隠れ紅葉の名所 臨済宗天龍寺派 厭離庵「秋の特別公開」へ
小倉山 二尊院を出て、愛宕街道を下ります。ほどなくすると左手に「中院山荘跡」の駒札があるので、その先の路地を左手に入ります。例年なら、この愛宕街道沿いに「厭離庵」の立て看板があるんですが無いんです。私は地元のため、厭離庵(えんりあん)の場所は知ってますが、知らない人は迷うでしょうね。
この日、訪れたのは、2021年(令和3年)11月4日(木)以来、来て無かった臨済宗天龍寺派 厭離庵で、紅葉の名所としてしられています。通常は非公開ですが、毎年紅葉の時期に公開され、今年は11月1日(土)~12月7日(日)までとされてました。
愛宕街道沿いから、この路地を撮りたかったんですが、今日はゴミの収集日のため止めました😊。(上の写真は後日、愛宕街道沿いから撮りなおした写真です)
厭離庵は、臨済宗天龍寺派に属する寺院。新今古集、新勅撰集の編纂であり、中世和歌の重鎮であった藤原定家の「小倉山荘」の旧蹟で知られる。久しく荒廃していたのを冷泉家が修復し、霊元法皇(第112代天皇)から「厭離庵」の寺号を賜り1772年(安永元年から白隠(はくいん)禅師の高弟霊源禅師が開山となったが、明治期に廃仏毀釈により再び荒廃。1910年(明治43年)貴族議員白木屋社長・大村彦太郎が仏堂と庫裏を建立し、山岡鉄舟の娘・素心尼が住職となり、以降尼寺として現在に至っている。

この看板が愛宕街道沿いに例年なら置いてあるんですが、9時30分に「山門」前に着きました。
拝観料は500円でした。ずっと以前ですが、拝観料は紅葉が見頃になったら800円でした。最近来て無かったので、何とも言えませんが値下げされたのかなぁ😊。
山門を入ると、このような紅葉を目にします。さほど広くない境内のため空いていたらなぁと。

石段を登って庭園に入る前に、柵があって中に入れませんが覗いてみました。右手には、腰掛け待合の時雨亭の「四阿」がありました。
この先には藤原定家が筆を洗う水を汲んだとされる「柳の水(柳の井)」があるそうです。2017年(平成29年)4月29日(土)の「春季京都非公開文化財特別公開」で聞きました。

ここから見る限り綺麗な紅葉が、この先にあるので期待できます。ここから石段を登りました。


石段を登ると「中門」があって、そこに落ちた紅葉が綺麗です。




庭園に入って「書院」を見ると、ざっと5名か6名ほどの方が来られてました。





書院の縁側に座って紅葉を見たいところ、先客が座られているので、取り急ぎ「本堂」に向かいます。

境内の奥まった所に「本堂」はあります。1950年(昭和25年)のジェーン台風により倒壊したものを、1953年(昭和28年)に数寄屋大工の岡田永斉氏により再建された。
本堂内陣の中央に藤原定家の子為家ま念持仏、如意輪観世音菩薩が祀られている。この像は、奈良の円照寺門跡から寄進されたもの。
ご本尊の両側には、開山霊源禅師、西行法師、家隆卿、貫之卿の木像と定家卿、為家卿、為相卿の位牌を安置。
天井画の「飛天」は、東京芸術大学名誉教授・西村公朝氏(愛宕念仏寺住職)によるもの。


本堂から降りて来て「書院」の縁側に座りました。以前は、靴を脱いで上がれたんですが、ここ最近は・・・。

本堂を降りた右手には、「定家塚」があります。鎌倉時代の歌聖、藤原定家を偲ぶ「五輪塔」がひっそりと佇んでいます。




次に茶室「時雨亭」に向かいますが、その前に「納経所」があって受付されていました。私は以前貰っているので、今日は出しません。


茶室の前には「蹲踞」がありました。先の腰掛待合から石段を上がり、飛び石を伝って歩いていけば、この蹲踞の前に出てくるんでしょう。


茶室内では呈茶されてました。客人は2名のようでしたが、何も書いて無かったので詳細は分かりません。




茶室「時雨亭」から戻ると、書院でのベストポジションの縁側が開いたので座りました。
ここからの正面が、この紅葉です。真っ赤に染まったモミジが目の前でした。





ここで暫く座って写真を撮っていると、先の二尊院で見た、大手旅行会社のバッチを付けた団体さんが来られました。
私の前を数名が来られて写真撮られます。文句は言いません。これだけ綺麗な紅葉を目にしたら写真を撮りたくなるでしょう😊。



石段の途中から振り返って、茶室「時雨亭」を撮りました。


9時50分に「山門」を出ました。入口が分かりにくいのに結構な人が来られてました。もう隠れ紅葉の名所では無くなりましたね。
この路地の途中でも、数名の方と擦れ違いました。ここは散りモミジの方が綺麗なんで、もう一度来て見ても良いかなぁ😊。
再び愛宕街道を下りましたが、何台の大型のタクシーと擦れ違ったかぁ、数台は来ましたね。大型バスが入れないので、タクシーで回る人が多いのでしょう。これも後、一週間の我慢です😉。
この日、訪れたのは、2021年(令和3年)11月4日(木)以来、来て無かった臨済宗天龍寺派 厭離庵で、紅葉の名所としてしられています。通常は非公開ですが、毎年紅葉の時期に公開され、今年は11月1日(土)~12月7日(日)までとされてました。
厭離庵は、臨済宗天龍寺派に属する寺院。新今古集、新勅撰集の編纂であり、中世和歌の重鎮であった藤原定家の「小倉山荘」の旧蹟で知られる。久しく荒廃していたのを冷泉家が修復し、霊元法皇(第112代天皇)から「厭離庵」の寺号を賜り1772年(安永元年から白隠(はくいん)禅師の高弟霊源禅師が開山となったが、明治期に廃仏毀釈により再び荒廃。1910年(明治43年)貴族議員白木屋社長・大村彦太郎が仏堂と庫裏を建立し、山岡鉄舟の娘・素心尼が住職となり、以降尼寺として現在に至っている。
拝観料は500円でした。ずっと以前ですが、拝観料は紅葉が見頃になったら800円でした。最近来て無かったので、何とも言えませんが値下げされたのかなぁ😊。
この先には藤原定家が筆を洗う水を汲んだとされる「柳の水(柳の井)」があるそうです。2017年(平成29年)4月29日(土)の「春季京都非公開文化財特別公開」で聞きました。
ご本尊の両側には、開山霊源禅師、西行法師、家隆卿、貫之卿の木像と定家卿、為家卿、為相卿の位牌を安置。
私の前を数名が来られて写真撮られます。文句は言いません。これだけ綺麗な紅葉を目にしたら写真を撮りたくなるでしょう😊。
再び愛宕街道を下りましたが、何台の大型のタクシーと擦れ違ったかぁ、数台は来ましたね。大型バスが入れないので、タクシーで回る人が多いのでしょう。これも後、一週間の我慢です😉。
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