丹波篠山を行く 日本100名城「篠山城大書院」へ

日本100名城の一つである、丹波篠山城には、2009年(平成21年)5月26日(火)に行ってます。写真も残っているので、この日までに見直ししました。

安泰山 大国寺を出て、概ねナビの誘導で東に向いて走ります。土地勘が無いのでナビが頼りですね、交通量もそんなに多くなく、丹波篠山城「三の丸西駐車場」に、11時14分に着きました。

IMG_9782.jpg入口で200円を払います。注意事項は、観光バスのエリア以外なら、何処に止めて良いとのこと。ただ、空いているのを探すのに苦労しました。

広い広い三の丸でしたが、本当に予想外に空きがありません。観光バスの数台止まっているし、すっかり観光地になりましたね、16年前は人も少なかったです。

IMG_9783.jpg奥の方が空いていたので、そこから歩いて「三の丸西駐車場」の入口まで来ました。ここで200円をお支払いしたわけです。

IMG_9784.jpg大手馬出跡」から「北堀」を渡って城内に入ります。

城内にも多くの人が入っていかれます。看板を見ると、令和7年11月1日(土)~11月30日(日)まで、丹波篠山市民の方、丹波篠山市の学校に在学の方に限り、丹波篠山市4文化施設に無料で入館できるとのこと。無料でご入館できるのは丹波篠山市4文化施設は、「篠山城大書院」、「青山歴史村(デカンショ館)」、「歴史美術館」、「武家屋敷安間家史料館」の4館だそうです。

IMG_9786.jpgIMG_9787.jpgIMG_9788.jpg現在はバリアフリー化されてますが、ここ「枡形」でしょう。さらに奥へ進みます。

IMG_9789.jpgIMG_9791.jpg人が多かったので、綺麗に撮れなかった「鉄門(くろがねもん)跡」です。二の丸へ至る最後の門の跡だそうです。絵図によると櫓門形式の門があって、呼び名の通り門扉には、鉄板が張られていたのでは無いかと推定されている。

篠山城は、1600年(慶長5年)の「関ヶ原の戦い」後、篠山領は前田茂勝、ついで松井松平康重が封じられ丹波八上城に拠っていました。徳川家康は、豊臣秀頼の存在を警戒する大坂城の包囲と、豊臣家ゆかりの西日本の諸大名を押さえる拠点として、1609年(慶長14年)に篠山盆地に築いた城である。いわゆる天下普請とよばれるもので、 総奉行は池田輝政、縄張りは築城の名手藤堂高虎が手がけました。15ヶ国、20の大名の夫役、 総勢8万人の労力による大工事で、わずか6ヶ月という短期間で完成させた。初代城主として松平康重が八上城から入り、松平三家8代と青山家6代といずれも徳川譜代の有力大名に引き継がれ、260年余りの幕藩体制のもと、篠山藩5万石の政治・経済・文化の拠点としてその役割を果たした。

IMG_9842.jpgIMG_9793.jpg2000年(平成12年)に復元再建された「大書院」はに玄関から入ります。下駄箱に多くの靴が入っているので混んでる様子?。入場料は500円でした。

大書院は1609年(慶長14年)の篠山城築城と同時に建てられました。1944年(昭和19年)1月6日の夜に火災により焼失してしまいました。大書院を復元するにあたっては、古絵図、古写真、発掘などの総合的な学術調査が実施され、その成果に基づいて2000年(平成12年)に完成した。大書院は木造住宅建築としては非常に規模が大きく、現存する同様の建物の中では京都二条城の二の丸御殿(国宝)に匹敵する建物である。元離宮二条城の御殿は将軍が上洛したと きの宿所となった第一級の建物ということから、大書院は一大名の書院としては破格の規模と古式の建築様式を備えたものといえる。

IMG_9798.jpgIMG_9794.jpgIMG_9795.jpgIMG_9796.jpgIMG_9797.jpg大書院に入ると、最初に「展示室」を見ました。篠山城模型・歴史資料など、城下町の形成、藩主の移り変わりを見られます。

隣に「シアター室」があって、座る席が無いほど、多くの方が見られていました。立って見るのしんどいので、ここはスルーさせて貰いました。

IMG_9799.jpg最初に「虎之間」に入りました。大書院でもっとも広い部屋で36畳もあります。

IMG_9833.jpgIMG_9801.jpgIMG_9800.jpgIMG_9803.jpgIMG_9804.jpgIMG_9805.jpg「虎之間」の続きで、こちらは「手鞠之間」です。18畳もあります。襖が外されているので、虎之間と合わせて54畳の広さです。

IMG_9806.jpgこの部屋では鎧が展示されてて、有名な武将には名前が載っていました。武田信玄、真田信繁、織田信長、伊達政宗、徳川家康の鎧を、ゆっくり見せて貰いました。

IMG_9807.jpgIMG_9808.jpgIMG_9810.jpg次に「源氏之間」に行きました。篠山城大書院の復元模型があって、1997年(平成9年)に贈られようです。

IMG_9811.jpgこちらは21畳の「葡萄之間」です。こちらには「草花小禽図屏風」の展示がありました。篠山藩主青山家に伝えられたもので、江戸時代後期、狩野養川(かのうようせん)の手によるものです。

IMG_9815.jpgこの梵鐘は、4代藩主松平康信が、1672年(寛文12年)に二世安楽(あんらく)を願って造り、城中の道場にかけていたもの。

その後、京都の今熊野権現社や蓮華寺へと移され、1983年(昭和58年)に多くの方の尽力によって310年ぶりに篠山に還ってきたものです。大書院が復元されたのを機に、この場所で展示するようになったとか。

IMG_9816.jpgIMG_9818.jpgIMG_9820.jpgIMG_9821.jpg次に「次之間」で、21畳もあります。文化財保護のためフラッシュが使えないので、少々暗いです。

板襖」は、中央奥は、篠山城二の丸御殿に使用されていたものと伝わる。表面は「牡丹図」、裏面には「桧に鷹図」が描かれ、江戸時代後期、狩野派の絵師の手によるもの。

IMG_9822.jpgIMG_9824.jpgこの大書院のメインの部屋です。「上段之間」で、21畳もあります。16年振りでしたが、ほぼ覚えてました。

上段の間は、最も格式の高い部屋であり、幅3.5間の大床、その左手に付書院、右手に違い棚、帳台構が設けられている。こういった座敷を飾るしつらえが整うのは大書院が創建された慶長頃のことと考えられている。この上段の間には、往事の雰囲気を再現させるため、江戸時代初期の狩野派絵師が描いた 屏風絵を障壁画として転用している。大床は「老松図」、天袋は「花卉図」、違い棚は「松竹梅雉子図」、帳台構は「牡丹図」、次之間襖四面は「籬に菊図」になっており、華やいだ季節感が感じられる。

IMG_9826.jpgIMG_9827.jpgIMG_9829.jpg最後が「孔雀之間」で、15畳もあります。ここも鎧の展示がありました。

IMG_9830.jpgIMG_9831.jpgIMG_9832.jpgここでは陣羽織を着て記念写真が撮れるみたいです。二人とも恥ずかしいのでスルーです。

皆さんシアター室が出て来られたのかどうか分かりませんが、書院内はガラガラでした。11時30分に大書院を出ました。

IMG_9834.jpg次に二の丸御殿跡に行きます。2009年(平成21年)5月26日(火)には天守台まで行きましたが・・・。

IMG_9836.jpgIMG_9837.jpg大書院を南側から見ています。手前に二の丸御殿が建っていたんですね。

IMG_9838.jpgこちらは本丸跡にある「青山神社」です。時間の都合で外から撮りました。調べると旧藩主青山家の遠祖、青山忠俊及び青山家中興の藩主と称せられた青山忠裕(丹波国篠山藩4代藩主)が御祭神で祀られている。

IMG_9839.jpg車を止めている「三の丸」を上から見ました。先輩の車も奥に入れましたが、まだまだ奥に止められたようです。

IMG_9840.jpgIMG_9843.jpg行きは人が多くて撮れなかった「鉄門(くろがねもん)跡」です。

IMG_9844.jpgIMG_9846.jpgIMG_9847.jpg11時40分頃に「三の丸駐車場」に戻りました。お昼も近いので、ここから食事に向かいます。

ここに車を置いて、市内を回っても良かったですが、帰りの特急の時間もあるので車で向かうことに。

この記事へのコメント

2025年12月10日 20:42
篠山城、石垣の雰囲気がいいですね。
鉄門跡からの眺めも素晴らしい。
その昔、家康の時代にタイムスリップして
しまいそうな気がします。丹波篠山は、
以前一度訪れた事があって、とても
いい印象を持ちました。でも、その時はまだ
大書院が復元されてなかったのは残念です。

壬生里
2025年12月13日 16:32
yasuhikoさんへコメントありがとうございます。

せっかく丹波篠山まで来たので、篠山城まで来てみました。篠山市民の方は、特別に無料で入れるのでしょう、多くの方が来られてました。 大書院は入ってみて、所々思い出しましたね。
ただ以前、来たときに寄った天守台の位置は忘れてて行けなかったです。
まだ11月11日でしたが、紅葉が見頃で、遠路来てみて良かったです。
2025年12月13日 22:05
私も2年前に丹波篠山城へ行きました。
きれいな大書院と、その中の展示物や鎧兜の部屋も覚えています。
私が行ったのは初夏だったので、秋の彩りと趣の風景もいいのもだなと思いました。何より青空の下、石垣も美しく感じます。
青山神社はお参りしましたよ。懐かしく感じます。
壬生里
2025年12月15日 18:07
ミクミティさんへコメントありがとうございます。

以前は天守台まで行ったですが、帰りの特急の時間があったので、大書院以外はスルーしました。
以前来たときよりも人も多くて、篠山市もすっかり観光地化なったように思います。まだ京都市内では紅葉は早かったのに、こちらで見られて良かったです。