丹波篠山を行く 「大正ロマン館」と「丹波篠山市立青山歴史村」へ

この日、丹波篠山市に行くことになって、食事するところを探しました。この時期になると丹波篠山の名物は「ぼたん鍋」です。ただ鍋料理は食事に時間がかかるので、早々に除外し、探し直したところ何箇所か候補はあったですが、丹波篠山城から近い大正ロマン館に行くことにしました。

丹波篠山城から歩いた5分ぐらいかも知れません。最初、「丹波篠山市交響ホール西駐車場」を予定してましたが満車でした。それで次に予定していた「丹波篠山市大手前南駐車場」に11時43分、車を入れて貰いました。ここは食事のあとに行くつもりしていた「青山歴史村」に近いので、それでも良かったかもです😊。

IMG_9848.jpg丹波篠山 大正ロマン館(旧篠山町役場)は、篠山の土産物を販売されていますが、奥には食事ができるスペースがあるのを調べてきたわけです。

1922年(大正11年)11月の上棟式後、翌1923年(大正12年)4月から1992年(平成4年)3月までの約70年間の篠山町役場としての役目を終え、1993年(平成5年)6月3日、その歴史ある建物を重要建造物として末永く保存再利用するため、装いも新たに「大正ロマン館」として開館されました。それ以来、都市と農村の交流の館として多くの人々に親しまれて利用され、観光の拠点としてもその役目を果たしています。

IMG_9852.jpgIMG_9849.jpgIMG_9850.jpgIMG_9851.jpg時間がかからないものを選びました。「オムライス」です。思っていたよりメニューが少なかったですね、ただ美味しくいただけました。

IMG_9853.jpg食事のあと、土産物を見ました。篠山の名産は黒豆でしょう。栗は時期が過ぎているので、ただここで時間を使いたくなったので、早々に出ることにしました。

車を止められたコインパーキングの横には、丹波篠山市立青山歴史村があって、丹波篠山デカンショ館も併設されています。ここも2009年(平成21年)5月26日(火)に行ってますが、ほぼ覚えてません😊。

IMG_9854.jpgIMG_9855.jpgこの門の向かって右にコインパーキングがあります。受付が何処にあるか覚えて無いので、このまま西に向かって歩いて行きます。

IMG_9857.jpg程なく、この壊れかけた門を通り過ぎました。案内版を見ると、この門は丹波篠山市指定文化財(建造物)の「高城屋敷門」だそうです。

元は八上城内の屋敷門であったと伝わる。八上城は戦国時代に多紀郡(現篠山市)を治めた波多野氏の居城であり、高城山の山上に築かれた山城である。八上城が廃された後、篠山城下の武家屋敷門として転用された。1969年(昭和44年)まで現在の篠山郵便局の位置にあったが、同局の新局舎建築に伴って、篠山市殿町の個人宅に移築された。さらにその後、1998年(平成10年)に現在の位置に移された。一間一戸の薬医門であり、現在は瓦葺であるが、創建時は茅葺きであったとされる。

IMG_9858.jpg次に北に向かって歩きます。この先の「長屋門」が「丹波篠山市立青山歴史村」のようです。

長屋門は篠山藩旧藩士澤井家にあった木造入母屋造り、茅葺きのもので1957年(昭和32年)にこの地に移築されたもの。江戸時代の文化年間頃の建造物と考えられる。

IMG_9859.jpgここに拝観受付所がありました。入館料は300円で、4館共通券の案内もされました。4館とは、「篠山城大書院」「丹波篠山市立歴史美術館」「青山歴史村・デカンショ館」「丹波篠山市立武家屋敷安間家史料館」で900円でした。

青山歴史村は、篠山藩主青山家の明治時代の別邸「桂園舎(えいえんしゃ)」と名付けられた建物を中心にして、3棟の土蔵と長屋門から成っている。版籍奉還後、青山家の別邸として建てられたもので、藩政文書とともに、青山家ゆかりの品々や篠山藩校「振徳堂(しんとくどう)」の蔵書などを所蔵している。1987年(昭和62年)から青山歴史村として一般公開。1998年(平成10年)に、歴史村を管理していた財団法人青山会から篠山市に全資産を寄付されたのを契機に、市立の史料館として蔵書の保存を図るとともに、調査研究にも活用している。

IMG_9862.jpgIMG_9871.jpg最初に入ったのは「版木館」です。ここは全く覚えて無かったです。それもそうで館内は撮影禁止と書いてありました。

版木(丹波篠山市指定文化財)」について、篠山藩で藩士の教育のために、版木で数多くの漢学書を印刷し刊行している。この版木館では版木を1200枚余り所蔵しているそうです。材質は桜の木を使用だとか。
通鑑擥要(つがんらんよう)(丹波篠山市指定文化財)」は、版木で印刷された漢学書。

IMG_9912.jpg長屋門を入って左には、大きな石の展示があって、篠山城を築城するときに、各大名が普請したのでしょう、石に符号が刻んでありました。

IMG_9861.jpgこの庭は「無文銭の庭」と書いてありました。青山家が1748年~1871年まで篠山藩主でした。その青山家の家紋に因んだようです。

IMG_9872.jpgこちらは「金櫃(かねびつ)」(丹波篠山市指定文化財)のようです。何故かお金が投げ込まれてました。意味が無いかと思いますが。

篠山藩時代に使用していた石の金庫である。現在、三井住友銀行篠山支店になっている所は、もと篠山藩の貨幣司が、藩内の金融取引をしていた所(掛所)であったが、そこの土蔵床下の土中に埋められていた櫃で、花崗岩の板石を組み合わせたもので、上蓋は6枚の板石が並ぶようになっている。

IMG_9875.jpgこちらは「家紋入瓦」です。篠山藩主の青山家の家紋は「無文銭」です。その由来が書いてありました。

ある時、庭に筍が銭をかついで生えてきた。あまりにも不思議であったので、成長の後にこの竹を切って馬標に使用したところが、出陣ごとに功績があったので、縁起がよいとして穴あき銭の文字をとって、これを家紋とした。

IMG_9911.jpgIMG_9876.jpgこちらが旧篠山藩主青山家の明治時代の別邸「桂園舎(えいえんしゃ)」で、内部も見られそうなので入ってみます。

IMG_9902.jpg入ると「土間」に「人力車」が展示されてました。最近では観光地で人力車を見るので珍しくないですね。この人力車の年代は書いて無かったです。

IMG_9878.jpgIMG_9879.jpg室内に上がっても良いと書いてあったので靴を脱いで上がりました。合わせて18畳の広さです。ただ用途の案内は無かったです。

IMG_9881.jpgIMG_9882.jpgIMG_9883.jpg奥の部屋は8畳で、「青山家家紋入りの長持」が置いてありました。中に何が入っているか見てみたかったけど、触るなと書いてあったので😊。

IMG_9885.jpg床の間に展示されているのは「青山家家紋入り兜鉢」です。江戸時代の作のようです。

IMG_9887.jpg気づくのが遅かったけど、ガラスケース内の展示品は撮影禁止と書いてあって、展示品の写真は載せません😢。

IMG_9899.jpgなりきり体験」と書いてあって、明治時代の服装を着て、記念写真が撮れるようです。もちろんスルーです😊。

IMG_9900.jpgIMG_9901.jpgIMG_9904.jpg遠路、ここまで来たので、次に庭を見てみます。

IMG_9905.jpgIMG_9906.jpgIMG_9907.jpgIMG_9908.jpgIMG_9909.jpgIMG_9910.jpgツワブキ」が咲く奥には重厚な「」もあります。案内では「古文書館」と書いてありました。

この丹波篠山市立青山歴史村には、丹波篠山デカンショ館が併設されています。最後に、そちらに入ります。

IMG_9863.jpg入館料は、丹波篠山市立青山歴史村に含まれています。以前来たときの記憶は、ここだけなんです。

デカンショ館では、丹波篠山の歴史文化を歌詞にのせて歌った「デカンショ節」をはじめ、「日本遺産のまち 丹波篠山」の魅力あふれる歴史・文化・自然・特産品などを紹介しています。

IMG_9864.jpgIMG_9865.jpg入ると直ぐが「プロローグ」です。民謡に疎い私でもデカンショ節の一節ぐらいは知っています。

IMG_9866.jpgバーチャルデカンショ踊りブース」です。民謡は知ってますが、踊りは知りません。

IMG_9867.jpgIMG_9868.jpgIMG_9869.jpgシアター室」に入ると、機器の故障で見られないと書いてありました。前途したとおり踊りは知らないので残念でした😢。

IMG_9870.jpg江戸時代の民謡を起源とするデカンショ節によって、地域のその時代ごとの風土や人情、名所、名産品が歌い継がれているみたいです。

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外にあった「デカンショ踊り子像」です。夜間にウクランナの国旗の色でライトアップされるようです。

12時30分頃に車に戻りコインパーキングを出ました。約50分ぐらいでしょうか止めていましたが、出るとき0円の表示が。まだ福知山に帰るのは早かったので、もう一箇所寄って行くことにしました。

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