京都御苑から旧三井下鴨別邸へ
1月9日(金)は、昨年からランチを予約していた旧三井下鴨別邸に行くことにしてましたが、今季最強寒波が襲来してて、この日の最低気温は1.6℃しかなく、最高気温も8.4℃までしか上がりませんでした。当初はバスで向かう予定にしてましたが、あまりにも寒いので、車で行くことにしました🥶。
ただ、問題は駐車場です。旧三井下鴨別邸には駐車場がありません。案内にも「駐車場が無いので近隣のコインパーキングを利用してください」とありました。近隣では下鴨神社には駐車場がありますが、最大料金の設定がありません。そこで「京都御苑清和院駐車場」か「京都御苑中立売駐車場」を利用することに。理由は3時間で800円、最大料金1200円とあったからです。近いのは清和院ですが、少々狭い。中立売は広いし帰りが便利。ということ「京都御苑中立売駐車場」を利用することにしました。
「京都御苑中立売駐車場」に11時19分入れました。広い駐車場に観光バスが3台ほど停まってて、自家用車も多かったです。

バスで来ていたら迷うことも無かったかも知れませんが、昨日から12日まで、京都御所では普段見られない「馬の襖絵」の展示がありました。
この特別展示だけ見てから行くことも考えましたが、時間の都合で断念しました。早く来ると駐車料金が高くなるので、いろいろ考えましたが・・・。
京都御所の北側まで歩いて来ました。こちらは「近衞邸跡の枝垂れ桜」で、京都では有名な桜です。
明治維新になるまで、この辺りに「旧近衛邸」がありました。今は無料で見られる庭園が残るのみです。
京都御所の東側まで歩いて来ました。角が凹んでいるのは「猿ヶ辻」と呼ばれるもので、鬼門にあたる場所に、御幣を担いだ猿の彫像を置くことで、災いが去ると伝えられるもの。
この辺りは、そんなに歩いたことが無いので、この「祐井(さちのい)」と呼ばれる文字に興味を引きました。
何気に入って良いのかどうか分からなかったので入口から「祐井(さちのい)」を撮りました。
幕末期の公家大納言中山忠能(なかやまただやす)邸跡で、その娘権典侍慶子(よしこ)を母として1852年(嘉永5年)、祐宮(さちのみや・後の明治天皇)が誕生しました。邸宅跡の敷地内には、その産屋が遺っています。祐宮は、ここで4年間養育を受けたといいます。敷地内の井戸は、祐宮2歳の夏、干ばつで井戸が枯れたため、新たに掘られたもので、その名に因んで祐井と名付けられました。


京都御苑には「石薬師御門」から11時44分に出ました。ここから旧三井下鴨別邸を目指します。
石薬師御門から寺町通りに出て北に上がり、今出川通りを東に進みます。そして河原町通りを北上し、「出町ふたば」の前を通りましたが、いつものように行列が出来てて、豆大福は断念しました。信号を渡った先に「京都市出町駐車場」がありました。すっかり忘れてましたが、2018年(平成30年)8月28日(火)に、一度利用してました。ここに停めたら近かったのにね。
「出町橋」の西詰に「鯖街道口」と書かれた石碑がありました。、福井県小浜(若狭)と京都を結んでいたですね。
出町橋から見た、五山の送り火の「大の字」です。こんなに大きく見えました。
冷え込んだので、北側の山を見ると雪を被っています。
こちらは「賀茂大橋」越しに見えた、青蓮院門跡の「将軍塚青龍殿大舞台」が見えました。
鴨川には、遠くからユリカモメも飛来しているようですが、こちらはアオサギでしょう。
出町橋を渡ると、旧三井下鴨別邸までショートカットします。「府立鴨川公園」を横切ります。
公園内を横切るとき、「尾上松之助像」がありました。誰かなぁと思いましたが、裏手に説明文が書いてありました。
1925年(大正14年)、尾上松之助氏は社会福祉事業資金として多額の私財を府に寄附されたそうで、40年にわたり恵まれない人々に尽くされたそうです。京都府では氏の功績を称え、氏の名前を後世に残すため、1966年(昭和41年)に胸像を建立されました。

公園を横切ると、遠くに下鴨神社の鳥居が見えます。京阪出町柳駅から来られたのでしょう、多くの方が向かわれていました。
この時、12時ちょうどになってました。案内では「12時20分までに入ってください」と書いてあったので、余裕で間に合いました。参考までに12時30分~14時00分が、今日のランチの時間です。私は出来たら、早く出たいですが、さて?。
ただ、問題は駐車場です。旧三井下鴨別邸には駐車場がありません。案内にも「駐車場が無いので近隣のコインパーキングを利用してください」とありました。近隣では下鴨神社には駐車場がありますが、最大料金の設定がありません。そこで「京都御苑清和院駐車場」か「京都御苑中立売駐車場」を利用することに。理由は3時間で800円、最大料金1200円とあったからです。近いのは清和院ですが、少々狭い。中立売は広いし帰りが便利。ということ「京都御苑中立売駐車場」を利用することにしました。
幕末期の公家大納言中山忠能(なかやまただやす)邸跡で、その娘権典侍慶子(よしこ)を母として1852年(嘉永5年)、祐宮(さちのみや・後の明治天皇)が誕生しました。邸宅跡の敷地内には、その産屋が遺っています。祐宮は、ここで4年間養育を受けたといいます。敷地内の井戸は、祐宮2歳の夏、干ばつで井戸が枯れたため、新たに掘られたもので、その名に因んで祐井と名付けられました。
石薬師御門から寺町通りに出て北に上がり、今出川通りを東に進みます。そして河原町通りを北上し、「出町ふたば」の前を通りましたが、いつものように行列が出来てて、豆大福は断念しました。信号を渡った先に「京都市出町駐車場」がありました。すっかり忘れてましたが、2018年(平成30年)8月28日(火)に、一度利用してました。ここに停めたら近かったのにね。
1925年(大正14年)、尾上松之助氏は社会福祉事業資金として多額の私財を府に寄附されたそうで、40年にわたり恵まれない人々に尽くされたそうです。京都府では氏の功績を称え、氏の名前を後世に残すため、1966年(昭和41年)に胸像を建立されました。
この時、12時ちょうどになってました。案内では「12時20分までに入ってください」と書いてあったので、余裕で間に合いました。参考までに12時30分~14時00分が、今日のランチの時間です。私は出来たら、早く出たいですが、さて?。
この記事へのコメント
昨年春訪れた時、旧近衛邸付近には訪れましたが、猿ヶ辻の方には行かず。
祐井にも見ませんでした。この辺りは明治天皇の面影がありますね。
そこから東側の鴨川へ。東山の風景も風情がありますね。
京都らしいなと思いました。
「祐井(さちのい)」は、通常は扉が閉まってて、外からしか見られません。この日は工事をされていたので、門扉が開いてて写真が撮れました。
京都御所は広いですね、江戸時代は公家の屋敷が、びっしり建っていのが嘘のように、今は京都市民の憩いの場となっています。