京都十六社 朱印めぐり「豊国神社」~「市比賣神社」へ
六波羅蜜寺でお参りを済ませたら、次に毎年巡っている「京都十六社 朱印めぐり」の豊国神社に向かいました。今年も豊臣秀吉を祀る豊国神社からスタートします。
六波羅蜜寺を出て、ほぼ南下します。五条通りに出ると、信号機のある大和大路通りを南下すると、巨大な石垣を目にします。どうやって運んだろうと考えてしまうほど。この石垣は方広寺「大仏殿」の名残です。

写真では伝わらないかも知れませんね。ここには、かつて奈良の大仏を凌ぐ大仏が鎮座してました。

9時32分に鳥居前に着きました。今年のNHK大河ドラマは「豊臣兄弟」です。それで境内が混雑しているかかなぁ?。
鳥居をくぐると拍子抜けでした。境内は閑散としています。この日は1月4日(日)、今日から放送されてるので楽しみです。

ここの「手水舎」は、千成瓢箪から水が出て来ます。私は毎年来ているので知ってましたが・・・?。
ここ豊国神社にはトイレがありません。この張り紙があるので、借りることもできないかと思います。最寄りの駅で済まされて来られるをお勧めします。
唐門の前には陶器の「豊臣秀吉像」です。この像は太平洋戦争中に制作されましたが、阪神淡路大震災により倒壊。長く蔵の中で保管されてきたそうですが、令和元年の新天皇即位に合わせる形で再び公開されることになったそうです。
お参りの前に、京都女子大学の学生さんが制作された「大絵馬」を撮りました。毎年の恒例ですね。

毎年、1月1日~3日は、立ち入ることが出来ない、国宝「唐門」内に入れます。今日は4日(日)でしたが、この日まで入れるように開いてました。
唐門を入って直ぐの所にあるのが「拝殿」です。この中を通って本殿前まで行きます。

普段は、唐門前でお参りしますが、こうして「本殿」前で参拝できます。本殿には豊臣秀吉公が祀られています。
豊国神社の御利益は、「出世開運」「厄除招福」「良縁成就」「商売繁盛」。
1599年(慶長4年)に、前年薨去された太閤秀吉公(豊臣秀吉)を奉祀するため、朝廷より正一位豊国大明神の神階神号を賜り、東山阿弥陀ケ峯に豊国神社が創建された。1615年(元和元年)「大坂夏の陣」により豊臣氏滅亡後、徳川幕府の命により廃祀となったが、1868年(明治元年)明治天皇(第122代天皇)が祭祀の復興を命ぜられ1873年(明治6年)に別格官弊社(べっかくかんぺいしゃ)に列し、1880年(明治13年)方広寺大仏殿跡地に社殿を造営し復興された。1925年(大正14年)には秀吉公の夫人、豊臣吉子(北政所ねね)を祀る貞照(さだてる)神社が創建され、現在では出世開運・良縁成就の神様として尊崇を集めている。正面の唐門は伏見城に遺構とされ、豪華な飾金具や彫刻で装飾が施され桃山時代を代表する建造物として国宝に指定されている。
本殿の右隣にある摂社「貞照(さだてる)神社」です。豊臣吉子(北政所ねね)が祀られており、普段は見ることが出来ません。


唐門の向かって左手には、京都美術工芸大学の学生さんがデザインした「動(dou)」が展示されてました。
このあと並ばずに京都十六社の御朱印をいただきました。ここに来て初めて知ったことがあって、それは昨年までの「新熊野神社」が退会され、新たに「菅原院天満宮」が新たに、「京都十六社朱印めぐり」に加わりました。このあと新熊野神社に行く予定にしてませんでしたが、教えて貰って良かったです。変更があるなんて想像もしてなかったので、多分行ってたでしょうね。

9時40分に豊国神社を出ました。予想外に人が少なかったですね、今日から放送されるので、これから増えるかもです。
次に市比賣神社に行くか、京阪七条駅から帰路につくか、とりあえず正面通りを西に向かって歩いて行くと、甘春堂 東店の前を通りました。

店が開いていたので入りました。この店でしか買えない「大仏餅」と、お正月に食べる「花びら餅」を買いました。
正面通りを西に進むと、鴨川に出ます。そこから南に少し下がると京阪七条駅がありますが、正面橋を渡ることにしました。
鴨川を渡るとき、風が吹き抜けるので大変寒いです。橋の途中から鴨川を見ると、寒いので塊になっているユリカモメが居ました。そのまま西に向かって歩いて河原町通りを信号で渡り、北に向かって歩いて行くと、市比賣神社に着きました。
この時期、「京都十六社朱印めぐり」の御朱印は河原町通り沿いにあります。先に御朱印貰いました。
10時1分に着きました。豊国神社でも思いましたが、ここも随分空いてました。

ここは女性の方が多いですし、祈祷も受けられています。少々恥ずかしいけど空いていたので良かったです。
市比賣神社の御利益は、「女性の守り神」「市場の守り神」「女人厄除」。

年に一回しか来ないので奥に行ってみました。この井戸は「天之真名井(あめりまない)」と呼ばれる古井戸です。古来皇室において皇子・皇女誕生の折に、この井戸水を“産湯”として用いられたそうです。洛陽の七名水に数えられ願い事が一つ叶う井戸水として多くの人々に親しまれています。
こちらは今時の「カード塚」です。この塚で不要になった使い切ったカードを「天之真名井」の井戸水でお祓い清め、供養されます。洗浄して新しいカードに期待を込め、将来の幸福に向かって歩んでいく意味もあるとか。
ここから京阪清水五条から電車に乗るか、地下鉄五条駅に行って地下鉄に乗るか決めてませでしたが、地下鉄で帰ることにしました。
帰りに、たまたま前を通ったので撮りました「そのば sonoba」です。最近テレビで紹介されてました。行列必至だそうです。
今日は、足も疲れたので、ここで帰ることにしました。地下鉄五条駅から四条まで行き、そこから市バスで帰りました。相当歩いたので疲れましたね、でも満願まで頑張ります。
六波羅蜜寺を出て、ほぼ南下します。五条通りに出ると、信号機のある大和大路通りを南下すると、巨大な石垣を目にします。どうやって運んだろうと考えてしまうほど。この石垣は方広寺「大仏殿」の名残です。
豊国神社の御利益は、「出世開運」「厄除招福」「良縁成就」「商売繁盛」。
1599年(慶長4年)に、前年薨去された太閤秀吉公(豊臣秀吉)を奉祀するため、朝廷より正一位豊国大明神の神階神号を賜り、東山阿弥陀ケ峯に豊国神社が創建された。1615年(元和元年)「大坂夏の陣」により豊臣氏滅亡後、徳川幕府の命により廃祀となったが、1868年(明治元年)明治天皇(第122代天皇)が祭祀の復興を命ぜられ1873年(明治6年)に別格官弊社(べっかくかんぺいしゃ)に列し、1880年(明治13年)方広寺大仏殿跡地に社殿を造営し復興された。1925年(大正14年)には秀吉公の夫人、豊臣吉子(北政所ねね)を祀る貞照(さだてる)神社が創建され、現在では出世開運・良縁成就の神様として尊崇を集めている。正面の唐門は伏見城に遺構とされ、豪華な飾金具や彫刻で装飾が施され桃山時代を代表する建造物として国宝に指定されている。
このあと並ばずに京都十六社の御朱印をいただきました。ここに来て初めて知ったことがあって、それは昨年までの「新熊野神社」が退会され、新たに「菅原院天満宮」が新たに、「京都十六社朱印めぐり」に加わりました。このあと新熊野神社に行く予定にしてませんでしたが、教えて貰って良かったです。変更があるなんて想像もしてなかったので、多分行ってたでしょうね。
次に市比賣神社に行くか、京阪七条駅から帰路につくか、とりあえず正面通りを西に向かって歩いて行くと、甘春堂 東店の前を通りました。
鴨川を渡るとき、風が吹き抜けるので大変寒いです。橋の途中から鴨川を見ると、寒いので塊になっているユリカモメが居ました。そのまま西に向かって歩いて河原町通りを信号で渡り、北に向かって歩いて行くと、市比賣神社に着きました。
市比賣神社の御利益は、「女性の守り神」「市場の守り神」「女人厄除」。
こちらは今時の「カード塚」です。この塚で不要になった使い切ったカードを「天之真名井」の井戸水でお祓い清め、供養されます。洗浄して新しいカードに期待を込め、将来の幸福に向かって歩んでいく意味もあるとか。
ここから京阪清水五条から電車に乗るか、地下鉄五条駅に行って地下鉄に乗るか決めてませでしたが、地下鉄で帰ることにしました。
今日は、足も疲れたので、ここで帰ることにしました。地下鉄五条駅から四条まで行き、そこから市バスで帰りました。相当歩いたので疲れましたね、でも満願まで頑張ります。
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