臨済宗妙心寺派 萬福山玉藏院「冬の特別拝観」へ
通常非公開の、臨済宗妙心寺派 萬福山玉藏院が「冬の特別拝観」を2月21日(土)~23日(月・祝)の期間に、初めて実施されました。この情報は入院前にX(旧Twitter)で知って、是非行って見たいと思っていました。ただ退院日が当初では分からなかったけど、14日(土)に退院できたので、2月21日(土)に行くことができました。
この日から気温がグングン上がるとの予報が出てましたが、朝の最低気温は1.3℃と寒かったです。所用があったので、そこから車で向かいました。1月26日(月)に福勝寺と華光寺に行った時は、予定していたコインパーキングの空きは無かったけど、今日は土曜日でコインパーキングガラガラでしたね、タイムズ七本松丸太町に9時52分、車を入れ目的の玉藏院に向かいました。
場所は、1月26日(月)に訪れた福勝寺の南向かいです。9時58分に着くと、数名の方が並ばれていました。
余談ですが、ここに来るまでに光清寺の前を通ると、ここも10時拝観開始で、約10名ぐらいの人が並ばれてました。お向かいの華光寺は3名ぐいらでしたね。玉藏院のお向かいにある福勝寺は塀があるので見えません。


「表門」を入ると列が出来てましたが、10時過ぎに玄関から案内に従って入りました。
拝観料は300円ですが、LINEの友達登録か、Instagramをフォローすれば無料で入れます。私は事前にHPを見て知っていたので、LINEの友達登録してました。先に並ばれていた方が、スマホを操作されていたので、私は比較的早く受付を済ませることができ堂内に入りました。
お寺の方に聞くと、写真は何処を撮ってもOKでした。初めて公開されたので写真を撮れて良かったです。
出水通の七番町とその付近には玉藏院を含め十二ヶ寺の甍が軒を連ねています。一番町より七番町までの町名は、1587年(天正15年)に豊臣秀吉が聚楽第を築くにあたって、大内裏址の内野の地に一番から七番の組屋敷を置いたことによるといわれています。聚楽第廃絶後の荒地が寺地となったようです。近世には五番町という遊廓も栄え、付近には西陣の織工の憩の場となった映画館が数多く営業し、一大歓楽街となりました。その中の玉蔵院は目立たない寺ですが臨済宗妙心寺派で、1634年(寛永11年)仏頂(ぶっちょう)が開山し真言宗として創建。1693年(元禄5年)に「玉藏院」と命名し禅宗に改宗。その後、1761年(宝暦10年)に浄土宗に改宗するなど変遷を経るも、1830年(天保元年)に禅宗に改宗し中興される。重要文化財の絹本著色「芦葉達磨(ろようだるま)図」は、南北朝時代の道釈人物画で、遺例の少ない東福寺の禅僧固山一鞏(こざんいっきょ)の賛のあることで知られています。この度、京都国立博物館に寄託されていたのを100年以上ぶりに里帰りし、2月21日~23日に初めて一般公開された。


受付で、いただいた由緒書きを見ると、玉藏院は京都府亀岡市にある法常寺が本寺とありました。その法常寺を開山されたのが、「仏頂国師」で、内陣の前に像が安置されてました。
法常寺は、寛永年間(1624~1644)に後水尾上皇の勅願によって建立された由緒ある禅寺で、皇室とも深いご縁を持っています。開山は一絲文守(いっしぶんしゅ)禅師、後に仏頂国師の諡を贈られた高僧です。

次に内陣に入って、お賽銭をして、ご本尊の「十一面千手千眼観世音菩薩立像」にお参りしました。
この日の目的は、京都国立博物館に寄託され里帰りをしている明兆(みんちょう)による「芦葉達磨(ろようだるま)図」の公開です。寺宝も公開されてましたが、お寺の方に展示されている場所を聞き、向かうことに。


この太鼓橋を渡った先の「床の間」に展示されていると案内されました。「書院」にはお寺の方がお一人だけ。



中世を代表する画僧、明兆(みんちょう)による「芦葉達磨(ろようだるま)図」(重文)が100年以上ぶりに里帰りしました。玉蔵院によると、明治時代に京都国立博物館に寄託して以降、同院に戻ることはなかったそうです。
国の重要文化財で、鮮やかな色彩が残る達磨の姿を床の間にて間近に鑑賞。明兆は南北朝時代から室町時代初期にかけて活躍した東福寺の絵仏師。達磨図は禅宗の祖、達磨が芦(あし)の葉に乗って中国の揚子江を渡ったという伝説に基づく。南北朝時代の作と伝わり、達磨の表情や法衣の裾がなびく様子までがはっきりと見て取れます。この冬に、「京の冬の旅」で近くの福勝寺、光清寺、華光寺が特別公開されたこともあって、かねてより、ご住職は里帰りを希望されていたようで、ようやく実現されたようです。

ここを出て行くつもりでしたが、お寺の方よりパネルを案内されました。出水の七不思議の一つ、円山応挙「幽霊画」です。
出水通り一帯には、古くから語り継がれた「出水の七不思議」という伝承があります。その一つが円山応挙の「幽霊画」でした。かつて玉藏院にあったと伝わりますが、現在は所在不明となっているようです。この幽霊画は円山応挙が最初に描いた幽霊であったと伝わります。





庭園も綺麗ですね、誰も居ない間に、ゆっくり鑑賞できました。そして早々に本堂に戻り、御朱印をいただきます。




再び戻って、「涅槃図」などの寺宝の見学です。


今日は、1席500円で茶席もありました。病み上がりのためいただきませんでした。案内では各日3回、15分ほど古川住職が達磨図や同院の由緒を話されるそうです。
この写真の左手に納経所があって、ご本尊の御朱印をいただきました。普段、非公開の寺院で貴重なものです。
ここで貰ったパンフです。4月12日(日)に「花まつり」のイベントをされるみたいです。都合がつけば行っても良いかなぁと。
ご住職の話も聞いてみたかったけど、時間の都合で玄関から出ました。右手には「地蔵堂」がありましたが寄りませんでした。
10時15分に「表門」から出ました。私が出て行くときも、結構入って来られてました。
私が止めているコインパーキングは30分220分です。それで急いで戻りました。タイムズ七本松丸太町で精算すると9時52分~10時21分、ギリギリ220円で済みました。特にコインパーキングの時間を覚えていたわけでは無かったけどラッキーでした。まだ本調子では無いので、これぐらいの時間で充分です。ここから帰路につきました。気温は、予報どおり最高気温は16.7℃まで上がりました。もう寒波は来ないかも知れません。
余談ですが、京都地方気象台は22日(日)、京都市で梅の開花を観測したと発表されました。平年(2月22日)と同じ日での開花となり、昨年(3月11日)と比べると17日早い開花となりました。
この日から気温がグングン上がるとの予報が出てましたが、朝の最低気温は1.3℃と寒かったです。所用があったので、そこから車で向かいました。1月26日(月)に福勝寺と華光寺に行った時は、予定していたコインパーキングの空きは無かったけど、今日は土曜日でコインパーキングガラガラでしたね、タイムズ七本松丸太町に9時52分、車を入れ目的の玉藏院に向かいました。
余談ですが、ここに来るまでに光清寺の前を通ると、ここも10時拝観開始で、約10名ぐらいの人が並ばれてました。お向かいの華光寺は3名ぐいらでしたね。玉藏院のお向かいにある福勝寺は塀があるので見えません。
拝観料は300円ですが、LINEの友達登録か、Instagramをフォローすれば無料で入れます。私は事前にHPを見て知っていたので、LINEの友達登録してました。先に並ばれていた方が、スマホを操作されていたので、私は比較的早く受付を済ませることができ堂内に入りました。
出水通の七番町とその付近には玉藏院を含め十二ヶ寺の甍が軒を連ねています。一番町より七番町までの町名は、1587年(天正15年)に豊臣秀吉が聚楽第を築くにあたって、大内裏址の内野の地に一番から七番の組屋敷を置いたことによるといわれています。聚楽第廃絶後の荒地が寺地となったようです。近世には五番町という遊廓も栄え、付近には西陣の織工の憩の場となった映画館が数多く営業し、一大歓楽街となりました。その中の玉蔵院は目立たない寺ですが臨済宗妙心寺派で、1634年(寛永11年)仏頂(ぶっちょう)が開山し真言宗として創建。1693年(元禄5年)に「玉藏院」と命名し禅宗に改宗。その後、1761年(宝暦10年)に浄土宗に改宗するなど変遷を経るも、1830年(天保元年)に禅宗に改宗し中興される。重要文化財の絹本著色「芦葉達磨(ろようだるま)図」は、南北朝時代の道釈人物画で、遺例の少ない東福寺の禅僧固山一鞏(こざんいっきょ)の賛のあることで知られています。この度、京都国立博物館に寄託されていたのを100年以上ぶりに里帰りし、2月21日~23日に初めて一般公開された。
法常寺は、寛永年間(1624~1644)に後水尾上皇の勅願によって建立された由緒ある禅寺で、皇室とも深いご縁を持っています。開山は一絲文守(いっしぶんしゅ)禅師、後に仏頂国師の諡を贈られた高僧です。
この日の目的は、京都国立博物館に寄託され里帰りをしている明兆(みんちょう)による「芦葉達磨(ろようだるま)図」の公開です。寺宝も公開されてましたが、お寺の方に展示されている場所を聞き、向かうことに。
国の重要文化財で、鮮やかな色彩が残る達磨の姿を床の間にて間近に鑑賞。明兆は南北朝時代から室町時代初期にかけて活躍した東福寺の絵仏師。達磨図は禅宗の祖、達磨が芦(あし)の葉に乗って中国の揚子江を渡ったという伝説に基づく。南北朝時代の作と伝わり、達磨の表情や法衣の裾がなびく様子までがはっきりと見て取れます。この冬に、「京の冬の旅」で近くの福勝寺、光清寺、華光寺が特別公開されたこともあって、かねてより、ご住職は里帰りを希望されていたようで、ようやく実現されたようです。
出水通り一帯には、古くから語り継がれた「出水の七不思議」という伝承があります。その一つが円山応挙の「幽霊画」でした。かつて玉藏院にあったと伝わりますが、現在は所在不明となっているようです。この幽霊画は円山応挙が最初に描いた幽霊であったと伝わります。
この写真の左手に納経所があって、ご本尊の御朱印をいただきました。普段、非公開の寺院で貴重なものです。
ここで貰ったパンフです。4月12日(日)に「花まつり」のイベントをされるみたいです。都合がつけば行っても良いかなぁと。
私が止めているコインパーキングは30分220分です。それで急いで戻りました。タイムズ七本松丸太町で精算すると9時52分~10時21分、ギリギリ220円で済みました。特にコインパーキングの時間を覚えていたわけでは無かったけどラッキーでした。まだ本調子では無いので、これぐらいの時間で充分です。ここから帰路につきました。気温は、予報どおり最高気温は16.7℃まで上がりました。もう寒波は来ないかも知れません。
余談ですが、京都地方気象台は22日(日)、京都市で梅の開花を観測したと発表されました。平年(2月22日)と同じ日での開花となり、昨年(3月11日)と比べると17日早い開花となりました。
この記事へのコメント
この玉藏院の特別公開に行きたかったので、それまでに退院できて良かったです。この時は体調はボチボチでしたが、今は問題ありません。4月に再検診があるので、何とも言えませんが。(^_^)
100年振りの里帰り、展示場で見るより、実際に床の間で見るのは違うのと、何より写真が撮り放題が良かったかなぁ。