旧嵯峨御所 大本山 大覚寺「嵯峨菊展」へ
旧嵯峨御所 大本山 大覚寺では、毎年11月1日(土)~30日(日)の間、嵯峨菊展を開催されます。ほぼ毎年来てますが、今年は嵯峨菊が見頃となった11月19日(水)に行きました。
京都というより全国的に17日(月)から今季初めての寒波が来ました。17日(月)の最高気温が22.2℃もあったのに、翌日の18日(火)の最高気温は13.1℃までしか上がりませんでした。秋を通り越して12月中旬の気温となったので、この寒さは堪えます。翌日の19日(水)の最低気温は、6.7℃と今季最低を記録。我が家では、この日の朝に、初めて暖房を使いました。ただこの寒波は足早に日本から遠ざかるようです。そんな寒いなか、大覚寺に向かったわけです。参考までに、この日の最高気温は10.9℃までしか上がりませんでした。
一条通りから見ています。私の想像ですが、かつての大覚寺の入口かなぁと思っています。

お堂エリアの入口に着きました。入口の紅葉、綺麗に色づいています。

私の前に数組の多があるかれてて、この「御殿川(ごてんがわ)」素通りされました。この川では、時代劇の必殺シリーズなどで、度々使われます😊。この下を役者さんが走られてましたね、水しぶきをあげて。


お堂エリアの拝観入口にある「総門」を入ると、綺麗に咲き誇る「嵯峨菊」の展示がありました。
既に9時を過ぎていたので入りました。拝観料は大覚寺お堂エリアと祇王寺のセット券を購入。来年の4月1日から拝観料が500円から800円に値上げされるみたいです。


靴は袋に入れて持ち歩きます。この部屋は「大玄関 松の間」で障壁画は狩野永徳で複製です。そこには輿が展示されてて、輿(九曜菊紋入)は後宇多法皇が使用されたとあります。

先に「宸殿」に入ります。
今日は、ここでスリッパに履き替えて下に降りて「嵯峨菊」を見ます。
余談ですが、いつもは玄関にスリッパがあるのに、ここで使われるため、ありません。廊下が冷たくて・・・困りました🥶。
普段はは、このように「宸殿」の全景を撮れません。真っ先に撮って置きました。






この時期は紅葉でしょうけど、「嵯峨菊」も綺麗です。京都府立植物園でも、一部展示はありますが。
嵯峨菊は、今から1200前、嵯峨天皇(第52代天皇)が、大沢池の菊ケ島に自生しいた野菊を、その気品ある姿と香りを好まれ、この独特の古代菊を、永年にわたり王朝の感覚を持って育成し、一つの型に仕立て上げられた風情と、格調をかねそなえた菊が大覚寺「門外不出」の嵯峨菊です。この菊の仕立ては一鉢に3本仕立てとし、長さは約2㍍に育成いたします。これは殿上から鑑賞されるために高く育てているのです。花は、下部に七輪、中程に五輪、先端に三輪で「七五三」とし、葉は下部を黄色、中程は緑、先端を淡緑と、四季を表しています。花弁は、糸状で五十四〜八十弁程、長さは約10㌢の茶筅状が理想とされます。淡色の花々が色とりどりに美を競い、格調高い香りを漂わせています。花の色は「御所の雪(白)、「御所の秋(黄)」、「御所錦(朱)」、「御所の春(ピンク)」があります。毎年、11月に「嵯峨菊展」を開催し、嵯峨菊約700鉢を寺内に展示、多くの参拝者に楽しまれています。



この嵯峨菊展の開催中は、お堂の周りに展示されています。この時期では、全ての鉢が見事に咲き誇ってます。
手前が黄色の「嵯峨菊」、奥が「勅使門」です。「嵯峨天皇奉献 華道祭」では、勅使門前まで行けます。


向こうに見えているのが「五大堂」です。大沢池は紅葉が見頃のように見えています。


宸殿の裏手に行ってみると、中に人が居て「紅梅の間」の襖が開いてました。写真撮ってると「閉めましょうか?」と聞かれたですが、そのままにして貰いました。
聞くと、テレビの取材じゃなくて、雑誌の写真を撮りに来られていたようです。開いてるのがレアなんで写真を撮って置きました。
次に「村雨の廊下」を通って「心経前殿(御影堂)」に向かいます。
「心経前殿(御影堂)」に来ました。


>「心経前殿(御影堂)」の前も「嵯峨菊」咲かせています。ここでは堂内に入ってお参りしました。
ここでは、「嵯峨天皇(第52代天皇)」、「弘法大師(秘鍵大師)」、「後宇多法皇(第91代天皇)」、「恒寂入道親王(大覚寺の初祖)」の尊像が祀られていました。
「心経前殿(御影堂)」から見た「御霊殿(安井堂)」です。次に、そのお堂に入りました。

京都東山にあった安井門跡蓮華光院の御影堂を、1871年(明治4年)に移築。奥の内々陣の折上の鏡天井に壮麗な雲龍が描かれています。
中央には鳳輦(ほうれん)に坐す僧形の第108代天皇の「後水尾天皇像」が、向かって左には「弘法大師像」と「慈性入道親王像」。向かって右には「雲照律師像」が安置されていました。
五大堂から見た「心経前殿(御影堂)」です。


「五大堂」に入りました。ここでは「写経」が出来ますが、今日はしません。御朱印だけしただきました。
御朱印のデザインは、大納言公任こと藤原公任(ふじわらのきんとう)の姿と紅葉です。和歌も書いてあります。
五大堂は、「大覚寺の古文書」の中に、「嵯峨天皇の勅願により嵯峨離宮に嵯峨五台山明王院五大堂を建立し弘法大師が入唐した折、大唐より伝わった五大明王(重文)を奉祀し811年(弘仁2年)3月11日に利民安世、五大明王秘法を修し給うたちまち、五風十雨節序にしたがい、百穀豊穣し、万民其澤に潤う」と、その由来が伝えられています。現在の建物は、江戸時代の天明年間(1781~1789)に再建されたもので、大覚寺の本堂にあたります。本来は境内中央の勅使門の正面(現在は石舞台)の位置にありましたが、1925年(大正14年)大正天皇即位式の饗応殿が下賜され御影堂(心経前殿)として建築されたため、現在地に移築されました。また、現在祀られているご本尊は大覚寺創建200んを記念して1975年(昭和50年)に京都の大仏師松久琳と人間国宝松久宗琳の手で新しく造像されたものです。近畿三十六不動尊第十三番の霊場として多くの人々に親しまれています。大沢池のほとりに位置し、正面中央は板唐戸いたからど、両脇各2間は蔀戸となっている。大沢池に面する東面には池に張り出すように観月台(濡れ縁)があり、大沢池の眺望がすばらしく、大沢池エリアへの共通参拝口もあります。五大明王とは不動明王・降三世明王・軍荼利明王・大威徳明王・金剛夜叉明王のことです。
五大堂内では、蝋燭と線香を士お参りしました。





お参りのあと、「観月台(濡れ縁)」に出てみました。下が濡れていたので、乾いた所をみつけ前に出ました。やっは今年は紅葉イマイチです。



五大堂から「御霊殿(安井堂)」の裏手を通って、「心経前殿(勅封心経殿)」でました。ここは60年に一度開扉され、前回開いた2018年(平成30年)10月19日(金)に「勅封般若心経戊戌開封法会」に行かさせて貰いました。
心経前殿(勅封心経殿)は、1925年(大正14年)の建立で、法隆寺夢殿を模した八角形で高床式のコンクリート造りの建物です。殿内には嵯峨天皇をはじめ、後光厳天皇、後花園天皇、正親町天皇、光格天皇の宸翰勅封般若心経の御写経が納められ、薬師如来立像が奉伺されています。この宸翰勅封般若心経は天皇の命により勅印をした経典として奉られ60年に一度開封。この建物は1998年(平成10年9に文化庁から登録有形文化財に指定された。




出口に向かうために、再び「宸殿」の前を通ります。入ったときに比べ、人はそんなに増えてないです。

9時38分に玄関から出て行きました。すると前方が賑やかな声が何処からともなく聞こえてて・・・?。



行きはスルーした「嵯峨御流」の生け花を見学。綺麗ですね、今年は「嵯峨天皇奉献 華道祭」を見に来てました。






賑やかな声は団体さんでした。バスガイドか添乗員さん分かりませんが、説明しながら入って来られてて、私は嵯峨菊を撮ったら出て行くことにしました。
「総門」から出ました。大覚寺も団体さん来られるですね、紅葉か嵯峨菊がお目当てでしょう。

今日は、これだけで帰りました。これから紅葉が益々見頃になるでしょうね、猛暑に負けなかった紅葉を楽しみたいと思います。
今年は10月中旬まで高温が続いたので、紅葉が心配されましたが、11月に入って急に気温が下がったので、ようやく紅葉が始まったようです。
京都というより全国的に17日(月)から今季初めての寒波が来ました。17日(月)の最高気温が22.2℃もあったのに、翌日の18日(火)の最高気温は13.1℃までしか上がりませんでした。秋を通り越して12月中旬の気温となったので、この寒さは堪えます。翌日の19日(水)の最低気温は、6.7℃と今季最低を記録。我が家では、この日の朝に、初めて暖房を使いました。ただこの寒波は足早に日本から遠ざかるようです。そんな寒いなか、大覚寺に向かったわけです。参考までに、この日の最高気温は10.9℃までしか上がりませんでした。
既に9時を過ぎていたので入りました。拝観料は大覚寺お堂エリアと祇王寺のセット券を購入。来年の4月1日から拝観料が500円から800円に値上げされるみたいです。
余談ですが、いつもは玄関にスリッパがあるのに、ここで使われるため、ありません。廊下が冷たくて・・・困りました🥶。
嵯峨菊は、今から1200前、嵯峨天皇(第52代天皇)が、大沢池の菊ケ島に自生しいた野菊を、その気品ある姿と香りを好まれ、この独特の古代菊を、永年にわたり王朝の感覚を持って育成し、一つの型に仕立て上げられた風情と、格調をかねそなえた菊が大覚寺「門外不出」の嵯峨菊です。この菊の仕立ては一鉢に3本仕立てとし、長さは約2㍍に育成いたします。これは殿上から鑑賞されるために高く育てているのです。花は、下部に七輪、中程に五輪、先端に三輪で「七五三」とし、葉は下部を黄色、中程は緑、先端を淡緑と、四季を表しています。花弁は、糸状で五十四〜八十弁程、長さは約10㌢の茶筅状が理想とされます。淡色の花々が色とりどりに美を競い、格調高い香りを漂わせています。花の色は「御所の雪(白)、「御所の秋(黄)」、「御所錦(朱)」、「御所の春(ピンク)」があります。毎年、11月に「嵯峨菊展」を開催し、嵯峨菊約700鉢を寺内に展示、多くの参拝者に楽しまれています。
聞くと、テレビの取材じゃなくて、雑誌の写真を撮りに来られていたようです。開いてるのがレアなんで写真を撮って置きました。
ここでは、「嵯峨天皇(第52代天皇)」、「弘法大師(秘鍵大師)」、「後宇多法皇(第91代天皇)」、「恒寂入道親王(大覚寺の初祖)」の尊像が祀られていました。
中央には鳳輦(ほうれん)に坐す僧形の第108代天皇の「後水尾天皇像」が、向かって左には「弘法大師像」と「慈性入道親王像」。向かって右には「雲照律師像」が安置されていました。
五大堂は、「大覚寺の古文書」の中に、「嵯峨天皇の勅願により嵯峨離宮に嵯峨五台山明王院五大堂を建立し弘法大師が入唐した折、大唐より伝わった五大明王(重文)を奉祀し811年(弘仁2年)3月11日に利民安世、五大明王秘法を修し給うたちまち、五風十雨節序にしたがい、百穀豊穣し、万民其澤に潤う」と、その由来が伝えられています。現在の建物は、江戸時代の天明年間(1781~1789)に再建されたもので、大覚寺の本堂にあたります。本来は境内中央の勅使門の正面(現在は石舞台)の位置にありましたが、1925年(大正14年)大正天皇即位式の饗応殿が下賜され御影堂(心経前殿)として建築されたため、現在地に移築されました。また、現在祀られているご本尊は大覚寺創建200んを記念して1975年(昭和50年)に京都の大仏師松久琳と人間国宝松久宗琳の手で新しく造像されたものです。近畿三十六不動尊第十三番の霊場として多くの人々に親しまれています。大沢池のほとりに位置し、正面中央は板唐戸いたからど、両脇各2間は蔀戸となっている。大沢池に面する東面には池に張り出すように観月台(濡れ縁)があり、大沢池の眺望がすばらしく、大沢池エリアへの共通参拝口もあります。五大明王とは不動明王・降三世明王・軍荼利明王・大威徳明王・金剛夜叉明王のことです。
心経前殿(勅封心経殿)は、1925年(大正14年)の建立で、法隆寺夢殿を模した八角形で高床式のコンクリート造りの建物です。殿内には嵯峨天皇をはじめ、後光厳天皇、後花園天皇、正親町天皇、光格天皇の宸翰勅封般若心経の御写経が納められ、薬師如来立像が奉伺されています。この宸翰勅封般若心経は天皇の命により勅印をした経典として奉られ60年に一度開封。この建物は1998年(平成10年9に文化庁から登録有形文化財に指定された。
今年は10月中旬まで高温が続いたので、紅葉が心配されましたが、11月に入って急に気温が下がったので、ようやく紅葉が始まったようです。
この記事へのコメント
12月の初めにパソコンが完全に壊れて再起不能となり、パソコンに入っていたデータを取り出すことができなくなりました。
11月頃から不安定だったんで、バックデータをとっておくべきでした。
お気に入りも消えてしまったので・・・・
大覚寺の嵯峨菊、11月中に展示されるので毎年訪問しています。京都市内では京都府立植物園や法金剛院でも見られますが、やっぱりここが一番綺麗です。
京都では、あいにく昨日からの雨がやみません。明日は雪が積もりそうな天気予報が出ています。寒くて雨降りのため、当面出かけることはできないですね、
よいお年をお迎えください。
荘厳な伽藍は見事の一言ですが、そこに秋の嵯峨菊が随所に展示されているのですか。それはそれは、贅沢な境内の風景です。
細く繊細な菊ですね。少し華奢な感じがいとおしく感じられます。
もちろん、庭園や建物と一緒に撮りたくなりますね。
一年にこの時期だけの、貴重な光景を見せていただきました。
ここには、いろんな魅力がありますね。
大覚寺の嵯峨菊も、ほぼ毎年見に来ています。京都府立植物園や法金剛院でも見られますが、ここの一番綺麗に咲かせられているかと思います。
11月1日から嵯峨菊展されてましたが、最初は咲いて無かったようで、見頃になる、この日まで待ちました。