紅葉の名所 南禅寺塔頭 天授庵へ
南禅寺「法堂」の特別公開を出て、次に南禅寺塔頭 天授庵に向かいました。天授庵は紅葉の名所です。京都市内では、比較的早く色づくことでも知られています。特にライトアップの美しさは絶景です。


天授庵の塀越しに、綺麗な紅葉が見られました。まさに今が見頃でしょう、期待できます。
9時7分に「通用門(拝観入口)」に着きました。開門前に並ばれていたので、既に多くの方がはいられているでしょう。
拝観料は500円でした。2021年(令和3年)10月22日(金)と同じです。紅葉の名所では、紅葉の時期には通常料金より上げられるのに😊。
天授庵は南禅寺の塔頭のひとつ。1339年(暦応2年)北朝初代光厳天皇の勅許により南禅寺の第15世であった虎関師錬(こかんしれん)が、南禅寺開山である無関普門(むかんふもん)を祀る開山塔のの塔所として建立、創建された。応仁の乱で焼失したが、1602年(慶長7年)、細川幽斎(藤孝)によって再建。方丈の襖絵は長谷川等伯の筆で重文(非公開)。「絹本著色細川幽斎像 同夫人像」重文(非公開)も所有。白砂と苔の美しい枯山水の東庭、南北朝時代の古庭の味わいをもつ池泉回遊式の南庭がある。
門を入ると、正面の庫裏に人だかり。庫裏が奥の庭園が紅葉していて撮影スポットなんですけど、人が多いので帰りに寄ります。空いてしたらの話しですが。

通用門を潜り左手に折れて、さっそく紅葉に出会います。方丈の東面した枯山水庭園が「淵黙庭(えんもくてい)」と呼ばれています。


この紅葉を撮るために人が多いです。足の踏み場もないほど😊。外国人観光客も多いです。人が途切れることは無さそうで、次へと向かいます。
この淵黙庭は前方奥の生垣に沿って楓、松、椿などが植栽され、前に石を立てて白砂が敷かれている。特徴は、庭を横切って正門から方丈へ、方丈から幽斎の廟所へと鈎形に伸びる2条の敷石でしょう。この敷石は正面の正門が開かれたとき以外は通行は出来ません。
この小さな門を潜ると書院の南に出ます。



書院前の遠路は狭いので渋滞します😊。それで紅葉の写真が撮れました。紅葉や黄葉、そして青葉とグラデーション綺麗です。




方丈前の枯山水庭園から、南は池泉回遊式庭園に変わります。この小さな東池を八つ橋でわたりますが、橋の途中からも写真撮れました。渋滞しているので😊。
八つ橋を渡ると、大きな池に出ます。遠路が狭いので一方通行で時計回りで巡ります。
睡蓮が植えられている「西池」。明治期に荒廃していた庭を改修されたようです。人は多いですが、ここは静寂に包まれています。



ここから飛石で渡ります。手摺りがあるので怖くないです。途中から写真も撮れました。

ご覧のように対岸にも人が多いです。

西池の入り組んだ南端に架けられた詫びた風情のある石橋です。ここから出島の先に3つの岩島があり、沢渡りが続く。

ここで西池を離れます。誰も行かなかったけど、最近では2021年(令和3年)10月22日(金)に来ていたので知ってました。
ここには「普門殿(宝物殿)」があって、2010年(平成22年)4月25日(日)に「京都春季非公開文化財特別公開」では入りました。
長谷川等伯の晩年64歳の作「商山四皓図」や「禅宗祖師図」の本物が見られました。本来は本堂の障壁画ですが。

ここから見る紅葉も綺麗です。ここに来たらお一人出て行かれ、暫く私だけでした。


本当は、この苔生した「蹲踞」を見に来たんです。紅葉も見られてラッキーです。



「西池」の南端の参道を紅葉を見ながら歩きました。錦鯉も居たんですね。




行きも通った橋では、擦れ違いに注意して「書院」の前まで戻って来ました。先に言いましたが、全然人は減らないです。







戻ってきて、「淵黙庭(えんもくてい)」も、人が減らなかったです。綺麗な紅葉を見ながら出ました。
向こうに見えているのが南禅寺の「三門」です。上から見たら綺麗でしょう、今日は登りません。

ラッキーなことに、庭園から出ると「庫裏」に人が居ませんでした。ライトアップ以外は、上がることができません。
9時23分に、通用門から出ました。紅葉の名所と言われるだけのことはありますね、綺麗でした。人も多かったけど。
2014年(平成2年)11月21日(金)に見た「ライトアップ」の美しさは圧巻でした。ただ行列は覚悟する必要があります。私はライトアップより自然の明かりの方が綺麗だと思っているので、夜はほぼ行きません。今日は、ここから地下鉄東西線蹴上駅に戻るか、東天王町から市バスで帰るか、迷いましたが東天王町を選択しました。
拝観料は500円でした。2021年(令和3年)10月22日(金)と同じです。紅葉の名所では、紅葉の時期には通常料金より上げられるのに😊。
天授庵は南禅寺の塔頭のひとつ。1339年(暦応2年)北朝初代光厳天皇の勅許により南禅寺の第15世であった虎関師錬(こかんしれん)が、南禅寺開山である無関普門(むかんふもん)を祀る開山塔のの塔所として建立、創建された。応仁の乱で焼失したが、1602年(慶長7年)、細川幽斎(藤孝)によって再建。方丈の襖絵は長谷川等伯の筆で重文(非公開)。「絹本著色細川幽斎像 同夫人像」重文(非公開)も所有。白砂と苔の美しい枯山水の東庭、南北朝時代の古庭の味わいをもつ池泉回遊式の南庭がある。
門を入ると、正面の庫裏に人だかり。庫裏が奥の庭園が紅葉していて撮影スポットなんですけど、人が多いので帰りに寄ります。空いてしたらの話しですが。
この淵黙庭は前方奥の生垣に沿って楓、松、椿などが植栽され、前に石を立てて白砂が敷かれている。特徴は、庭を横切って正門から方丈へ、方丈から幽斎の廟所へと鈎形に伸びる2条の敷石でしょう。この敷石は正面の正門が開かれたとき以外は通行は出来ません。
長谷川等伯の晩年64歳の作「商山四皓図」や「禅宗祖師図」の本物が見られました。本来は本堂の障壁画ですが。
2014年(平成2年)11月21日(金)に見た「ライトアップ」の美しさは圧巻でした。ただ行列は覚悟する必要があります。私はライトアップより自然の明かりの方が綺麗だと思っているので、夜はほぼ行きません。今日は、ここから地下鉄東西線蹴上駅に戻るか、東天王町から市バスで帰るか、迷いましたが東天王町を選択しました。
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