織田信長が父織田信秀のため追善菩提のため建立した大徳寺 黄梅院「秋の特別公開」へ

大徳寺 興臨院の次に向かったのが、京都春秋が主催の大徳寺 黄梅院秋の特別公開」でした。大徳寺 黄梅院には、特別公開された2006年(平成18年)4月25日と、寺独自公開を始められた2020年(令和2年)9月15日(火)2023年(令和5年)2月28日(火)、今年の「春の特別公開」であった5月8日(木)に来ているので、この日で5回目の訪問となります。

IMG_1871.jpgIMG_1870.jpg10時13分に「表門」前に着きました。門から先が赤く染まり、紅葉期待できそうです。ただ人は多そうです・・・。

IMG_1868.jpgIMG_1869.jpg表門を入ると右手に戦国大名の名前が入った石碑があって、右から「萬松院殿 織田信秀公霊所」「洞春寺殿 毛利元就公家一門霊所」「小早川隆景卿墓所」「蒲生氏郷公墓地」と読み取れました。

黄梅院(おうばいいん)は、臨済宗大徳寺派大本山の塔頭の一つ。1562年(永禄5年)織田信長が28歳のとき、羽柴秀吉を伴って初めて入洛すると、信長は秀吉に京都所司代に任じ、併せて父・信秀の追善菩提のために小庵を建立させた。この小庵は大徳寺九十八世住持・春林宗俶和尚(しゅんりんそうしゅく)を開祖に迎え「黄梅庵」と名付けられた。これが黄梅院の始まりです。信長は1582年(天正10年)6月2日に、「本能寺の変」で急逝すると、羽柴秀吉は、同年10月15日に密葬され、その後、秀吉は、「黄梅庵」に築を加えるが、主君の塔所としては小なりと、同じ大徳寺山内に総見院を建立し、信長公をお祀りした。1586年(天正14年)には、秀吉により本堂と唐門が、1589年(天正17年)には毛利元就の子・小早川隆景に普請を命じ、鐘楼・客殿・庫裏などを増築し、この年に「黄梅院」と改められた。庫裏は日本の禅宗寺院において現存する最古のものといわれている。秀吉の希望により千利休が作庭した枯山水の直中庭(しきちゅうてい)の他、破頭庭(はとうてい)、作仏庭(さぶつてい)など禅寺の風情ある美しい庭園を有している。本堂の襖絵「竹林七賢図」は雪舟の画風を継ぐ雲谷等顔(うんこくとうがん)の代表的な水墨画で、重要文化財に指定されている。また、書院には千利休の茶道の師である武野紹鴎(たけのしょうおう)好みの茶室・昨夢軒(さくむけん)がある。墓所には、織田信秀、毛利元就夫妻、元就の息子三兄弟、信長の次女とその夫・蒲生氏郷、毛利一族などが祀られている。

IMG_1777.jpgIMG_1778.jpg入ると正面に雄大な「庫裏」があって、その前には綺麗に色づいた紅葉が見られます。少し散り始めてますが、まだまだ綺麗です。

IMG_1779.jpg何度か来てても、見過ごしてしまうので最初に撮りました。この奥にある門が「唐門」で重要文化財に指定されています。

IMG_1780.jpg従来は、この門を入ると撮影を禁止されてました。正面に拝観受付所があって、 興臨院で購入した共通券を差し出し半券切られます。

IMG_1781.jpgIMG_1862.jpg拝観料を納めて最初に見るのが、数寄屋建築の非公開の「向春庵(こうしゅんあん)」です。張り紙に「この建物は拝観できません」と書かれていました。

向春庵の内部は非公開ですが、5畳半小間仕立ての茶室「鳳來庵(ほうらいあん)」や、立礼席とよばれる椅子式の茶室「關庵(かんあん)」のほか、20畳の広間「玄徳軒」を有する数寄屋建築です。また、回廊で小間の茶室「一枝庵」とつながります。

IMG_1782.jpgIMG_1784.jpg拝観前に並ばれていたので予想してましたが、 興臨院と違って人が多いです。特に半分以上が外国人観光客のようでした。

IMG_1787.jpgIMG_1853.jpgここから靴を脱いで下駄箱に預け、スリッパに履き替えます。修復されたのでしょう、綺麗な渡り廊下を歩いて行きます。下駄箱には靴が一杯入ってましたね。

IMG_1788.jpgIMG_1789.jpg渡り廊下を歩いて行くと、右手に門が開いてて、覗いてみると書院自休軒」が見えていました。ここでは堂内や室内の写真を撮れますが、今日は庭園だけ撮って行きます。

IMG_1790.jpgIMG_1791.jpg綺麗な渡り廊下を歩いて行くと、立礼式茶室不識庵」に入りました。ここでは暖房が効いてて入口と出口で閉めて行きます。

IMG_1792.jpg寒いので座って休憩したいところ紅葉を見に来たので、あっさり出ました。

IMG_1793.jpg不識庵を抜けると前方に、茶室一枝庵」があります。散り始めた紅葉が檜皮葺きの屋根に落ち綺麗です。

一枝庵は、数寄屋建築の「向春庵(こうしゅんあん)」と同時期に造られました。向春庵とは、こうして回廊で結ばれています。

IMG_1795.jpgIMG_1796.jpgこの紅葉が綺麗な庭園は「直中庭(じきちゅうてい)」といいます。向こうに見えているのが書院「自休軒(じきゅうけん)」です。

この直中庭は、千利休66歳のとき造られた庭園で、秀吉の軍旗「瓢箪」を象った空池を持ち、大徳寺二世徹翁和尚が比叡山より持ち帰った不動三尊石や加藤清正寄進の朝鮮燈籠を配した池泉式枯山水庭園です。

IMG_1797.jpg空池の「瓢箪池」にも、散った紅葉が積もっています。こちらから見ると瓢箪のお尻の方です。

IMG_1798.jpg次に、書院「自休軒(じきゅうけん)」に入りますが、その渡り廊下の北側に綺麗な紅葉を見られました。

IMG_1801.jpgIMG_1802.jpgIMG_1803.jpg書院自休軒(じきゅうけん)」に入り、「直中庭(じきちゅうてい)」にある「瓢箪池」を中心に撮りました。紅葉は散り始めてましたね。

IMG_1804.jpg直中庭」の見所の一つ、朝鮮燈籠は、加藤清正が朝鮮から持ち帰った「寄せ灯籠」で、異なる石のパーツを集めて作った灯籠です。

IMG_1805.jpgこちらが、空池の「瓢箪池」先端になります。一面散った紅葉が積もってます。なお、堂内や室内の写真は撮れますが、今日は紅葉だけしか撮りません。

IMG_1806.jpg次に書院「自休軒」から「本堂」に移ります。その間に坪庭があったので撮りました。先の自休軒でも本堂でもガイドさんが居て、皆さん説明を聞かれてて、人が多かったです。

IMG_1807.jpgIMG_1808.jpgそして「本堂」に入りました。前途したとおり、堂内は見られますし、写真も撮れます。もう5回目なんで、紅葉の写真以外は撮りませんでした。

IMG_1808.jpgIMG_1809.jpg本堂の前庭は「破頭庭(はとうてい)」といい、この庭園の半分手前は白川砂で、もう向こう半分を桂石で区切り苔を配してます。この門は最初、「不識庵」に入る前に見ていたものです。

IMG_1810.jpg中央の大きな石は「聴聞石(ちょうもんせき)」といって、「観音菩薩」と「勢至菩薩」を表しているという。何故、聴聞石というかは、本堂に祀られているお釈迦様の説法を聞いているというお姿を表しているとか。

IMG_1811.jpgIMG_1812.jpgこの「破頭庭(はとうてい)」の端に扇形の砂の文様があります。それは向から水の出口があって、水が大海に流れ込む注ぎ口になっている様子を表しています。

IMG_1813.jpg後で写真を撮って紹介しますが、この先に滝組があって、そこから水が流れ出て先の大海に注いでたわけです。

IMG_1814.jpgここから「庫裏」に入りました。御朱印をお願いしましたが、この時間では書き置きしか無いと言われ断りました。以前、書き置きはいただいています。

IMG_1815.jpg庫裏に入って、あっさり出ました。目新しいものは無かったです。出てきて直ぐに「舟石」を撮りました。

IMG_1817.jpgIMG_1821.jpgこの向かって右手に水が流れ出てているわけです。舟石もそちらの方向に向いています。

IMG_1818.jpg本堂北側の前庭にある枯山水の「作仏庭」に再び来ました。この庭園の北東に滝を表す立石を配し、南に流れる小舟を浮かべ、本堂前の「破頭庭」へと連なる作りとなっているわけです。その本堂と庫裏の間の庭園を「閑坐庭(かんざてい)」と呼ばれています。

IMG_1820.jpgIMG_1823.jpgIMG_1822.jpg本堂北側の前庭にある枯山水の「作仏庭」です。本堂の北側に対面には、茶室東禅軒(とうぜんけん)」がありますが、普段は閉まっているのに窓から猫が居ます。

私は、この猫が動いたように見えました。他の拝観者も驚かれてガイドさんに聞かれてました。答えは「置物です」と。目の錯覚だったんですね😊。

IMG_1831.jpgIMG_1824.jpgIMG_1825.jpg茶室東禅軒(とうぜんけん)」が開いていたので近づいてみると、呈茶をされているようでした。残念ながら今日はお休みとのことです。

IMG_1826.jpgIMG_1828.jpg次に書院自休軒(じきゅうけん)」の裏手を見て行きます。この裏手の紅葉が綺麗でした。ピークは過ぎていても充分です。

IMG_1832.jpgIMG_1834.jpgIMG_1836.jpg書院自休軒(じきゅうけん)」の北側から西側に広がる紅葉を見て、再び表側に戻ってきます。前途したとおり、北側の部屋も見られて写真は撮れますが、今日は紅葉以外は撮りません。

IMG_1839.jpgIMG_1841.jpgIMG_1843.jpgIMG_1844.jpgIMG_1845.jpg最初に見た、茶室「一枝庵」まで戻ってきました。最初に述べたように、屋根の上に積もった紅葉が綺麗で帰りも立ち止まって見てしまいました。

IMG_1847.jpgIMG_1848.jpgIMG_1849.jpg帰りも通った、立礼式茶室不識庵」。前途したとおり暖房が効いてて暖かい部屋でした。

IMG_1850.jpgIMG_1852.jpgIMG_1854.jpgここから自分の靴を履いて出口に向かいます。先の 興臨院と違って多くの方が入って来られました。

IMG_1855.jpgIMG_1856.jpgIMG_1857.jpgIMG_1858.jpgIMG_1859.jpgIMG_1861.jpgこの門を出ると「拝観受付所」に戻ります。 興臨院といい黄梅院といい綺麗な紅葉を見られました。

IMG_1863.jpgIMG_1864.jpgIMG_1865.jpgIMG_1867.jpg10時35分に「表門」から出ました。綺麗な紅葉の写真を撮ることができ満足して帰ることができます😊。

IMG_1872.jpg10時37分に「総門」から出ました。ここを出て、大徳寺に来たら寄っている「一休こんぶ松田老舗」に行きました。

大徳寺駐車場に戻り精算すると、9時48分~10時44分で200円でした。以前は500円だったように記憶しているので値下げされたのかもしれません。帰りに金閣寺の前を通りましたが、もの凄い人でした。ほぼ外国ですね、金閣寺は😊。まだ分かりませんが、今日で紅葉見学は終わりかもです😊。

この記事へのコメント

2026年01月20日 20:57
大徳寺の黄梅院、名だたる戦国武将の痕跡が残る歴史ロマンを感じられるお寺ですね。織田信長がここで信秀の追善菩提したのですか。それはそれは。
意外に父想い?、なんて思ってしまいました。
そこに毛利・蒲生家が連なっているのが興味深いです。
それにしても、随所にある石庭の白砂の波紋、ああ美しいです。
そこに紅葉の落ち葉が彩りを加えて、、。たまらないです。
壬生里
2026年01月22日 05:53
ミクミティさんへコメントありがとうございます。

黄梅院は紅葉が綺麗だったですが、以前は撮影を禁止されてました。それが撮影禁止を解禁されたので、さっそく行ってみまたわけです。
庭園も綺麗で見所が一杯です。
多くの海外からの方が来られてました。ガイドさんも丁寧に説明してくれます。来てみて良かったです。