたので入ってみたわけです。

買い物に寄ったですが、海外の方が居たので、時間がかかりそうで、それならと「茶房」が開いていたので入りました。





注文したのは「抹茶セット」です。生菓子は「山の幸」が私で、「丹波路」を妻がいただきました。半分づつ食べましたが、供に美味しかったです。
帰りに、振り向いて掛け軸を見ると、信玄の文字に興味引きました。信州川中島まで文字は読めましたが。
茶房を出て、買い物を済ませました。最初に入ったときは外国人観光客居ましたが、出て行かれたようです。
老松を出ると前が、中辻通りです。それにしても外国人観光客ばっかり。この辺りは駐停車禁止にされてますが、タクシーが止まるので、バスが離合できません。ルールはちゃんと守って欲しいものです。
余談ですが、観光地から離れた「嵯峨小学校前バス停」に外国人観光客が増えました。この日も、20数名がバスを待っています。たまたまバスが来たので分かったですが、京都バスの清滝行きを待っていたようです。目的は清滝へのトンネル前にある愛宕念仏寺です。何がバズったのか、ここ最近急に外国人観光客が増えました。歩いても20分ぐらいで行けるかと思いますが、あの五百羅漢がお目当でしょう。「竹林の小経」や「愛宕念仏寺」が、外国人観光客のお目当てになっています。行かれる方はご注意を😊。
嵐山公園から法輪寺の「裏参道」から入ります。帰りは表参道から降りるつもりです。
2014年(平成26年)8月16日(土)の「法輪寺 送り火観賞と勤行参列」に参加して、一度だけ見たことがあります。随分前の話なので、最近も解放されるか知りません。
本堂は非公開のため入れません。ご本尊は虚空蔵菩薩で、知恵の神様でもあるため、京都の人は「十三まいり」で知恵を授かりに一度は必ずお参りに行かれます。弘法大師の高弟である道昌によって彫られた由緒ある虚空蔵菩薩さまですが、秘仏として大切に祀られているため、目にすることは叶いません。しかし、ご本尊様の前にある、お姿を写したお前立ちも大変古く、なんと加賀の前田利家が寄進したものだそうです。
本堂前にある納経所で御朱印をいただきました。僧侶の方が来られたので、直書きして貰えて良かったです。
法輪寺は、都か京に移される前の713年(和銅6年)元明天皇(女帝)(第43代天皇)の勅願により行基(ぎょうぎ)菩薩が創建したのが始まり。創建当初は、霊験あらたかな泉が湧いてたこともあり葛井寺(かどのいじ)と呼ばれていた。平安時代に入り、弘法大師の弟子・道昌(どうしょう)が829年(天長6年)に本尊虚空蔵菩薩を安置し、874年(貞観16年)に寺号を法輪寺と改め伽藍が整備されていきます。その後、応仁の乱や蛤御門の変で二度の兵火を受けたが、その都度再興された。本尊虚空蔵菩薩は「嵯峨の虚空蔵さん」として親しまれて、その知恵と福徳を授かるため、4月30日を中心に、全国から「十三参り」に訪れる。
電電宮は、法輪寺の鎮守社五社明神の一つである電電明神が祀られている。古来電電陰陽融合光源の徳を祖として鎮守としてあがめられてきた。今日でいう電気電波の祖神が祀られている。電電宮は幕末の兵火で焼失したが、1969年(昭和44年)電気電波関連業界の発展と繁栄を新たに祈願する趣旨から、新社殿の再興がなされ今日に至っている。電力、電機電子、電波の発展は人類の生活文化向上に大きく貢献し、世界の平和と繁栄に不可欠なものであり、その祖神を奉祀する電電宮は広く電機、電波関係者より崇敬されている。
朝、まだ早い時間ですが、中辻通りは人が多いです。外国人観光客は、「竹林の小経」を目指して歩いて行かれますし、この時期は修学旅行生の姿も増えました。私は、「有職菓子御調進所 老松 嵐山店」に寄りました。
帰りに、振り向いて掛け軸を見ると、信玄の文字に興味引きました。信州川中島まで文字は読めましたが。
老松を出ると前が、中辻通りです。それにしても外国人観光客ばっかり。この辺りは駐停車禁止にされてますが、タクシーが止まるので、バスが離合できません。ルールはちゃんと守って欲しいものです。
余談ですが、観光地から離れた「嵯峨小学校前バス停」に外国人観光客が増えました。この日も、20数名がバスを待っています。たまたまバスが来たので分かったですが、京都バスの清滝行きを待っていたようです。目的は清滝へのトンネル前にある愛宕念仏寺です。何がバズったのか、ここ最近急に外国人観光客が増えました。歩いても20分ぐらいで行けるかと思いますが、あの五百羅漢がお目当でしょう。「竹林の小経」や「愛宕念仏寺」が、外国人観光客のお目当てになっています。行かれる方はご注意を😊。
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